第一話 ガートの落とし物4
フェッロとニコラス二人の共通の知人であるエフテラームは雑貨屋の店主でもあり、彼女の店はちょうど少し行ったところにある。実験台という単語の意味するところは何だろうと、少々勘ぐりながらの到着だ。
エフテラームの雑貨屋は基本的には日用品、布製品や革製品に毛織物、陶器や金属の食器、燭台や盥、ランプや花瓶などの販売をしている。更にガートモチーフの商品まであり、ガートのぬいぐるみを筆頭に、ガート耳のついたフードケープ、ガート鞄などが店先に並ぶ姿は日用品との対比で浮いて見えなくもない。その上狭い店内によくもまあこれほどの物をと呆れる量の商品が陳列されている。
「今度、カイス風サンドイッチ? みたいなもんをミザッラで出すつもりなんだけど、味の感じとかどうかなーと思って。試しに味見てくんねーかな?」
店主であるエフテラームが運営する店“ミザッラ”は雑貨だけではなく軽食の提供もしている。彼女の言う“実験台”とは新商品の味見の事だったのだ。
「また新メニュー……」
昼ご飯を食べた店、パーチェでも新メニューが開発されていた。今日は新商品に縁がある日らしい。エフテラームが焼いた肉の挟まるパンを差し出すと、ニコラスは不満げな声を上げた。
「えー、カイスの味はなんか慣れないからなー」
「お前にはやらねえから安心しろ」
エフテラームは顔を引きつらせてニコラスの目の前からサンドイッチを取り上げる。実はフェッロとニコラスの味の好みの一致から外れるほとんど唯一の例が、カイス料理だった。カイスの味を愛して止まないほどではないのが、美味しいと思っているフェッロと彼は違うようだ。
「カイスで一般的な香辛料が全部簡単に手に入るわけじゃねーし、味付けもこっちの味にアレンジしたから“カイス風”なんだ。どうだ?」
「悪くないと思うけど、何かパンと肉の間に緩衝材があると口当たりが良くなるんじゃないかな」
「けっきょく食ってんじゃねーかよニコ」
以前からニコラスはカイスの味を好まないと言うのでエフテラームは期待していなかったのに、改善点を見つけてくれるとは。変なところで天邪鬼なのだろうか。
「でもそうだな、この料理って元々、串に刺して肉を焼くんだけど野菜とか間に挟んで焼くこともあったからな……それいいかもな」
「さすが食堂の息子」
ぼそりとフェッロ。何か足りないなと彼も思っていたが、ニコラスのように具体的な意見にはならなかった。ニコラス・セルベセリアの家は元々大衆向け料理屋を営んでいた。今は長期休業中の食堂だが、いずれはニコラスが立て直して再開店させるつもりらしいのだ。
「あー、そっか。いいなー食堂。たまに食堂がやりたくなんだよなー。憧れっつーか」
「憧れで経営できるほど料理店は甘くないよ?」
つらつらと料理店経営の大変さを列挙するニコラス。本職をよく知る人物のお言葉はさすがにエフテラームも反論出来ない。
「う、まあ、半端な気持ちでやる気はねーけどさ。ちょっとした夢っていうか」
「エフテの店は雑貨屋でそれなりにもうかってるから、いいんじゃないの」
さりげなくなんとなく上手くまとめようとしているフェッロ。確かに商売繁盛というほどではないが、カイスの商品が珍しいからと売れていて、まったくの赤字というほどでもない店なのだ。
「でも、どうせ食事が出るなら味付けがしょっぱい軽食もほしいって言われたとこだったんだよ。協力ありがとな、フェッロ。ニコのアドバイスも、サディークに言っとくわ」
とりわけ公言してないが、隠してもいないひとつの事実。ミザッラの食事は店主であるエフテラームが作るのではなく、彼女の契約した精霊であるサディークが作っている。フェッロもニコラスも耳にした事があるにはあるが、何故なのだろうと気になった。
