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ロリコン君と生徒会長さん  作者: 山彦八里
ロリコン君と生徒会長さん
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番外編・球技大会の一幕

お気に入り登録してくださった方へのお礼を兼ねて番外編を投稿いたします。

時系列は春と夏の間です。

 6月。青葉が繁り、夏へ向けて少しずつ気温があがっている某日。


 梅雨明けにも関わらず球技大会が雨で延期し、さらに予備日までも天気に泣かれ、あわや中止、すわ暴動かと危ぶまれたが、会長が生徒を代表して学校側に交渉し、なんとか開催に漕ぎつけた。


 球技大会は例年なら暴動が起きるようなイベントではないのだが、今年は新たに「クラブ対抗杯」なるものが追加され、しかも優勝商品に海辺の旅館二泊三日の宿泊券がつくとあっては生徒達も白熱するというものだ。


 ……マンモスクラブが勝ち獲った時のことを学校側が考えているのかは不安視される所だが、ひとまず皆、若気の至りに任せてビッグウェーブに乗ることにしたのだ。


 クラス別の対抗戦を手早く終わらせ、多くが本命のクラブ対抗戦に熱を入れる。クラブ対抗戦が公平を期して一回戦ごとに種目を変える方式であったことが生徒をさらに過熱させた。


 そして我らが生徒会チームは順調に勝ち抜き、現在決勝戦に至っていた。

 立役者はやはり会長だ。

 バスケではスリーポイントシュートを連発、サッカーでは司令塔として活躍、準決勝の卓球では5人抜き、現在進行中の決勝戦を含めて八面六臂の活躍を魅せている。


「フォアボール!」


 審判役の生徒の声が青空に抜ける。


 決勝戦の種目はソフトボール。

 相手はなんと野球部。当然ながらソフトボールに対してかなりの適性がある部だ。決勝の種目が決まった時、彼らは絶対的な勝利を確信しただろう。


 そして、その予想は現在進行形で覆されている。


 勝負は佳境、3対3の“同点”で迎えた7回の表(ラストイニング)

