憑かないで!
黒いヤツ、白いヤツ、小さいヤツ、虫の形に葉っぱの形。空を飛んでいる。アスファルトの上を歩いている。石畳に転がっている。
「憑かれちゃいそうだよ……」
キョウは、弱音を吐いていた。
それもそのはず、さっきからうじゃうじゃと視えまくりなのだ。大胆にも、話しかけてくるヤツもいる。冗談じゃない。
ここは、京都。
中学三年、楽しいはずの修学旅行。なのに、次から次へと霊がキョウに寄りついてくる。
さすが、千年の都。
実はキョウ、行かなくて済むなら休みたかったけれど、不参加の理由が『いろいろ視える体質だから』。担任には、盛大に笑われるだけだった。こみ上げる恥を忍んで、せっかく相談したのに大爆笑なんて対応、アリ? こっちは、深刻に悩んでいたんだっつーの。担任のバカ。バカバカっ。あんたこそ、憑かれてしまえ。
普通の人が見えないものを視てしまうって、けっこうしんどいんだぞ。ほんと、疲れる。中には、リアルにグロいのもいるんだから。
幸いだったのは、攻撃的な霊が少ないことだ。できるだけ、キョウも触れず触らず適当に視ては流しているから、二日目の昼間まで、危害はなかった。
……そう。昼までは。
霊から逃げるために、修学旅行へ来たわけではない。キョウは、ひそかに片思い中の彼と親しくなる、と決意を持って臨んだ修学旅行なのだ。霊が視える面倒はあっても、彼と近づきたい、その一心だった。
それに、キョウには、部活の仲間から課せられた『ある仕事』もあった。片思いのお相手は、同じ部活の彼。クラスは違うけれど、ふたりきりになるチャンスの種は、旅行前に蒔いてある。なんて、用意周到なの。
修学旅行は、四、五人でのグループ単位行動になっている。朝、定時に宿を出発し、移動は自分たちでバスや電車をなど使って、提出してあるスケジュールに沿って帰ればいい。各自テーマに沿った京都観光をし、後日レポートを提出するのだ。
キョウのグループはこともあろうか『京の怨霊スポット巡り』がテーマなので、午前中は大怨霊・菅原道真が祭神の、北野天満宮を見学してきた。近くの有名お豆腐屋さんで京都らしい昼食を済ませたあと、バスで移動して晴明神社までやって来た。ここには、平安時代を代表する陰陽師・安倍晴明が祭られている。
「絶対、いるって。あんなにたくさんいるのに。なんで、皆には視えないんだろ。なんで、私だけが」
からかっているとしか思えない、グループのテーマ設定。旅行中の計画を立てているときから違うテーマにしようと何度も提案したが、却下され続けた。いっそのこと、自分の『視え体質』を公表しようかとも考えたけれど、友人に気味悪がられそうなので、できなかった。
幼いころは、霊のことでよく仲間外れにされたのだ。
『キョウちゃん、ひとりだけ変なことを言ってる』
『なーんにもいないのに、なにか視えるとか寝ぼけてんの』
『わざと怖がらせるようなことを言ってる。やな性格』
自分では、危険を知らせるために『近くに霊がいる』と警鐘してきたつもりだったが、周囲の人はそう受け取ってくれなかった。疎外される。無視される。
だから、キョウは中学に入ってから、視ても視えないふりをしてきた。関心がないように振舞っていれば、そうそう危ない霊はいなかった。たまに、いたずらしてきたり、ちょっかいを出してくる程度だ。キョウが威嚇したり、腕を振り回せば、霊どもは消えていた。
……これまでは。
……きたきた、厄介なヤツ。
キョウはため息を押し殺し、前方を見据えていた。
グループの輪から、キョウは五歩ほど下がって歩いている。バスを降りてからというものの、白っぽい霊が、友人であるアミの制服の肩の上に図々しくも乗っかっている。キョウが霊に向かって少し手をかざせば、たぶんいなくなるのだが、タイミングが難しい。いきなり肩先に手を置かれたら、アミが驚くだろう。
