表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽園をふちどる色彩  作者: 伊那
第二話 カフェを訪れる人々
7/30

第二話 カフェを訪れる人々1

 空の端が薄い鈍色(にびいろ)の雲に覆われた日だった。天空のすべてを占めるほどの雲ではなく、東は青い空の上に幾らかの白い雲が散らばっていた。太陽は顔を見せたり見せなかったり――まるで、太陽の妖精ソルナが恥らっているかのようだ。天気は崩れるのか、曇りがちなままか、図りかねる空だ。

 フェッロは、サン・クール寺院の敷地内を日に最低二度は見回りをするよう心がけている。朝と夜の二度、時間があれば昼過ぎにも一度。一日中出掛けていて最低二度すらかなわない日もあるのだが、彼のする一番守門(ポーター)らしい仕事といえば、これである。絵を描きながら門番をしている事もあるが、司祭のホープに頼まれ雑事をこなす事も多い。いつもは朝食の後に敷地内を歩いて回るのだが、今朝はホープにちょっとした仕事を任されたので、その後の見回りとなった。

 この日も常のように何の異変も見当たらないサン・クール寺院を巡回し、フェッロは一仕事を終えた。礼拝堂の前を横切った時、少女を連れた一人の男性を見かけた。がっしりした体型で坊主頭の二十代後半ほどのその男は、オリヴィエールといいよく礼拝堂に来ている人物の一人だ。フェッロも幾度か会話を交わした相手だが、同行の少女クロとオリヴィエールの関係性については何も知らない。親子というにはあまり似ていないし、兄妹にしては年が離れている。

 オリヴィエールとは距離があったしこちらに気がついていないようだったから、声はかけないでおいた。世界の聖地を旅する宗教学者だというオリヴィエール。以前フェッロに礼拝堂の天井画を見るのが好きだと述べていたから、今日もそうするのだろう。フェッロはまた機会があれば話をしたいと思いながら、オリヴィエールを見送った。

 守門の仕事はひとまず終わった。自由時間の到来にフェッロは、先ほど見かけた前庭の花のスケッチでもしようかと考え歩き出した。


 庭先でいつの間にかスケッチブック片手にうたた寝をしていたらしい。人の気配を感じたフェッロは、閉じていた瞼を半分だけ持ち上げ、周囲に目をやる。フェッロの紫がかった灰色の瞳は、一人の少年の姿を発見した。フェッロが上半身を起こすと、彼に気づいた少年は顔色を明るくする。太陽の光が雲間から差し込むと、少年の黄金(きん)の髪は淡くきらめいた。

「フェッロお兄ちゃん!」

 この少年はサン・クール寺院付属孤児院の子どもではない。寺院には多くの人間が訪れるが、このセヴィーリオほど幼いながらに交友関係が広く皆に愛されている人物は、そうはいない。ティル・ナ・ノーグ(まち)のあちこちに顔を出すセヴィーリオは、サン・クール寺院にもよく顔を出す。もちろんフェッロも顔見知りである。

「セヴィ。元気?」

 立ち上がってフェッロは、セヴィーリオを見やる。セヴィーリオは元来体があまり丈夫ではない。時々フェッロも忘れてしまいそうになるが、こうして思い出したりもする。きちんと体調はどうかという意味での問いだ。

「うん、元気だよ。お兄ちゃん、何描いてたの?」

「……山?」

 疑問形で答えるフェッロは、実際まだ何を描くか決めていなかった。遠くの山が偶然目に入ったから舌に乗せただけだが、スケッチブックは真っ白だ。描こうと思っていたはずの花も、なんとなくその気になれなくて、放置したまま。いっそ風景や植物よりも生き物の方がいいのかもしれない。セヴィーリオには相棒のように付き添う犬がいつも傍にいるはず、ちょうどいいと声をかける。

「今日もリューンと一緒? リューンを描いてみたいんだけど」

「いいよー。おいで、リューン」

 呼び声に応えてセヴィーリオの元へ駆けつける大型犬。そのまま主に飛びつくかと思いきや、通り過ぎてフェッロに体当たりしたので、セヴィーリオは目を丸くした。

「わ、リューン! こら、危ないでしょ!」

 よろけたが倒れる事はなかった攻撃対象(フェッロ)に不満を感じているのか、リューンは不機嫌そうに唸る。フェッロが動物に好意的に扱われないのはいつもの事だが、さすがに大型犬に飛びつかれてはかなわない。セヴィーリオ(あるじ)が仲裁に入ろうとするより早く、もう一度リューンはフェッロに自身の体を打ち付ける。