 あと3回アウトを取れば生徒会チームの勝利の目も出る。


 投手板に立っているのは会長だ。

 誠に残念ながらブルマではないのだが、純白の体操着を翻し、汗をぬぐう姿には健康的な愛らしさがある。人目がなければ副会長もどうにかなっていただろう。


 しかし、可憐な見た目に反して少女の投げる白球は強烈だ。

 小さなころから体躯の小さかった彼女はそれ故に舐められない為に血のにじむ様な研鑽を積んでおり、今では大抵のスポーツは人並み以上にこなせるのだ。


 その努力はソフトボールにおいても遺憾なく発揮されていた。

 小さな体躯をフルに使って射出される高速高回転のファストボールのキレはとても素人とは思えないほどだ。

 ここまで2回の表で3点を取られた後輩に代わってピッチャーを続け、既に4回分を投げ抜いている。

 その間、野球部相手に1点たりとも追加点を許していない辺り、彼女の勝負に賭ける意志と技術と集中力が窺える。


「ハア……ハア……ハア……」


 しかし、いくら体力に自信のある彼女とはいえ限界はある。

 今日は大会運営と並行して一日中多種多様な試合に出ているのだ。運動量を考えれば何キロか体重が減っていてもおかしくないほどだ。

 さきほど交代してから初めてフォアボールになったのもそれを証明している。


「次、タイムお願いします」


 会長に代わって監督役に就いていた副会長が審判に告げる。


 次球、大きくコントロールが外れた白球を捕手がかろうじてキャッチした。


「タイム!」


 審判の声に応じて会長の元に役員が駆け寄る。

 それをぼうっと見ながら、大きく息をついた拍子にふらついた会長の矮躯を副会長が抱き留めるようにして支えた。


「……副会長か」


 少女の声に常の覇気はない。

 既に気力だけでもっている状況なのだ。


「会長、交代しましょう」

「駄目だ。他のピッチャーもすでに限界だ。ここで私が下がるわけにはいかない」

「ですが、次は打たれます」

「……」


 誰よりも自分を見ているこの少年が言うのならそうなのだろう。

 それでも諦めたくなかった。負けるよりも諦めるほうが、辛い。


 言葉にせずとも意志は伝わった。

 副会長は一度目を閉じ、呼吸を整えて覚悟を決めた。


 会長は諦めたくないと言ったのだ。

 ならば、それを叶えるのが己の役割だ。


「会長は賭けはお嫌いですか?」

「……嫌いだ。勝負とは万難を排し、万全を以って臨むものだ」

「では諦める代わりにそのポリシーを曲げていただきましょう」

「なに?」


 見上げる少年の顔はいつになく覇気に満ちている。

 勝負を捨てる気はないとその表情は語っていた。


「交代します。会長は一旦休んでください」

「……やれるんだな」

「ええ、お任せ下さい」


 2人はしばし見つめ合った。

 そして、会長の体からふっと緊張と力が抜けた。

 少女の顔にいつもの溌剌とした笑みが戻る。


「采配を任せる、副会長」

「了解です……勝利の女神的な何かは無いんですか?」

「フン」


 コツンと副会長の胸板を叩いて会長はベンチ戻った。



「さて、キャッチャーを頼むね、渉外」

「まあいいけどよ。大見得切ったんだからカッチリ決めろよ」


 マスクを渡された渉外はめんどくさそうな台詞とは対照的に集中力を研ぎ澄ませた様子で配置に付いている。

 この渉外は修羅場、もとい此処一番にこそ輝くのだ。

 ついでとばかりに応援に駆け付けた他クラブの女性陣からの応援に手を上げて応えている。

 何人か女性陣がバッティングして火花を上げているが気にしない。また修羅場になったらその時はその時なのだ。


「プレイ!」


 再開の宣告が響く中、投手板についた副会長は眼鏡をくいっと上げて投球フォームについた。


 今まで登板しなかったことから分かるように、少年は決してソフトボールに明るい訳ではない。

 だが、少ない時間を縫って球技大会に向けて生徒会で対策を練る中で、彼なりの対応策を立てていた。


 会長に関して完璧を目指す少年にとって、公示されていた種目の中でもソフトボールはフォローの必要性を感じさせる種目だった。


 生徒会で運動能力に優れるのはトップに会長、次点で渉外、そこから一段下がって自分だ。

 ソフトボールが選ばれれば会長はピッチャーになるだろう。

 そのとき、自分が出来ることは何か。監督代行か?それとも――


 最後の最後、最大の相手を前にして副会長は己の手札を切った。



「ストライク!」


 審判の声が響く。

 バッターボックスに立つ野球部員が怪訝な顔をしている。

 己のスイングが白球の上を抜け、しかも明らかに早すぎるタイミングで振り切っていたのだ。


「――あれは?」

「チェンジアップか!? 副会長め、ここにきてそんな隠し玉を……」


 ベンチで水分補給していた会長が感嘆に唸る。


「今まで会長の高速球に目を慣らされていた相手にはキツイっすねー」

「ああ、高速から低速への緩急。実際よりも随分と遅い球に見えるだろうな」


 副会長のチェンジアップはストレートと同じ投球動作で低速球を投げるものだ。

 会長球との速度差に加え、ボールの回転数が少ない為に打者からは沈む様な軌道に見えるだろう。


 明らかに会長が高速高回転のライズ系のファストボールを投げることを前提とした投球だ。

 こうなる可能性を予測していたのだろうか。


(いや……この状況にさえならなければ自分が出ずとも勝つと踏んでいたのか)


 それは副会長から会長への信頼の証だ。

 彼は、会長だけでは勝てない場合に備えていたのだ。


(まったく……)