京都の霊は活きがいい。アミの肩で左右にころころと俊敏に動き、なにか狙っている。やがて霊は体を細く変えながら、アミの髪、長めのツインテールの三つ編みの中に入り込んでくるくると遊びはじめた。キョウにはだんだんと、ヤツの目的が分かりはじめた。
あいつ、髪を狙っている。
白い体からはたまに、あやしい笑顔が浮かんで視えた。唇には紅を差している。なるほど、あいつ、以前は女性だったのだ。アミの長い髪がほしいに違いない。
そうはさせるか。
キョウは手のひらをいっぱいに広げて、アミの髪を霊ごとぎゅっとつかんだ。そのまま手を下に。
捕らえたのは、解けた三つ編みと、髪ゴム。
手応えはあったが、キョウの手のひらの中にすでに霊はいなかった。強く触れたせいか、霊は潰れて消えたらしい。
ほっとしたのも束の間、キョウの目の前には、ぽかんと驚くアミの顔。当然だ、急に髪をつかまれたのだ。霊に髪を切られそうになっていたなんて、本人は知る余地もない。
「アミ、ごめんね。か、髪にね、葉っぱが引っかかっていたの! ちょっと強く引っ張ったら、全部解けちゃった!」
慌てて、キョウはアミの髪を結い直しはじめた。急いで笑顔を作る。悟られてはならない。
「いきなり触らないでよ。びっくりしたじゃん、もう」
突然のキョウの狼藉に、グループのメンバーもあきれている。
「ごめんごめん。でも、取れたから。はい、これでおしまい」
「じゃあ、行くわよ。晴明神社。一条戻り橋」
意外なことに、有名なわりにはそれほど広くない。境内には、☆紋入りの提灯が揺れていた。☆……五芒星は、安倍家の家紋であり、魔除けの呪符にも使われた印だ。
神社の中は神域というか、清浄な気が漂っていて、安全だった。ひと息つく。キョウが霊を無理に潰さなくても、霊は逃げ出したかもしれないが、またどこかで狙われるおそれもある。
昨今、安倍晴明は映像や文章で、繰り返し美形に描かれて『晴明サマ』って感じで学生にも人気がある。実存している文献の中に記録されている晴明はおじいちゃん姿が多いので、ちょっと理解に苦しむけれど。
グループの面々は、神社内でクラスの他グループと出会ったこともあり、わいわい賑やかに話し込んだり、メモを取ったり、写真を撮ったりしている。時間がかかりそうだ。
キョウは自分の携帯電話を見た。時刻は、二時十分。
このあと、待ち合わせをしている。はじめての京都。地理に疎いキョウ、目的地までひとりで行けるか不安だったが、調べたとおりに進んでみようと思う。それに、彼のことも心配だった。霊がうようよいるのに。
彼……サッカー部の主将。
サッカー部のマネージャーをしているキョウには、部員たちに頼まれた仕事があった。京都の市内には『蹴鞠神社』という社があり、似た競技で、という理由からかサッカーの神さまが祭られている。
今年も、そこの神社のお守りがほしいほしいと全員に言われ、人数分買って帰ることになっていた。けれど、お守りをまとめて買うと自分のお小遣い金額を軽ーく超えてしまうので、ちょこっとグループ行動を抜けて、買い出しに行くと決めていた。
お小遣いオーバーに、別行動。違反だが、ほんの一時間。
蹴鞠神社に行くことは教師に知られたくない。以前に、蹴鞠神社で大量のお守りをグループ行動中に堂々と買い込んだサッカー部の先輩が心ないグループメンバーにお小遣い超過を内部告発され、お守りはすべて没収されてしまった。その年は、まるで勝てなかった上、部員のケガも多かった。
去年の隠密行動隊は成功して、お守りを手に入れることができたし、おかげで部は好成績を挙げることができた。お守りをゲットすることは、主将とマネージャーの、ほとんど使命のようなもの。今年も無事終わらせたい。
アミを含め、グループにはこっそりと協力を依頼してある。
サッカー部の主将、カイからはすでに神社の前を通る予定のバスに乗った、とのメールが入っている。京都市内のバスはたくさん走っていて便利だが、ややこしい。今回調べてみて、キョウはバスの多彩さに驚いた。カイの単身行動、だいじょうぶだろうか。
