表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽園をふちどる色彩  作者: 伊那
第一話 ガートの落とし物
3/30

第一話 ガートの落とし物3

 彼らが訪れた店の名前は“パーチェ”。簡単なものでよいから即座に食事を用意してほしいという客に人気の軽食店だ。量を食べたい客のための食事もあるが、サンドイッチや菓子パンなどの歩きながら食べられる食品が売れ筋の店である。ニコラスの案内でここまで来たがフェッロもよく知る店だった。

「ここおれもよく来る」

「美味いよね。ていうか、俺たち味覚だけはほんとに趣味合うね」

 出会いは別だがニコラスと親交を深めるきっかけになったのも飲食店で同じメニューを頼んだ事だった。以来、食べ物の嗜好について意見が対立した例はごく僅か。

 料理を注文する際、店員に薄紅色の財布について問いかけるがやはり見てはいないという。持ち主らしき女性についても未確認だ。伊達男らしいパーチェの店員は「女の子の顔は一度見たら忘れないんだけどな」などとのたもうたが取るに足らない些細な事。

 パーチェでフェッロが頼んだものは、カジキのパン粉焼きが挟まったサンドイッチだ。パンの外側はカリカリ、中はしっとりやわらかい。使われた調味料の酸味と辛味が相まって、ほどよい味付けとなっている。ニコラスは鶏肉とクアルンチーズのはさみ揚げサンドイッチと、黄金林檎のマフィンを両手にしていた。パーチェにはよく来るフェッロだがマフィンは見た事がなかったので話を聞くと、最近出たばかりの新商品だと言う。

「ふぉふはよらふぉーふ、ふるふぉ……」

「ニコ、何言ってるか分かんない」

 ニコラスがサンドイッチだらけの口でしゃべり出すが、まったく言語になっていない。理解不能だと伝えると、まだふぉふふぉふ言っていたが食事と会話を同時に行うのは諦めたのか、飲み下すのに専念する。

「それで量、足りるの。お昼ご飯でしょこれ」

「お金の方が足りなくなりそうだからな……」

「あー……そうだね」

 フェッロがお金持ちではない事は、ニコラスもようく分かっている。またか、というか相変わらずか、という展開に苦笑をするしかない。

 軽食を手にしながら、また財布の持ち主捜索が再開された。聞くたびによい返事はなく、遠い目をしながら二人は露天商の一人に声をかける。

「こういうお財布を探している人、見なかったかなー……って、シーラちゃんじゃん。お久~元気?」

 ニコラスが声をかけた人物は彼の知り合いで、よく見るとフェッロも知った顔だった。本店は別にあるが、街頭などいろいろな場所で商品を広げては雑貨を売る娘、シーラ・ベックだ。

「あ、ニコくん! 元気元気~。今日は何か買っていってくれますぅ~?」

「そうだね~、ほしいのがあるかな~?」

 シーラの売る商品は実に雑多で、日によってさまざまなものを取り扱っている。商品をなんとなく見下ろしていたらフェッロは視界に筆があるのを見つけ、しゃがみこむ。並べられた筆の数は多くないが、絵筆になれそうなものがある。

「それは、タヌキの毛らしいですよ~。そっちはイタチで、こっちがリスですね~」

 ちょうど、イタチのような柔らかい毛の筆がほしかったところだ。イタチ毛と、リス毛の筆をそれぞれ一本ずつ購入する。フェッロの方の用事はまたひとつ終わりに近づいたが、そもそもシーラに話しかけたのは財布の持ち主について聞きたいからだった。

「そうだ、シーラちゃん、お財布探してる人、見なかった? 持ち主探してるんだけど」

「どんなお財布ですか?」

 これ、とニコラスが差し出すとシーラはそれを手の平で受け取って、しばし見下ろした。ゆらゆら、ガートの飾りが揺れる。

「銀貨一枚と銅貨三枚の持ち主さんですか~……存じてないですね~」

「おお、なんで中身が分かったの?」

 シーラの口にしたお財布の中身は先ほど確認したものとぴったり合致する。言葉にはしないものの、フェッロも驚いた。

「ふふふー、うち、お財布持ったら中身分かるのが特技なんですよぅ~♪」

「でも持ち主とあんまり関係なくない?」

「それは言わないお約束ですよ~」

 あはははは……とっても和やかな彼らだった。そんな彼らに落ちる影は、少しずつ近づいてきた。新しく手にしたばかりの筆の使い心地を想像して、立ったたまま振ったりしていたのがいけなかったのか。フェッロの背中にぶつかる人物がいた。その拍子に筆を取り落としてしまい、目の前を通り過ぎた男の足の下に転がって、筆は音を立てて割れる。

