役員ズ
3月のとある休日。
待ち合わせの時計台の下で渉外の彼は待ちぼうけを食らっていた。
待つのも待たせるのも嫌いな彼は時間ぴったりに来たというのに、相手の姿はまだ見えない。
とはいえ、連絡は来ているのでまだ慌てる時間ではない。慌てるべきは相手の方だ。
「ごめんなさい、待ったっすか?」
「待った」
さらにしばらくしてやって来た書記はさすがに申し訳なさそうな顔をした。
「で、電車が混んでたんっすよ」
「……まあ、いいけどさ」
そう言って渉外は肩をすくめた。
1年も同じ生徒会にいたのだ。互いの気質は理解できている。
それきり恨み言もなく、先導するように渉外は歩き出す。三歩遅れてついて来る少女に合わせていつもより若干遅いペースだ。
行先は聞かなくてもわかる。
この辺りで遊ぼうと思ったら商店街くらいしか行くところがないのだ。
背を向けた少年は、ふと、思いついたのように顔だけ振り向いた。
視線の先、書記はふわりとした白のワンピースに揃いの帽子をかぶった深窓の令嬢を思わせる可憐な格好をしている。
「その服、似合ってるぜ」
「気付いてたんすか。でも、そう言って貰えるなら、遅刻してまで厳選した甲斐があったっすね」
「……やれやれ」
苦笑しあう二人は肩を並べてデートへと繰り出した。
◇
「まあ、こうなることは予想できてた」
「テンプレっすね」
ため息を吐く渉外の両腕には大量の紙袋が吊るされていた。
デートという名の荷物持ち。休日は良く姉に連れ回される渉外にとって既に慣れたことだ。涙が止まらない気分だ。
「ちょっと休むっすか? 奢るっすよ」
「いや、今の時間はどこも混むだろ。もう少し回ってから昼にしようぜ。そのくらいは持つ」
「ん、じゃあそうするっす」
渉外はチャラ男に見えて意外とマメで気が利く性質だ。姉の調教の成果だろう。
会長が渉外担当に抜擢したのも決して的外れでなかったことは今年一年で十分に実証されていた。
軽そうな外見の割に、男女問わずモテるのはそういった理由もあるのだ。
その後は書記も自重したのか、いくつか荷物を分けあって二人でウィンドウショッピングとしゃれ込んでいた。
平日は寂れかけている商店街も、休日は暇を持て余した学生が溢れている。
ひと駅向こうのショッピングモールに客を取られても商店街がやっていけているのは、ファーストフード店の誘致などで若い世代の引き留めに成功したからだろう。
耳をくすぐる流行の外れた古いBGMもそれはそれで味がある。
二人は人の流れに逆らわず、商店街をぶらついていた。
そんな折、ふと渉外は人ごみの中に見慣れた小さな背中を見つけた。
「お、会計じゃねえか。奇遇だな」
「あ、本当っすね! おーい!」
「――昨日ぶり」
少しよろめきながら振り向いた会計は口元の高さまでが両手で抱えた巨大な紙袋で塞がっていた。
中身はどうやら各種書籍のようだ。重さは推して知るべきだろう。
「相変わらずの本の虫っすねー」
「持とうか?」
あまりに重そうだったので渉外はつい口に出してしまった。
少年の両腕は既に塞がっているというのに、である。
良くも悪くも一言多い。生徒会内で彼が貧乏くじを引くことが多い原因だ。
こちらをじっと見上げて、小さく礼を言う会計から紙袋を受け取った。
途端にズシリと両腕に負荷がかかった。
服は嵩張るが、本は重なると純粋に重い。既に腕が悲鳴を上げかけている。
「いくらか持った方がいいっすか?」
「いやいい。そのくらいの甲斐性はある」
「――やせ我慢」
「男の子っすね。次で最後っすから、そしたらお茶でも奢るっすよ!」
「おし、さっさと行こうぜ」
「――ここが最後?」
「というより、ここが今日の第一目標っす」
「……」
渉外が見るからに嫌そうな顔をする。
書記の指差す目的地はピンクでポップな文字の躍る看板が目印のファンシーショップだった。
まるで男の子お断りと書いてあるような――渉外としてはいっそ書いていて欲しかった――それはそれは見事なファンシーショップだ。
「こ、ここに入るのか?」
「ガンガンいこうぜ、っすよ!」
「――吶喊」
「……アイマム」
意を決して突入した店内は、外観から予想されたことではあるが、男子にとってはまるで異世界の如き様相を呈していた。