キョウはアミに目配せを送った。握りこぶしの合図が返って来る。うまく動いてくれるだろう。
グループ行動は三時まで。
なにもなかったかのように、集合場所の京都御所前に行けばいい。
いざ出陣。
キョウは短い髪を初夏の風になびかせて、バスに乗るべく大通りまで、なるべく日陰を選びながら走って戻った。
由緒はあるらしいが、小さい神社。晴明神社も有名なわりには意外と小さくて本殿なども近代的だったが、ここの敷地はさらに狭そうだ。位置は京都のほぼ真ん中。幹線道路に面しているわりに、一歩境内に足を踏み入れてしまえば静かな空間がキョウを待っていた。
「蹴鞠神社、か」
一応、鳥居に飾られた蹴鞠神社の額を写真におさめておく。サッカーと蹴鞠は手を使わないでボール(鞠)を蹴ることという点は同じだが、ルールはまるで違う。サッカーは点を取り合う試合。蹴鞠はいかに鞠を優美に蹴り続けるかを競う、貴族の遊びだ。
キョウは思う。お守りはお守り。きっかけでしかない。お守りの力より、人間の持っている力を信じていたほうが強くなれる。とはいえ、同じお守りを持っているという一体感は、精神にはプラスに働くはずだ。
同じように、霊は霊。干渉しないで生きてゆくのがいちばんなのだ。手のひらにかすかに残る、先ほどの白い霊の感触が、キョウの心を揺らした。
……勢いあまって、悪いこと、しちゃったな。そっと捕まえて、遠くに放してあげればよかったのに。
「おーい、キョウ。こっちこっち」
茅葺き屋根の本殿の前で手を振っているのは、カイ。背が高く、手足が長い。運動をするのに恵まれた体型。おまけに、なかなか顔もいいから、女子の中で人気がある。
カイとふたりでお守りを買いたいと言い張った女子マネージャーはほかにもいたが、別行動がばれたときに進学の内申書に響くと思うとためらうものがあったらしく、結局立候補したのはキョウだけだった。
「待たせた? ごめんねカイくん。どこから来たんだっけ? 迷わなかった?」
「金閣寺から、だよ。市バスの59ってのに乗るだけだったから、余裕だった。で、今さっき着いて、神社を一周したとこ。おみくじを引いちゃったり、蹴鞠やってる貴族の絵とか、眺めてた。ほら」
カイが指差した先には、大きなパネルがあった。円を描くように立った貴族衣裳の人たちが、ひとつの鞠を優雅に蹴り合っている姿。
「正月にはあの絵をもとに、当時の蹴鞠をここで再現してるんだって。俺も出てみたいなあ」
「着物だったら、蹴りづらいよきっと」
「ああ、そうか。靴も蹴りづらそうだな。なるほど、『沓』だって。まずは来年、見に来て見よう。キョウも行く?」
気軽に、言われた。
もちろん、キョウは一緒に行きたいと返事したかったが、ことばにつまってしまった。実際問題、中学生がふたりでどうやって行くのだろう。
「あ、悪い。年が明けたら、キョウは受験だもんな。自分だけ決まっているからって。ごめんごめん。じゃ、まずは古いお守りを奉納しよう」
サッカーの推薦入学が決まっているカイには、受験がなかった。部活だけではなく、なかなかの進学校でもある。キョウはカイの通う高校を受験するつもりではいるが、受かる自信がないからカイにはまだ秘密。
部員から預かった古いお守りを、納めて返す。お世話になりました、と心をこめてお礼を述べ、本殿にもお参りをする。
「部員三十人の代表だから」
そう言ってカイは、修学旅行のお小遣いと規定された金額の全部を、お賽銭として投げてしまった。
「おみやげ、買わないの?」
「うん。まあいいよ別に。うちは父ひとり、子ひとりだから」
少ない小遣いの中で、特に女子はなにを買おうか脳内シミュレーションを繰り返している中、カイはどうにも悩ましいおみやげ問題をあっさり切って捨てた。
「ご、ごめん」
「気にしないでくれよ。いつものことだから慣れてるし。キョウも、うちが父子家庭だって知ってるだろ?」
うん。知っていた。しかも、お父さんは仕事が忙しくて、あまり帰ってこないことも。カイはひとりで家事と学業と部活をこなしている。なのに、全然愚痴っぽくないし、いつも明るい。
