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1 罪作りな笑顔

いとこ同士の恋愛を描きます。苦手な方はご注意ください。

 




 温室の中は冬も暖かい。


 そこはどんな季節も、いろいろな種類の花が咲いていた。外は誰でもが入れる大きなバラ園。けど今はその季節じゃない。


「こっちおいで」

 むせ返る様な花の匂いがする午後の温室の中で、彼は言った。その笑顔にどうしても逆らうことはできない。

「……」

 彼に近寄りその場所へ座る。おいでっていう時は彼の隣じゃない。縮こまって座り、下を見ると膝の出た私のプリーツスカートの両側に、彼の制服の太腿がある。聞き分けのいい子どもみたいに、ただそうしているしかない。


「みつ編み、今朝してなかった」

 少しだけ俯いている私のうなじに、彼の息がかかる。途端足先まで何かが訪れたけれど、何でもない振りをした。

「友達がしてくれたの」

「……女? 男?」

「左女……右、男」

「……」

 すぐに右のみつ編みは解かれ、彼の手によって今度はきっちりしたみつ編みに直された。

「ゆるゆるじゃない奴がいい」

 そう言いながら左も解き、髪に指を入れて、ゆっくり梳いてゆく。


 彼が私に触れる時、その動作はとても緩やかだ。

 それは何の刺激もなくて、ヌルいお風呂に足を入れた時に似ている。私を怖がらせるものはひとつも無い。

 同時にとても大事そうに私を見つめるから、つい勘違いしてしまう。

 家にある、小さい鍵付きの宝石箱を開ける私と同じに思えた。そっと手を置き蓋を開けて、宝物を見つめた後、またゆっくりと蓋を閉める。そしてそれは他の誰にも見せないし、鍵の場所も教えたりはしない。

 

「あのね、皆引くって言ってたよ」

「何を」

「こうして、あっちゃんと一緒にいること」

「何で」

「お母さんにも言われた。仲良しなのはいいけど、そういうのはダメよって」

「……ふうん」

「……あっちゃん、モテるから嫌い」

 私の言葉に彼が吹き出した。

「何だよ、突然」

「……」

「ほんとに嫌い?」

 左側もみつ編みにしながら、彼が言った。

「大嫌い」

 顔を背けた先にあった、名前も知らない大きな花の香りが強くて、眩暈が起りそうになる。

 頭を動かした分だけ、みつ編みが引っ張られて少し痛かった。


莉果りかの嘘つき」

 後ろから顔を覗きこんでくる彼にチラリと目をやると、また逃れられない笑みに縛られてしまう。

「見ないで」

「いやだ」

「……」

「こっちを向きなさい」

「や」

「向けっつーの」

「いやだっつーの」

「他の奴に触らせるなよ」

「え?」

 不機嫌な彼の声に顔を上げた私の制服の腰を、後ろから両手で押さえそっと立たせると、彼は私の手を取り立ち上がった。


「いこ。お前、塾じゃなかった?」

「……うん。あっちゃんはバイト?」

「6時からだから、まだ平気」


 少し前を歩く彼の背中を見つめる。そこから左腕、そのまま下に降りて私と繋がれている左手。小さい頃からずっと私を包んで引っ張る、今は骨ばっていて大きな手。


 彼は一つ年上の、私のいとこ。


 学校帰り、私と彼は近所の大きなバラ園の少し寂れた温室で、気だるい曖昧な時間を楽しんでいた。







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