三姉妹
単発系別シリーズです。
「――生理が来ないの」
朝6時、エプロンを着けた副会長は朝食の準備の手を止めず、声のした方に視線だけ横に向けた。
リビングには恥じらいを顔に浮かべた少女が立っている。ポニーテールも眩しい活発な印象を受ける少女。
2つ下の妹だ。
本人は否定しているのだが――遺伝子ががっつり仕事した目鼻は母、姉、妹とよく似ている。
そこそこ、といった位でモテているようだし別にいいのではと男の身では思うのだが、何かこだわりがあるらしい。
ちなみに、他人から見たらそのカテゴリーに自分も入るという。
いったいどこが似ているというのか、全然似てないのにと思う少年であった。
ともあれ、そんな妹を見間違える筈もない。
少年は一度視線を宙に向けて素数を数え、振り返って時計を確認し、それから視線を戻して愛する妹に笑顔を向けた。
「パン何枚にします?」
「あの、お兄ちゃん、聞こえてた? 生理が――」
「そういうのは姉さんに訊いてください。ああ見えて――大事なことなので2回言いますが――ああ見えて看護師やってるんですから」
「あーはいはい。悪うござんしたー」
急に妹の態度が雑な感じに変わった。
小悪魔アイドル系とは本人の談だが、失敗している感がありありである。
しかし、副会長はわざわざ指摘して妹の機嫌を損ねる気はない。
精々、3年ほど経った後に掘り返して、妹が脚バタバタするのを眺めるだけだ。
「冷たいなー。こういう時、男の人はなにかリアクション取る義務があるんだよ?」
「処女が言っても真実味がありませんよ」
「しょ、処女ちゃうわ!!」
「…………へえ。面白い冗談ですね。先程より百倍笑えますよ」
「あ、あのお兄ちゃん? 何で某奥州筆頭みたいに何本も包丁持ってるの?」
「1度やってみたかったんですよ“何本目に死ぬかな?”って」
「そっちなの!?」
ちなみに包丁がそんなにあるのは副会長が凝り性なのと、彼らの母親が趣味と実益を兼ねて調理具の収集をしているからだ。
キッチンにはおそろしく用途の限定された器具の数々が今も来るかどうかわからない活用チャンスを夢見て眠っている。
「さて、何か釈明はありますか?」
「ごめんなさい。妹は嘘つきました」
「よろしい」
言い合いをしている内に朝食が出来た。
ご飯、味噌汁、自家製の漬けもの、焼き鮭とシンプルで和風な品が並んでいる。
口は閉じないまま、二人はテキパキとテーブルに運んでいく。
「ってか、そんなシスコンで大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。シスコンは別腹ですから」
高校生にもなってシスコンを公言して憚らないのは問題オオアリだと妹は気付いているがつっこみは控えた。ブーメランを投げる趣味はないのだ。
両親が家にいないため、運動会等のイベントはお互いで消化してきたのだ。何だかんだで似た者兄妹である。
「……いいけどね。あたしに彼氏できたらお兄ちゃんどうするの?」
「まずは朝ご飯から仕込みましょう」
「主夫にする気満々!?」
「悔しかったら家事してください。貴女も姉さんもやればできるのにやらないんですから」
「いいもーん。あたしもお義姉ちゃんみたいなバリバリのキャリアウーマン目指すもーん」
「頑張ってください。骨は拾いますよ」
「ひどっ!?」
妹はプンプンと怒ってますよアピールをするが、朝食が揃うと何食わぬ顔で食べ始めた。
何だかんだで仲の良い兄妹である。
「いつも思うんだけど、何であたしツッコミ役なの? これでも学校ではアイドルキャラなんだけど?」
「兄妹3人ともボケだと漫才が成り立たないからですよ。神様もいい仕事しましたね」
「ブーブー。それから兄妹じゃなくて姉妹を主張します」
「……また古い話を」
昔、母に提案された内容だ。
姉、自分、妹なのだから民主主義的に見て姉妹だろうと言われたのだ。
多数決の暴力というやつだ。
少年は齢7歳にして世の不条理を知った。
「三姉妹というのは語弊があるでしょう?」