「……うん。あとで、私の八ツ橋半分あげる」
キョウとカイは手水舎で、手と口を清めた。冷たい水が緊張に心地よい。
「さあ、次はなんだっけ。神前では二礼、拍手……なんだっけ?」
神社へのお参りは、部内に秘密のマニュアルが存在していた。熟読してきたはずなのに、慣れないことでついつい手順を忘れてしまう。ふたりはマニュアル片手に、お参りをする。ふたりは肩を寄せて順番を確認する。キョウのどきどきが跳ね上がった。
「おっと、先に鈴を鳴らしてね。今年も来ましたよ、神さま~」
境内にいるのはふたりだけ。カランカランといい音色が、緑の濃い杜に響く。
二礼、二拍手、最後に一礼。
『皆がケガなく、部活ができますように。試合にひとつでもたくさん勝てますように』
礼が終わって隣のカイを見ると、まだなにかを祈っていた。いやに長い。主将だもの、頼まれごとでもあったのだろうか。
と、思っていたら、頭を上げたカイと視線が合った。予期しないまっすぐな眼差しに、キョウは俯いた。恥ずかしがるなんて乙女なガラじゃないのに。
「じゃ、じゃあ、あとはお守りを」
話を、視線を、早く外したい。キョウは社務所に足を向けた。
「待って」
カイは、キョウの腕をつかんで引き止めた。真剣な表情。まさか、こここ、告白でもされちゃうんだろうかという、楽観的でいかにも都合のいい解釈が頭をよぎる。
「ちょ、ちょっと、カイくん……」
こんなところで? しかも、隠密行動中に? だがカイは、キョウの大期待を見事裏切った。
「後ろ! なにか、渦巻いてる」
「う、うしろ?」
男子たるカイ、とっさのことにも自分を盾にして、キョウを守ろうと一歩前に出た。頼もしい。
さっきまで暑いとさえ思っていたのに、いやにひんやりとしたというより、むしろ寒々しい空気が漂っている。初夏の天はずっと青空、絶好の修学旅行日和だったのに、どんよりと低く、暗いものに一変。
「風? 竜巻?」
次第に、渦の中心から白っぽいものがあらわれはじめた。やがて人のような形を成す。白い人……美術室に置いてあるデッサン用の塑像のような体つきになった。
霊がすんなり侵入できたところを見ると、蹴鞠神社の結界は、晴明神社のものよりもずいぶんと弱い。
そういえば、この神社の神さまって、蹴鞠を愛した平安時代の帝らしいけど、陰謀に加担したとかで配流になったんだっけ。厳しい処分を恨みに持った当の帝は、死後怨霊になって疫病地震を引き起こし、次々に都を脅かした。蹴鞠神社の神さまに落ち着いたのは、随分最近のこと、らしい。
元怨霊、負の気を招き寄せるのは朝飯前ってところか。いやいや、感心している場合じゃない。
「な、なんなのこれ」
「さあ。なに?」
とぼけていても、キョウの霊感レベルがびりびり上がっている。さっきの、だ。アミの髪にくっついていた、あれだ。消えたから、手で潰したのかと軽く考えていたが、また登場した。
怒っている。うん、すごく怒っている。
『かみ……かみぃ……あのお方が愛でてくれた、あのかみをぉ』
恨みつらみを並べながら、キョウたちのほうへ近づいてくる。待て、ちょい待て。ここに髪の長い人はいない。
「『かみ』?」
「聞こえるの? 『髪』って」
「うん。あの人の声なのか、これ」
「声、っていうか……なんだろ、おたけび?」
霊の姿が見えて、叫びが聞こえるという人は、初めてだった。
「あげられる『かみ』なんて、ないね。どうしようか」
首を傾げたカイ、緊急事態にもけっこう冷静。キョウが手を伸ばせば消えるだろうが、また出てくるかもしれないし、こんなふうに迷惑度を上げてくるかもしれない。そうなったらキョウの手に追えない。
土地の霊に、手を出したらいけないのだ。ましてやここは京の都、筋金入りの霊。
でも、勝負つけるしかない。カイを巻き込んだ自分の責任を、キョウは感じていた。
「カイくん、下がっていて。私が退治する」