「リューンってば!」

 彼自身は動物に好かれないが、動物好きのフェッロ。彼がリューンを粗雑に扱うはずがなかった。今度はリューンに負けて地面に尻餅をつく。「やめてくださいリューンさん」とフェッロが冗談めかして制止を呼びかけても、リューンの態度は変わらない。

「もう、こら!」

 リューンを取り押さえるセヴィーリオだったが、いつの間にかリューンの意識は主に移ったようで、じゃれあいをはじめる。撫でまわしてやりたい標的(ターゲット)に見向きもされないフェッロはわずかながら寂しさを覚えつつも、少年と犬を眺め続ける。急にいい絵が描けそうな気がして、少し離れた場所にあるスケッチブックを手に取った。簡単な輪郭線を引いて愛犬とたわむれるセヴィーリオを紙に写しとる。生成り色した紙の上に、男の子が一人と大きな犬が一匹、徐々に姿を現しはじめる。

 あと少しで輪郭線だけの素描は完成するというところで、また一人子どもがやって来た。孤児院のディオンという子だが、少し焦った様子である。

「いたいた、セヴィ。また黙って家抜け出してきたんだろ、お前のとーちゃんが来てるぞ。また怒られるぞー」

「えっ、ほんとう?!」

 体の丈夫でないセヴィーリオ、外で何かあっては困ると父親が気がかりに思うのは無理もない。簡単に外出させてはくれない父親に黙って家を出る事が少なくないセヴィーリオだが、息子の不在を知って父親が追ってくる事も珍しい話ではない。

 サン・クール寺院は特にセヴィーリオが訪れる事の多い場所だ。彼の父レオンもそれを知って追ってきたのかもしれないが――フェッロは今朝の事に思いを巡らす。ホープは、朝食後フェッロにいくつかの仕事を言いつけた。グラッツィア施療院のイレーネという女医が、子どもたちに応急処置を教えにやって来るという。そのための道具をいくつか倉庫から運んで、所定の場所に持って行ったのはフェッロだった。

「今日は確か……イレーネ先生が簡単な講習に来るから、その手伝いにレオンさんも来るって聞いたな……」

「……そうなの? そういえば、パパ今度寺院で仕事があるって言ってたけど、今日だったっけ」

 セヴィーリオも話を聞きかじっていたらしい。偶然のようではあるが、どうしたものかとフェッロは思案する。このままセヴィーリオを父親の前に連れて行っては、お説教の時間が待っているかもしれず、それも気の毒な気がした。かといって、このままでいたらセヴィーリオはまた父に見つからないようにと町へ出掛けて行くのだろう。

「セヴィ」

「なあに?」

「ちょっと、お出かけしようか」

 普段なら、あまりこういった提案をしないフェッロだが、彼もこのままサン・クール寺院にいるつもりになれなくなっていたのだ。




 向かう先は、フェッロ御用達のカフェ。雲はまた多く集まってきていた。かといって雨雲のように濁ってはいないから、おそらくは雨は降らないだろう。フェッロたちの目的地のとある店の手前で、見知った顔を見かけた。ゴブリンの大柄な男性で、店から少し離れた場所で立ち止まっては、店内を見つめている。目的地が一緒なのだろうかと目を向けていたのだが、少し歩くと足を止めてしまう。そして踵を返しては移動するのだが、また店を振り返る。

「ロイドさんだー! こんにちは、何してるのー?」

 真っ先にセヴィーリオが声をかける。フェッロもゴブリンの彼とは知り合いだが、セヴィーリオは本当に顔が広いなと改めて思わされる。ロイドと呼ばれた彼は“月島堂”という冒険者のための専門店を営んでいる人物だ。

 ゴブリン特有の長い鼻に厳つい顔立ち、武道家にしか見えない巨漢にして無愛想というロイドは、子ども好きという一面を持つ。

「セヴィか」

 こんにちはと遅れてフェッロも挨拶する。それなりに高い身長のフェッロですら見上げるほどのロイドだ、ちょっと心臓の弱い人間ならおっかなびっくり後ずさるだろうか。しかしゴブリンの彼は、気さくに返事をする。