「そういう時は言ってやるのよ! “お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな”って!」
「控えめに言って、貴女よく学校で嫌われませんね」
「猫被ってますから!」
「虎の間違いじゃないですか?」
とびきりの笑顔でサムズアップを決める妹にコーヒーを淹れつつ、少年は再び時計を確認する。
いつものように彼らの姉は寝坊している。
「そろそろ姉さんを起こしてきますね」
「……ガンバ!!」
「手伝ってくれてもいいんですよ?」
「オレは面倒が嫌いなんだ」
「じゃあ皿洗いお願いしますね」
何故か不満そうな顔をしている妹を放置して、少年は二階の姉の部屋に向かう。
ノックをして反応がないことを確かめて、おもむろにドアを開ける。
ベッドの上に小山が出来ていた。
不本意ながら、彼の愛する姉である。
「起きてください、姉さん」
「私はトドー」
「たしかに起こしましたからね」
「酷いわー」
いつものやり取りで多少目が覚めて来たのか、姉がベッドからのそりと起き上がる。
和み系+ナイスバディ+大和撫子という欲張りセットも弟にとっては手のかかる姉でしかない。
速攻で早着替えさせを叩き込み、背中を押して洗面所に連行する。
いつもここら辺で目が覚めるので、後は放っておいて、少年は台所に戻った。
そこに、テレビを観て寛いでいた妹がケータイを投げて寄越してきた。
ストラップが眼鏡に当たる絶妙なコントロールを兄妹らしい息のあった呼吸でキャッチする。
「お母さんからメールきてた」
「元気でやって、いえ、母さんが元気でない姿が想像できませんね」
「ですよねー。今はアフリカで井戸掘ってるって」
「先週はカンボジアで病院建ててましたよね?」
「私はお母さんが分身できても驚かない自信がある!」
「否定できない所が僕らの母たる由縁ですね」
副会長はケータイを開こうとして、ふと顔を上げて玄関の方に振り向いた。
その直後、狙い澄ましたように玄関のチャイムが鳴った。
「このチャイムの音は会長ですね」
「そりゃあ時間的にそうだけど、外れてたらどうすんの? ってか、今チャイム鳴る前に反応したよね?」
「高校生の嗜みです。それに、鳴らし方に若干の照れがありますから間違いありません」
「そ、そうなの……控えめに言ってドン引きだよ」
「最後に愛は勝つ。良い言葉ですね」
「……ちょっと羨ましいな」
「あげませんよ?」
「いーだ!!」
そうして漫才をしている内に副会長は登校準備を済ませた。
最後に忘れ物がないか確認して、まだ時間に余裕のある妹に言づける。
「では、戸締りと姉さんお願いしますね」
「はいはーい。お義姉ちゃんによろしく」
「はい。じゃあ行ってきます」
鞄を掴んで靴を履けば、外にはいつものように少し照れた会長が立っていた。
恥ずかしいけど、一緒に居る時間が少なくなるのは嫌、といった表情だ。
そんないじらしい姿を見れば抱きしめたくなるのは当然だろう。
だからそうした。
うなじに鼻を押し付けるようにして思いっきりハグした。
会長が驚いて暴れるが、軽く抱き上げた状態でつま先も浮いており抵抗できない。
「お、おい!? いきなりどうした!?」
「失礼、愛を補給してました。朝から消費が激しかったもので」
「ああ……君のご家族はなんていうか、その、非常に個性的だからな」
そっと下ろされた会長の表情は、台詞に反して優しげな笑顔だ。
自分を義姉と慕ってくれる妹も、包み込む様な優しさで癒してくれる姉も、一人っ子の自分にはない新鮮な感覚なのだ。
初めてお邪魔した時から、変わらず家族として接してくれることに少なからず感謝もしている。
「さすがの会長でもあげませんよ?」
「なに、私は君で十分満足しているよ」
思わぬカウンターに副会長が面食らい、少しして先程よりも深い笑顔になった。
「会長、キスしていいですか」
「駄目だ。ここは天下の往来だぞ」
「今なら誰もいませんよ?」
「……駄目だ。今したらそれだけでは終わらん気がする」
「仕方ありませんね――では、放課後の楽しみにとっておきましょう」
「!?」
学び舎へと続く道は今日も暖かな木漏れ日に満ちていた。