「……なんでエフテさんが作らないの?」
ニコラスに問われてエフテラームの表情は凍った。不自然なほどに口角を上げると、冷えた目になる。
「あ、それ聞いちゃうんだ? 別にアタシだって自分で作ってもいいんだぜ。はっ、それが、あのサディークの野郎が“お前の作る飯は普通だな。普通すぎてつまらん、俺の作ったものの方が美味いな”とかなんとかかんとか抜かしやがるからじゃあテメェで作りやがれって事で料理担当は家でも店でもアタシじゃなくなったんだよ一生料理長やらしてやらぁアイツいつか殺す」
思い出しながら腹が立ってきたのだろう、エフテラームがぐしゃりと握りつぶしたものは新商品の予定のサンドイッチだ。「姉さん姉さん、パンつぶれてる」とツッコミを入れるニコラスの声も聞こえていないようだ。
お腹がいっぱいになったところで、フェッロはやっと脳みそが働きはじめたらしい。本来の目的はエフテラームの新商品開発の手伝いではなく、お財布の持ち主探しでもなく、ホープのお使いだ。真の目的はまだあまり達成されてなく、先は長い。だがここでも用事が済ませると気がついて、声をあげる。
「そういえば、エフテの店はお皿売ってるよね」
「おー、あるある。いろいろあるから何でも買ってけよ」
店内を見回すと確かにいろいろな器があった。フェッロが見つけたのは光を反射する線で絵柄が描かれた皿だった。光の具合で赤や紫や緑などに変わって見える色を持つ線が、複雑に絡み合う文様を広げている。フェッロが凝視する姿にエフテラームは目を細めた。
「ああ、それ。きれいだろ。アタシもけっこう好きなんだ。確か、特別な作り方をして……なんだっけな……まあいいや。別に金塗ってるわけじゃねーけど、金みたいにきれいだろ?」
「独特の製法で釉薬の表面に金属の薄い膜が残るよう作るからそういう光沢を持つようになる、んだ。商品の説明ぐらい簡単に出来るようになれと言ってるだろうが」
小言のようなものを伴って、先ほど話題になったサディークが店の奥から現われた。ややくせ毛のラベンダーグレイの髪に淡褐色の瞳を持つ男。精悍で見目のいい彼は普通の人間にしか見えないが、精霊だ。
“精霊”――ありとあらゆるものに宿るエネルギーの集合体、もしくは死亡した妖精の残留思念や魂の事をそう呼ぶ。最初の種族といわれ信仰対象である“妖精”に近しい存在で、彼らの体は霊的でおぼろげなものが多い。普通の人間であれば目に見えない精霊もいるが、サディークは実体がありほとんど人間と変わらないように暮らしている。
人は精霊と“契約”して力を借りる事により、魔法使いになる事が出来る。エフテラームとサディークは契約を結んでおり、そのお陰でエフテラームは何もない空間から水を出現させる事が出来る。だがその量は多くはなく、今ではさほど使われていないために彼女が魔法の使える人間だと忘れている者は多い。彼女自身、時折自分の使える水の魔法について念頭になかったりするくらいなのだ。
そんな風に自分の能力を忘れたり、契約した精霊に料理を作らせたり雑貨屋の仕事を手伝わせたりする人間は、エフテラーム以外にそうはいないだろう。彼女は十代の頃からずっと一緒にいるサディークを相棒のように思ってはいるが、時々めんどくさい相手になるのだと顔をしかめる。
「うっせーな、お前は教師か。ていうか、あの皿どうせ高いから売れないし」
「高いのか……」
頷いたエフテラームの提示した値段は確かに、フェッロの想像していた数字よりは高値だった。光沢の美しい皿を購入するのは諦めた。お値段のお安いものと丈夫そうなものを探して、それらをホープに指定された枚数だけ買う。
従業員でもあるサディークが商品の引渡しを行う際、やっと客であるフェッロの顔に気がついたのか、