「あ、悪ィ。急いでて」

 薄紫の髪をひとつにくくった青年は、ふわりとその長い髪を翻して軽やかに駆けていく。筆を足で踏んだのは青年ではないのだが、視界に移ったのは彼の背中。残されたのは、真ん中から折れた筆とその破片だけ。

 その時、ニコラスの耳には嫌な音が聞こえたとか聞こえなかったとか。顔をうつむかせたフェッロの様子が、目に見えておかしくなった。手が震えている。それは怒りによるもので、声まで同じ感情をひそませて低くなる。

「……買った……ばっかの、筆が……」

 誰に非があるのか。考えるまでもない。フェッロにぶつかってきて、手の中の筆を手放させたあの、髪の長い青年だ。そう八つ当たり相手を勝手に決めると、青年の背中に向かって怒号を上げる。

「何してやがんだてめぇえええええええ!!」

 フェッロは先ほどの青年を殴ろうとするかのように拳を固く握った。「出た、“裏”」ニコラスの顔がしかめられる。

「はわわ、フェッロくんどうされたんですかー?」

 顔見知りではあってもフェッロの性格を詳しくは知らない様子のシーラはぽかんと口を開けている。

「シーラちゃん、離れてて。とりあえず待ってフェロ」

 ニコラスはフェッロが飛び出そうとするのを防ぐため羽交い絞めにする。

「てめえ離せ、職務怠慢騎士」

 凄みを利かせた“裏フェッロ”の声には普段のとぼけたような様子はない。ニコラスを自分の膝の上で粗相した犬を見る目で睥睨する。はっきりいって柄が悪い。フェッロは自分を拘束する腕を振り払うと、そのままニコラスと距離を置いた。

「てめえから殺ってやろうかァ?」

 どこのチンピラだという顔つきと台詞でフェッロは拳の骨を鳴らす。視線を相手から逸らさないまま、ニコラスは肩慣らしの代わりに砂を飛ばすかのように地面を蹴る。じりじりと互いに間合いをつめる。きっかけは下らない事でも、切れた状態のフェッロと生半可な気持ちで対峙してはいけないと、ニコラスはよく分かっていた。ふうと一息吐く。

「はー、もう……」

 一気にフェッロの元へと飛ぶ。不意を突かれはしたが、フェッロは肘をニコラスの顔に打ちつけようとする。すぐに攻撃が来るだろう事を読んでいたニコラスはそれを避ける。フェッロの片方の腕を掴み、体を引き寄せて膝で蹴りを食らわせた。うめいてフェッロは体を折るが、すぐにニコラスの手を弾いて飛び退る。

「筆が折れたなら、」

 相手の一時的撤退の際に生まれた隙を見逃すニコラスではなかった。地面を蹴って飛び上がり、左足を突き出す。その蹴りの直撃を防ぐためにフェッロは腕で防御(ガード)するが、ニコラスは仕事の済んだ左足を地につけ軸にして、右の拳を振るった。

「つなげて使えばいいだろっ!」

 腹部に右手をのめりこませたフェッロはその衝撃で地面に倒れ、動かなくなった。


「わわ……ニコくんすごーい……」

 転がったまま気絶したらしいフェッロは捨て置いて、ニコラスは苦笑をシーラに向ける。

「ごめんねー、シーラちゃん。騒いじゃって」

「いいえー。フェッロくん、大丈夫なんですか?」

 ひらひらと自分の手から痺れを取ろうとするかのように振ると、ニコラスは一息吐く。

「いいのいいの、気にしないで。いつもの事だから。フェロはさー、画材とか自分の絵を壊されたりすると、すんごく怒っちゃうんだよねー……。普段のまあわりと温厚な“表”の性格に対して不良な“裏”の人格っていうか。とにかく、気絶させれば直るから」

