冬の告白
本編ラストです。
「こうして思い返すと色々あったっすねー」
「ああ、随分と濃い一年だったよ」
12月。日が落ちるのも早くなり、雪でも降り出しそうな空模様だ。
そんな中、今日も今日とて会長はセクハラに制裁を加えていた。
描写すら省かれてダンボールの山に投げ飛ばされたというのに、副会長はどこか満足げな表情だ。
今期ですっかり慣れてしまった生徒会役員達は特に反応を返すこともない。
会長も無言でノビタままの副会長を引っ張ってパイプイスに座らせると業務を再開した。
「――熟年コンビ」
「そっすねー。てか、そもそも二人っていつから知り合いなんっすか? 幼馴染のウチも知らない内に副会長は生えてきてたっす」
「生え……」
あながち的外れな表現に聞こえないから恐ろしい。
「会長と出会った日ですか」
「……復活も早くなったっすね」
「そうですか?」
特に気にした様子もなく副会長は笑顔のままで頷きを返す。
「懐かしいですね。たしか、会長が生徒会長に就任する前日でしたね」
「……そうだな」
「前日って何かあったすか? 準備で忙しかったくらいしか覚えてないっす」
「あ、イベントがあったのは校外なんですよ」
ピンと指を立てた副会長が会長との出会いについて語り始めた。
「あれは夏の暑い日でした。その日はしんしんと雪が降っていて――」
「3月だったよな!?」
「冗談です。本当の所は、子供が木の枝に風船ひっかけちゃったのを会長が取ってあげていたんです。僕はその場にたまたま居合わせまして」
「――会長らしい」
「そうっすね~」
皆がうんうんと頷く様子に会長は少しだけ顔を赤らめた。
副会長も笑顔のまま続ける。
「懐かしいですねー。頑張って木に登っている会長。風船に向かって懸命に手を伸ばす会長。そしてちらりと覗いた“くまさんパン――」
「成敗ッ!!」
ゴッドハンドなスマッシュが副会長の脇腹に叩き込まれた。
副会長がいつも通り吹き飛ぶ。
違うのは飛んだ方向だ。
「会長そっちドアっす!」
「ヤバ! 戻れ、副会長!」
「さすがにそれは無理ですねー」
妙に余裕のある副会長が滞空中、折り悪く生徒会室の扉が開かれた。
その先に居たのは渉外の彼だ。
「ウーッス」
「よけろ渉外!」
「ア? ぬわー!」
男二人はもんどりうって廊下へと吹き飛んだ。
皆は慌てて室内へ二人を回収して扉を閉めた。
「いかんな。気が緩んでいた……」
「気を付けて下さいっす。生徒会も終わりなのに最後にケチつくのは嫌っすよー」
「すまんな」
「誰かオレの心配を――」
「ああ、すまないな、渉外。生きてるか?」
「……大丈夫デス。まったく何が悲しくて男とぶつからなきゃいかんのですか」
「ごめんね」
いつも通りの副会長の笑顔に毒気を抜かれた渉外はがっくりと肩を落とした。
吹き飛んだ副会長はどうやったのか渉外ごと受け身をとっており、両者ともにダメージはない。
「まあいいや。それより、来期の予算で文化系と体育会系が揉めてるンで、ちょっと副会長借りて来ますよ」
「それなら私が行くぞ?」
会長が首を傾げる。
自分が行く方が適切ではないのか、という問いでもある。
「いえ、会長が行くと『控えい! 控えおろう!』状態になるンで。今はお互い言いたい事をぶっちゃける段階なンす」
「む……そうか」
良くも悪くも会長の絶大なカリスマ性は他者を平伏させてしまう。
この1年はそれでもっていたが、会長の代わる来年度はそういうわけにはいかない。
もう代替わりの時期なのだ。
「スグ出れるか?」
「大丈夫だよ。では会長、ちょっと行ってきます」
「ああ。いってらっしゃい」
渉外と連れ立って出ていく副会長。
その背をじっと見つめている会長。
見送る会長の目は本人すら気付いていないが、間違いなく恋する少女の目だ。
意図せず溜息が洩れる。
(出会いを覚えているかだと? 忘れるわけがないだろう)
彼は話さなかったが、先の話には続きがある。
無理して風船を掴んだ時、体重のかかった枝が折れて自分は木から落ちてしまったのだ。
それを彼が抱きとめてくれたのだ。
あの時感じた安心感、見た目からは想像もつかない頼もしさは脳裏に鮮明に焼きついている。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけられた時、不覚にも少し泣いてしまった。
生徒会長になる直前で精神的にキテいたのもあったのだろう。
いや、それすらも言い訳だ。
一目ぼれだったのだ。
副会長に立候補に来てくれた時には運命を信じたほどだ。
(なのに、何が『結婚を前提にベッドインしてください』だ! 緊張をほぐすにしても他に言いようがあるだろうが!)