 3月からこっち、彼のフォローに何度となく助けられた会長は意図せず苦笑した。

 あの副会長は何も言わず、セクハラばかりする癖にここぞという所は外さない。


 副会長の投球が連続する。


 1人目はスリーストライク。

 2人目はタネが分かったのか凡退。

 3人目はプロ志望だという野球部の主将だ。1球目のストレートは見逃しストライク、2球目のチェンジアップはファールにしてきた。


「さすがに合わせてきたな」


 時間が経つごとにチェンジアップの『魔法』は効果が薄くなる。

 素人にしては見事なコントロールではあるが、副会長自身のストレートではチェンジアップとの速度差はないのだ。


「――勝負、くる」

「そうっすよね」


 だが、同僚たちは確信していた。

 会長の見ている前で、あの副会長が見逃しなんてする筈もない。


 諦めたくないと会長は願ったのだから。


「ん、フォームが変わったな」


 会長が呟く。どこか見覚えのあるフォームだ。

 当然だろう。

 それは彼女自身と寸分違わぬフォームだ。


 放たれるライズファストボール。

 目の覚めるような速度で駆け抜けた白球は見事、渉外の構えたミットへと吸い込まれるように消えていった。


 それは誰よりも彼女を見ているこの少年だからこそ可能なここ一番だった。


「スリーアウト! チェンジ!」



「ふ、何が賭けになる、だ……しっかり準備してるじゃないか」


 少女は顔がにやけそうになるのをかろうじて堪える。

 彼の切り札が自分であったことが心が弾むほどに嬉しかったのだ。




「イタタ……」

「もう無茶するからっすよー」

「すみません」


 攻守が交代する中、書記が副会長の腕に湿布を張っていた。

 会長ほどで無いにしろ彼も大会進行と試合に一日中出ずっぱりだったのだ。

 その疲労を考えれば9球でも完璧なコントロールで投げ切ったことは称賛に値するだろう。


 特に最後の1球は彼のポテンシャルを超えた賭けとなる投球だった。

 軽く肘を痛めただけで済んだのは幸いだろう。


「これで延長戦になったらまずいっすねー」

「そうはさせんよ」


 バッドを肩に担いだ会長。

 短時間とはいえ一度休んだことで、常の輝かんばかりの覇気が戻っている。


「大丈夫っすか?」

「ああ、一打だけならな」


 応える会長の目は副会長を見つめている。

 副会長もいつもの笑みを浮かべて頷きを返した。


「やっちゃってください、会長」


「――任せろ。今の私は絶好調だ!」



 そうして、全身を振り切るようにしてかっ飛ばした白球が青空に吸い込まれるように飛んで行った。




「「「――ワァアアアアッ!!」」」



 グラウンドを震わせる歓声の中、会長は群がる生徒でもみくちゃにされていた。

 物理的に息が詰まる。

 こういうとき、背の低い自分が恨めしい。

 と、その時、人並みを割るようにして腕が引かれる。そのまま抱き上げられ、肩に載せられた。

 こんなことをする人物は一人しかいない。


「……副会長か」

「お疲れ様です、会長」

「うむ。あ、ありがとう……」

「いえいえ」


 この歳になって肩に載っけられるというのも恥ずかしいが、背に腹は代えられない。仕方ないと自分を納得させる。

 そのまま周囲の歓声に応えて手を振る最中、会長は隙を見て副会長の耳にそっと唇を寄せ、囁く。


「海、楽しみだな」

「ええ。会長の水着姿楽しみにしています」

「ぐ、うむ。善処しよう」


 瞬間、副会長の眼鏡が光ったのは日光の加減のせいだろう。


「僕の方でも準備しておきます……色々と」

「大丈夫だよな!?」


「はっはっは! 夏はすぐそこですよ、会長」


 そうして彼らは夏へ向けて駆け抜けていった。


 ⇒本編「夏のセクハラ」へ

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