「おう、フェッロも。リューンも揃いでお出かけか?」

「ちょうど、カフェ“エリン”に行くところで」

「そうか」

 フェッロの今後の予定を聞いても、ロイドは軽く頷いただけだった。“エリン”の前にいた彼も、話題のカフェを目指していたのではないのか? 疑問をそっくりそのまま、相手に投げる事にした。

「……ロイドさんも、カフェ“エリン”に?」

 ぴたり、ロイドの動きが一瞬止まった。しかしすぐに普段通りにぶっきらぼうでありながら頼り甲斐ある大人の男の態度に戻る。

「い、いや。俺の事は気にするな。これから用事があるんでな」

 一人じゃなくても場違いだろうし……ぶつぶつと呟くロイドの声は途中から明瞭ではなくなっていった。じっと見上げてくるセヴィーリオの瞳にいたたまれなくなったのではないだろうが、ロイドは、

「そういうわけで、じゃあな」

 と片手を掲げて去って行った。

「ロイドさん、前にガートが好きって言ってた」

「……ふーん」

 セヴィーリオとフェッロはなんとなく、ロイドがしたがっていた事が分かったような気がする。カフェ“エリン”はガートが何匹も暮らしている場所なのだ。とはいえロイドがそれを隠すような理由が分からなくて、フェッロたちは彼についての会話はそれ以上続けられなかった。


 涼やかな音が、カフェの扉のベルからもれる。カフェ“エリン”――目的地への到着だ。そこには、薄紅や薄黄色や薄緑など、色も大きさも様々のガートたちがたくさん居た。鳥の羽のような耳をぱたぱたと動かし、隣りのガートにくっついてじゃれ合う様子はとても楽しそうだ。ここはガートや動物を連れた客の入店も可能な場所だ。そしてガートとのふれあいの場がほしいという客の需要(ニーズ)にも対応しているカフェなのである。カフェの中の何匹かのガートが、カフェの新しい客に対して顔を上げる。黒い瞳がくりくりとしていてとても愛らしいと感じる者は少なくない、そのためこのカフェ“エリン”は客足が途絶える事がなかった。

 先にセヴィーリオが店内へと進み、次にリューン、それからフェッロがそれに続く。来客を迎えるのは、微笑みを浮かべた一人の少女だ。

「いらっしゃいませ」

 彼女が微笑むと空気はやわらぐ。どこかやる気のなさそうなフェッロのそれとは違い、眠そうな伏し目の瞳は透き通る翠玉(すいぎょく)色。そこにはすぐに閉じられてしまうのではないかという、儚げなものがある。彼女はこのカフェの名の由来となった少女、エリンである。飲食店の人間にふさわしいエプロンの他、ガートの耳がフードに付属するケープを衣服の上にまとっている。店員のうちの一人かのようなエリンだが、実は彼女こそがカフェ“エリン”の店長なのだ。

「セヴィくん、リューンもいらっしゃい」

「エリンお姉ちゃん」

 セヴィーリオはリューンと一緒にエリンに駆け寄って行く。エリンは少年とその愛犬に笑顔を見せると、金の毛並みを持つリューンを撫ぜる。セヴィーリオは“よかったね”とでも言うようにリューンと顔を見合わせて嬉しそうだ。少年たちより時間を置いて店内へと進んできた人物に気がついたエリンは、そちらへと顔を向ける。

「フェッロさんも、こんにちは」

 ここカフェ“エリン”は、ガートがたくさんいるカフェだ。そしてフェッロは大のガート好き、という事でフェッロがこのカフェの常連客にならないはずがなかった。いつから通っているだろうか、もうすっかりエリンとも顔なじみになっている。ひとつ頷いてフェッロは親しげな目をしてみせたが、長い前髪の下にあって相手に伝わったかどうか。

 早速「ご注文は何ですか?」とエリンが聞いてきたので、ひとまず椅子に腰掛ける事にした。フェッロはセヴィーリオにも座ろうと誘ったのだった。

登場人物の一部は企画参加者さんからお借りしました。


オリヴィエール=ル=ハル(考案&デザイン・道長僥倖さん)

セヴィーリオ・ハルト(考案&デザイン・藍村霞輔さん)

リューン(考案&デザイン・藍村霞輔さん)

ロイド・クリプキ(考案&デザイン・佐藤つかささん)

エリン(考案・早村友裕さん デザイン・藍村霞輔さん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