「退治?」
「うん。あいつは霊なの。もともとは、そんなに悪い霊じゃなかったと思うけど、髪がほしくてしかたないのよ。さっき、アミを狙っていたの。あの子、髪が長いでしょ? 今、やっつけておかないと、またなにかしてくると思う」
「悪くないなら、無理してやっつける必要ないよ。危険だ」
「どうして!」
突風に流されてしまいそうになり、キョウは大声を出した。
「どうして……って、悪くないから。俺を守って戦ってくれる覚悟はありがたいけど、あの霊は『かみ』がほしいだけだろ。だったら、『かみ』をあげればいいじゃん」
「髪を? でも」
キョウは、襟足すっきりのショートカット。カイもスポーツ少年らしく短髪だ。これ以上は切れない。ハサミもない。
「かみならあるじゃん、ここに」
「ええ!」
カイが示したのは、いつの間にかキョウが握り締めていた参拝マニュアルだった。くしゃくしゃになっている。
「これ、紙。『かみ』違い。あいつがほしいのは、髪だよ。頭の毛」
「やってみよう。気を逸らせるかも」
いや、いっときは逸らしても、また襲われるかもしれないし、普通の紙で騙されるわけないって。
その場しのぎは逆効果、キョウは止めようとしたが、カイはマニュアルをぎゅっと小さく、くるくろっと丸めて器用に蹴り上げた。まるで、グラウンドでサッカーボールを蹴るように。
曇天に舞った白い球は、ただちに落下してきた。白い霊を目がけて、まっすぐに。サッカー部主将・カイの目測に誤りはない。
「嘘っ」
キョウは自分の目を疑った。
霊の前に急降下してきたマニュアルが、霊の手のひらの上でいったん跳ね、黒々とした長い髪の毛に変化して、霊の頭らしき部分にくっついたのだ。
『おお、かみだ。かみ。わたしの、かみよ』
髪を受け入れた霊は、満足そうに消えていった。
あたりは、すっかりもとの青空に戻っている。奇妙な風も吹いていない。
「なに、今の……どうしたの」
キョウはカイを見た。
「あの人、困っていそうだったから。久しぶりにチカラを使ったみたんだけど……やっぱり驚いた?」
カイは顔に戸惑いを浮かべている。
「驚いたけど、すごいよ。あんなこと、できるなんて」
「キョウには、全部視えていたんだね」
「うん」
「あれの一部始終が視えた人って、初めてだよ」
「私も。霊が視えて、しかも退治できるなんて、カイくんってすごい」
「退治っていうか、望みを叶えてお引き返し願っただけ。この妙なチカラのせいでさ、母さんは俺のこと、気味が悪いって言って、家を出て行ったんだ。母さんだって、俺のチカラが視えるってことは、近い種類なのにさ」
それで、父子家庭なのか。
「全然、気味悪くないよ。私、カイくんに助けてもらえたんだし。私も、なにかいる霊がいるっていつも言っていたら、仲間外れにされたよ。カイくんと同じ」
「怖く……なかった?」
「うん。カイくん、尊敬だよ。退治じゃなくて望みを叶えるチカラ、羨ましい」
「おお。ありがとう」
「私も、嬉しい。カイくんのほうが、断然チカラ持ちだけど、同じような体質の人がこんな近くにいたなんて」
「俺も。奇跡だな」
ふたりはにこにこと笑顔を見せ合った。
社務所で、お守りを買う。しめて、三十個。『三十個』と聞いた神社の巫女さんは、一瞬表情を強張らせたが、特に咎められはしなかった。
「効くといいね」
「効果は絶大だよ。なにしろ、霊に敏感な特殊体質のふたりが命を賭けて手に入れてきた、激レア必至なお守りなんだから」
「そうだね。重みを感じるよ」
お守りの存在を、誰にも見つからないように。カイはお守りの入った袋を、自分のバッグの中に詰めた。
これで、ふたりだけの別行動も終わる。あとはうまく自分のグループに戻るだけだ。キョウはアミに、カイも自分のグループのメンバーに『これから戻る』ことをメールした。
蹴鞠神社のすぐ前には、バス停がある。ここから御所の前を通るバスに乗れば、お互いのグループと合流できる段取りになっている。バスに乗れば、五分ぐらいで着くだろう。