「今日はあの美しい修道女は一緒じゃないのか」
などと口走った。それはビアンカの事だろうか。ビアンカと共にエフテの店に来た事はあるから、それを思い出されたのか。フェッロがぼんやりとしていると思考を遮る声がやって来る。
「おっめーは、目の前に居ない時ぐらいは女の事考えるのやめろ」
「ほんとだよ、パーチェの店員さんといい、度が過ぎるのはちょっとね~」
昼食をとったパーチェでも女好きの男性を発見出来たが、ここでもか。ニコラスは知人にもまだそれらしい男がいるのも思い出せて何とも言えない気分になる。
「ビアンカは、今日は客が来るから寺院にいるはずです」
「おめーも何普通に答えてんだ、違えだろ」
あっさりと答えるフェッロにエフテラームは頭をかかえたくなる。ニコラスも同様の思いで瞳を閉じてゆるく首を振る。彼らは、話題のビアンカが言葉にせずともフェッロに特別な感情を抱いている事を知っている。どちらもホープのように――彼は何も言わずとも友達以上恋人未満の男女を恋人同士に変化させようとする――余計な事を言ったりはしないが、フェッロがあまりにも鈍いのには口を挟みたくなってしまうのだ。
「いいや、フェロ、行こうよ」
用事が済んだなら、先へ進もう。ツッコむのも面倒になってニコラスは歩き出し、フェッロを手招きした。
挨拶をしてからミザッラを去る。するといくらもしないうちに背後から騒音が飛んできた。たとえば棚を引っくり返したような、物が壊れた音。
「あああああ!」
「ばかお前何やってんだエフテラあああァァム!!」
遠くから怒号が聞こえた。音源からは離れてしまって、こちらからは店の一部すら見えないが、フェッロは振り返ってみた。緩いカーブを描く道を戻れば悲惨な場面が見えるのだろう。
「……いつものことだし、ね」
「破壊者エフテ……」
音からでも分かる、エフテラームが引き起こした被害はちょっとやそっとではなさそうだ。また何かひっくり返したのだろう、手助けしてやりたいのは山々だが彼女のそそっかしさに際限はない。何かを落としたりこぼしたり壊してしまったりするのは、本当にいつもの事。サディークが以前に破壊者と呼んでいたのをフェッロは思い出す。
ニコラスが先へ急ぐのでフェッロもそれに倣った。歩きながら少々の後ろめたさを忘れるために思案していたニコラスは、太陽が正午を大分過ぎたと知らせているのに気づく。夕方にはまだまだ早いが、それでも一日の半分以上が終わってしまっている。そろそろ騎士の仕事に戻った方がいいだろう。元々時間制限はもうけていなかったが、フェッロの買い物に長くつきあうつもりはなかった。
「買い物途中だけど、俺もう仕事に戻るよ。ついでに財布も担当の人に渡しておくし」
「……そっか……ニコ、」
「ん?」
少々悩んだものの、フェッロはそれを口にした。
「これから行くところで大量の荷物を受け取るんだけど、どうせなら、それの手伝いをしてから戻ることにしない?」
淡々としてフェッロ。お願いをするような口調にはとても思えないが、本来は荷物持ちがほしくてニコラスに同行してもらったのだ。最初から大荷物になる買い物を済ませておけばよかった。
「キミ、実はちゃっかりしてるよね」
そうだろうか。フェッロは一応、相手を選んでちゃっかりしているつもりだが。
しょうがない、と買出しの量の多さを知るニコラスは折れてやる事にした。
作中の光沢ある皿は“ラスター彩”という実在する陶器のつもりで描きました。
ペルシアで作られていた陶器で(今でも作られていますが)、実物は本当に光沢の美しいものです。
とてもきれいで国内でも見られるので興味がある方は、ぜひ。と思ってラスター彩を登場させました(笑)