ドラマチックな展開とやらに酔ってしまったこっちへの気遣いだと気付いたのは一週間経ってからだ。
そして、皮肉にもそれが副会長への決め手となったのだから世の中は分からない。
何だかんだで一年ももう終わる。
引き継ぎは滞りなく終わっている。
三学期にはいくつかの業務を残して次の世代へシフトする予定だ。
(生徒会が終わったら――)
自分と彼はどうなるのだろうか?友人か?同級生か?それとも――
◇
副会長の出ていったドアをぼうっと見つめている会長を見て書記は溜息をついた。
こんないじらしい幼馴染の姿を見ているだけというのもそろそろ限界だ。
「会長」
「……何だ?」
「告白、しちゃいましょう」
しん、と静寂が部屋を満たす。
「な、な、な、なんで私が副会長に告白しなければならんのだ!!」
「誰も副会長なんて言ってないすっよ」
「――自爆、乙」
一旦機能停止した会長が再起動するが、これ見よがしにバグっている。
「ていうかバレバレっすよ。下手したら副会長も気付いているっすよ」
「な、なら何で――」
そんなことは分かり切っている。
彼は律儀なのだ。
彼は副会長に立候補した時に既に想いを告げている。冗談のような告白でも、己がその場で選んだ最善だったのだ。故に、答えを聞かずに問いを重ねる不作法は自重しているのだ。
そのくらい、分かる。もう短い付き合いとはいえない時間を一緒に過ごしてきたのだから。
じっと見つめる書記に返答もできず会長は俯いたままだ。
その時、静観していた会計がおもむろに立ち上がった。
「――定時」
「え、でも18時にはまだ30分もあるっすよ?」
書記が首を傾げる。
この会計の少女が定時前にあがるなど生徒会始まって以来だ。
「定時――お先に」
もう一度繰り返して会計は生徒会室を出ていった。それにつられて他の役員もぞろぞろと出ていく。
「おい、まだ仕事が――」
「引き継ぎも終わってるのにそんなあるわけないっす。観念するっす、会長」
「いや待て。誰もここでこ、こくゴニョゴニョするなど……そうだ! アイツも渉外と帰ってくるかもしれないだろ!」
「渉外クンの鞄ってこれっすよね?」
そう言って書記は自分と渉外の鞄を抱きかかえて立ち上がった。
渉外の彼も誘ったのなら四の五言わず一緒に帰るだろう。特に何も言わずとも察してくれる程度の機微はある。
1年間頑張った“親友”の一世一代の見せ場だ。多少のお茶目は許して貰おう、と書記は心中で頷きを入れる。
「それじゃあ、頑張ってね――っす」
「……うん」
手を振る書記を見送る。
バタンと扉が閉まる。
誰もいない生徒会室にひとりぽつんと取り残される。
(ここってこんなに広かったのか……)
自分の体をかき抱くようにして震えを抑える。
その身を襲う寂しさは孤独ゆえではない。
拒絶されるのが怖い。
冗談で返されでもしたら立ち直れないかもしれない。
自分はいつからこんなに弱くなっただのろうか。
(それでも――)
それでも思い返す笑顔の日々が心を奮わせる。
春、夏、秋、そして冬。
いつだって彼の笑顔と共に在ったのだ。
(神様、お願いします。私にもう少しだけ勇気をください)
時間の感覚が分からない。
1分経ったのか、1時間経ったのか。
なけなしの勇気が燃え尽きるかと思われたその時、ついにドアが開かれた。
少女が顔を上げる。
見上げるその目に映るのはいつも通りの姿、いつも通りの笑顔。それが最後の後押しになった。
さあ、精一杯の笑顔で伝えよう。
「私と―――――」