けれど。
もう少しだけ、ふたりでいたい。
時間は、二時四十五分。全体の集合時刻まで、残りはもう少ない。バス停の案内表示を確認したけれど、お目当てのバスはまだまだ通りそうになかった。
「歩いていくか。そんな距離じゃないし」
不意に心を読まれたのかと、キョウは動揺した。
歩いて行ったほうが長く一緒にいられると思ったところだったから。
「うん!」
キョウは元気に返事をした。
「元気だな」
「うん。まだまだ」
並んで歩くふたりの影が、アスファルトに落ちている。影は濃く、はっきりと形を成している。陽射しが強いしるしだ。
「マニュアル、これからの後輩のために作り直さなきゃな。あれ、コピーじゃなくて、原本だっただろ」
「これからも、続けるのかなあ?」
「続けるんじゃない? 我が部には『お参りした主将とマネージャーは付き合いはじめる』っていう、興味深い都市伝説があるらしいし」
「えっ」
し、知らなかった。そ、そうなのか……。
「ただし、修学旅行前からカップルだった年もあるらしいし、中学卒業してからっていう年もあったらしいから、なんとも言えないけど」
ふわり。
なんの宣言も前触れもなくカイの指が、キョウの指に絡んだ。驚いたキョウは腕を引いたけれど、指は解けなかった。
「俺の行く高校、受験するんだろ。聞いた。絶対に来いよな。受かったら……ちょっと先の話になるけど、高校一年の冬は京都蹴鞠神社旅行に、行こうぜ。今度の冬は無理だから、まあ、だいぶ先の話だ」
「りょりょりょ、りょこう!」
さっきの話は、冗談じゃなかったのか。混乱して、妄想がはじける。
「おい、日帰りだからな! 京都って、東京からでも、じゅーぶん日帰り可能だぞ! 変なこと、考えるなって」
「でもさ、お正月って、高校サッカーがあるよね」
「あ……そうだったか」
一瞬、肩を落としたカイだったが、神社でもらったパンフレットを見直した途端、目を輝かせた。
「んじゃ、訂正! 四月に、お祭りがあるよ。お、蹴鞠の会もあるって! これだ、これに行こう。キョウが俺の高校に受かったら、詳しく調べて、突撃。いいな。また困った霊が出たら、俺が守ってやる」
カイの強気モードには、笑うしかない。キョウは遠慮ない笑顔で頷いた。
「がんばる」
キョウが返事をしたとき、ふたりは大通りを行くバスにするすると追い越された。
「ああーっ!」
バスの中は、キョウのグループの面々が乗っていた。どの顔も、あっけにとられている。修学旅行前は、主将とマネージャーだったはずのキョウとカイが、仲よく手をつないでいるのだから。
「そこのふたり!」
「どういうこと!」
「手、手っ」
降り注ぐ大声に、通行人までが驚いて振り返る。グループ一同は今にもバスをぞろぞろと降りてきて、詰問してきそうな勢いだ。
「……次の角、曲がる。細い路地から行こう、走るぞっ」
キョウはカイと駆けはじめた。
「あーっ、ふたりが逃げた!」
バスからはそんな声が挙がっている。協力をお願いしたアミにさえ、あとで責められそうだ。
「そういえば、さっき神社でカイくんは長々と、なにをお願いしていたの?」
「もちろん、キョウに告白できますようにって。そして、告白が成功しますようにって。蹴鞠神社で引いたおみくじに、『告白吉』『待ち人来たる』って書いてあったし。お賽銭、奮発したかいあったよ。いやー。小遣い、全額だったもんな」
「そのための、お賽銭だったの!」
「うん。俺の財布の中身じゃ、ペットボトルも買えないぐらい。小銭出し合ってさ、ジュース半分こしようよ。お守りゲット記念で、祝杯? っていうか、喉が渇いた」
もう、笑うしかない。笑い飛ばしてしまえ。心地よい初夏の風に乗って吹き飛んでしまえ。
まっすぐに伸びた路地を、ふたりはゆっくりと歩く。目的地はすぐそこだ。
どうか、この先の道には困った霊がいませんように。やさしい霊なら、傷つけずにあたたかく見守るから。
……これからは。