右を見ても左を見てもヌイグルミが隊列を組んで並べられている。
涙が出るほど壮観な眺めだ。
女子についてこの手の店に来ることも偶にある渉外だが、最初、UFOキャッチャーの箱の中に迷い込んだのかと思ったほどだ。
「今日はもうすぐ任期を終える会長へのプレゼントを買いに来たんっすよ」
「――言ってくれれば」
「いえいえ、個人的に渡そうと思っただけっすから。みんなで買うのはまた来週に」
「――了解」
「……」
来週も荷物持ちが確定している渉外は何も言わなかった。
それに誘われなければ自分で買っていた自覚もある。が、ヒトの彼女にプレゼントというのも難しいものがある。渡りに船だった。
「あ、これなんてどうすか?」
書記が抱きかかえるようにして持ってきたのは夫婦ライオンのヌイグルミだった。
オスはおっとりとした様子で目を細めている。
メスは凛々しい顔立ちで少しだけつり目になっている。
ライオンはメスが狩りに行くと聞くが、それにしても――
「どっかの二人みたいだな」
「――ぴったり」
「うん。これにするっす!」
気に入ったのが見つかったのが嬉しいのか、書記はたわわな胸に載せるようにしてヌイグルミを抱っこしながら、上機嫌でレジへと向かって行った。
ありがとうございましたー、という女性店員のアニメ声を背中に受けながら三人は店を出た。
書記は包装してもらったライオン二匹を抱きしめている。
渉外はヌイグルミが当たって柔らかく変形した書記の胸を暫く眺めていたが、隣から持たざる者の冷たい視線を感じて慌てて目を逸らした。
「と、ともかく、これで終わりか」
「付き合ってくれてありがとうっす!」
「どういたしまして。次は普通のデートを頼むぜ」
「――女の敵」
「いや、まあ、否定できないとこもあるんだがな」
「――冗談」
その時、ふっと会計が微笑んだ。
渉外ははじめて正面から彼女の笑顔を見た。レアショットだった。
「――またね」
「お、おう」
自分の荷物を受け取って、会計は帰って行った。荷物が重そうだが今更声もかけ辛い。
オレもまだまだだな、などと感慨深く思いながら離れていく小さな背を見送っていると、同じように眺めていた書記がぽつりと呟いた。
「自分も好きでもない男の子とデートする趣味はないっすよ」
その言葉に簡単に喜べるほど渉外は鈍くなかった。
良くも悪くも一言多い少年は、自身でそれを自覚しながらも口を開いた。
「……いいのか、お前は」
「渉外君」
少年の言葉を遮って書記の彼女は続ける。
「好きって気持ちと憧れる、尊敬するって気持ちはたぶん両立しないの。でも、ウチはどっちも無くしたくないから」
何かを吹っ切ったような少女の顔は今までで一番綺麗だった。
渉外は言葉にせずそう感じた。
良くも悪くも一言多い少年だが、空気は読めるのだ。
「だから、いいの――っす」
「……そうかい」
似合わないこと言ったっす、と書記は笑って、少年の手をとって軽やかに歩き出した。
「じゃあ、お茶でもして帰るっすか」
「ああ。せっかくの奢りだからな、できるだけ高いとこで頼むぜ」
「台無しっすね! ……スタバでいいっすか?」
◇
後日、会長にヌイグルミを渡したら、最高に幸せそうな笑顔でもふもふし始めた。
どこから取り出したのか、副会長はデジカメでその姿を撮っている。分身しているように見えるのは気のせいだろう。
書記は少し離れたところでそれを見ていた。
二人が並んでいる姿こそ自分が求めていたものだった。
だから、これで――
「ほら、そんなとこいないでこっちに来い。せっかくだから皆で撮ろう」
だが、それが当然のことのように会長は手を引いて書記を皆の輪の中に連れ込んだ。
少しつんのめりながら書記の彼女は困ったように笑った。
「……もう」
一番かけて欲しいときに、一番かけて欲しい言葉をかけてくれる。
幼い頃からずっと、それは彼女にとって何よりの救いだった。
「やっぱり貴女はいつまでもウチの会長ね」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもないっすよー」
「もっと寄ってください。はい、タイマーいきますよ」
皆がカメラの前で各々好き勝手にポーズを取る中、書記もまた華麗にサムズアップを決めた。
記念の一枚は、皆の中に長く残ることになった。