 ここが町中で、人通りが少ない訳でもなかったからの判断だったが、やろうと思えばフェッロを元に戻すには“絵を描いてとひたすら拝み倒す”とか“眠らせる”という方法がないでもなかった。今はそんな事をしている暇はなかったし、後者にいたっては気絶させると同じようなものだ。勤務中にふらふらしているとはいえ、ニコラスとても町内の治安を守る騎士の一人だ。余計な騒ぎを長引かせたくはない。そしてフェッロは案外打たれ強い。問題はない。

 今回フェッロが切れた理由は画材が壊れてしまったからだろう。彼は無闇やたらに“裏”になる訳ではないとニコラスも知っている。画材が壊れた時と血を見た時に“ああ”なる事が多いのだ。もうひとつぐらい何かのきっかけで切れてしまう気がしたが、ニコラスは思い出せない。

 ニコラスの視界の端で、上半身を起こした友人がぼんやりとまばたきをしている。

「……なんか、お腹いたい」

 フェッロが“表”――普段の状態に戻ったらしいのを見て、ニコラスははたと気がついた。筆が壊れているのを見れば、また暴走しかねないのではないか? とりあえず折れた筆を自分の足で隠して、ニコラスは代わりのものはないかと周囲に視線をやる。シーラの方も気づいた事があるのか、一度ニコラスの隣りから離れると、何かを手にして戻ってきた。

「あのう、フェッロくん、イタチ毛じゃないんですけど、とりあえずこちらでよければどうぞです」

 ぼんやりしたまま、状況を飲み込めているのかいないのか、フェッロは黙ってシーラを見上げている。

「筆、壊れちゃったんだっけ……。いいの?」

「かまいませんよぅ~。同じ商品をそろえてなかったこちらも悪いですが……代わりにまた今度、うちの店でい~~~~っぱい買い物してくださいね?」

 にっこり、片眼鏡(モノクル)の向こうで娘は微笑んだ。販売後奉仕(アフターサービス)がなっていないようでは商人の名折れ。そしてこれを盾にフェッロにはシーラの店(ベック)御用達になってもらえば――。シーラの微笑みの奥の商魂を読み取れた者はここにはいない。

「シーラちゃん……なんていい子なの……! フェロ、謝りなさい!」

 お礼じゃなくて騒ぎを起こしての謝罪をしろ、というのは何故だという感じだが、ニコラスの方もなんとなくの発言である。

「ええと、ごめんなさい……」

 ぺこりと謝るとシーラはいいんですよぅと手を振った。やっぱりお金を払って新しく筆を買うと提案したのだが、シーラはサービスですからと断った。きちんと礼を言うとフェッロとニコラスはシーラの露店を後にした。

「キミのその性格って、何なわけ? 何がきっかけだったの」

「……性格?」

「ずっと気になってはいたんだよね。何で切れるとあそこまで行っちゃうかなー」

 そういえば、フェッロには気に食わない事があると少々テンションが上がってしまうようなところがある気がする。何でだろうかと問われても、今どうやって歩いているのかと問われたのと同じくらい自然にやってしまっている事なので返答しづらい。

「……なんとなく?」

「なんとなくで“裏”になられてもな!」

 少なくない労力を要する裏フェッロ撃退作業をしてきたばかりなのに、他人事のように言われるとは。ニコラスは思わず手元にあったものをフェッロの顔にぶつける。それは金属で出来た板状のガートがくっついていて、その羽の先がフェッロの頬をかすめてちょっと痛かった。

「あ、そういえば……お財布」

 そうして気づいたのは、ニコラスがツッコミに使ったのは、ガート飾りの付属した薄紅色のお財布だという事。財布の持ち主の事をすっかり忘れていた。きっとフェッロが無駄に暴れたからに違いない。

「どうしよっか」

 ある程度時間がたってしまったし、あのメモの事も軽視している訳ではないが、そろそろ諦めてもいいかもしれないという気分になっていた。拾ったお財布審議をはじめようとしていたところ、フェッロたちは声をかけられた。

「いいところに、実験台発見」

 善良な画家と騎士を捕まえて何を言う、と振り返った場所には悪戯っ子みたいに笑う人物が一人。

「うちの店寄ってかね?」

 声の主は妙齢の女性――褐色の肌に黒い髪、異国の衣装を着たエフテラームだった。

登場人物の一部は企画参加者さんからお借りしました。


シーラ・ベック(考案&デザイン・(仮)さん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