夏のセクハラ
夏です。
「――さて、ここはお約束通り言っておくべきかな?」
「そっすねー」
「――ゴーアヘッド」
「うむ、では――」
「「「「――海だぁあああッ!!」」」」
8月。夏休みも真っ盛りな某日。
抜けるような青空と燦々と照り返す太陽の下、目の前にはどこまでも続く蒼い海が広がっている。
夏休み、生徒会の一行はとある理由で入手した海辺の旅館二泊三日の小旅行に来ていた。
付添いの先生はいるものの、車の運転疲れで早々に宿へ引っ込んでしまっている。
彼らは今、自由だ。
「だからといって破目を外し過ぎるなよ、特に渉外と――副会長」
「……うっす」
「大丈夫です。僕は会長一筋ですから」
「それが心配なんだよ!」
車での移動中も甲斐甲斐しく皆の世話をし、今もクーラーボックスとパラソルその他の荷物持ちをしている如才のない副会長だが、その性癖だけは誰も擁護できない。
「それで、会長はどんな水着にされたんですか?」
(――ブレない)
(……すっごい嬉しそうっすね)
(色々通り越して尊敬するわ、アレ)
同僚に散々に言われているが彼は気にしない。
対する会長は直球すぎる問いに少し引きつつも答えを返す。
「秘密……と言いたい所だが、暴走されても敵わんから先に言っておくと、学校指定だ」
ほれ、と見せるのは左右にラインの入ったスク水というよりも競泳水着に近いデザインだ。
それを見た副会長以外の男性陣が露骨に肩を落とす。
皆決してロリコンではないが、色々な意味で偏差値の高い生徒会メンバーの水着姿を楽しみにしていたのも事実なのだ。
「なんてロマンのない……」
「いや、あれはあれで……」
「先輩はやはりそっち方面で攻めて来ましたか!」
「しょうがないだろ! 私のサイズに合わせると子供っぽいのしかなかったのだ!」
後輩達の心ない言い草に会長は若干ヤケになって言い返す。
これでも、高校生にもなってそれはどうよ?という選択肢の中から悩んだ末の決定なのだ。
「だけど……」
「ああ、俺達にはまだ――」
「「「――副会長がいる!!」」」
期待の籠った皆の視線に副会長は最高の笑顔を返した。
同時に、胸ポケットからするりと布切れを取り出す。
「こんなこともあろうかと、僕の方で一着用意しておきま――」
「ホワッチャッ!!」
男衆の歓声を背に、会長の怪鳥蹴りが副会長を砂浜にぶち転がした。
何気に荷物はキチンと渉外にパスしているあたり、副会長も随分とやられ慣れている。
「何故、いやどこから取り出し、ああもう!どこからツッコんでいいのか分からん!」
「どうどうっすよ、会長」
瞬間沸騰した会長を書記が宥める。
その間によろよろと起き上がった副会長は、今の一連の流れの中でも砂粒ひとつ付けずに保持した水着を会長の手元に押し付けた。
「とりあえずご一考ください。サイズは合っている筈です」
「……ホントだ」
「――さすがデビルアイ」
サイズを確認した会長がちょっと引いている。
いつもより僅かにテンションの高い会計にサムズアップを返し、副会長は男衆と共に意気揚々と場所取りに出かけた。
――数分後。
「男はこういう時ラクでいいよな」
「そうだね」
手早く水着に着替えた男衆はパラソルの下で駄弁りながら女性陣を待っていた。
先に海に行ってもいいのだが、そこは彼らも男の子。女性陣の水着お披露目を胸をときめかせて待っているのだ。
副会長と渉外も準備体操しながらその時を今か今かと待ちわびている。
「書記と会計は新しい水着買ったって話だぜ。話の分かる2人だよな」
「君のそういう情報網は相変わらず無駄に凄いね」
「女物の水着を普通に買ってるお前ほどじゃネーよ」
「僕もさすがに妹に付いて来て貰ったよ?」
「……ああ、会長に関しては完璧主義なお前らしいよ」
渉外が感嘆とも溜息とつかぬ息を吐き出した時、俄かに周囲がざわついた。
「ッ!! 来たか、カメラ準備!」
「「イエッサー!」」
後輩たちが撮影準備をする中、水着に着替えた女性陣が周囲の視線を釘付けにしながら砂浜を歩いて来た。
「ごめん待ったー? ――で、いいっすか?」
一番手は多くの男子諸君の大本命たる書記だ。
照れた表情とは対照的に、着ている水着は大胆なオレンジのビキニだ。腰には南国の花をあしらったパレオを巻いて大人っぽさを演出してる。
何よりも、手を振る度にぶるんぶるん揺れるたわわに実った果実が男共の視線を独占している。
いつもは制服に押し隠されている肌色が惜しげもなく晒されているのだ。
想像以上の書記の破壊力に何人か鼻を押さえている。見て見ぬフリをしてやるのが情けだろう。
「オレ、生きてて良かった」
「大げさっすねー」
そんな中、女性にはある程度耐性のある渉外が書記の前で何度も頷いている。
彼をして書記の艶姿は一撃必殺に近かった。
だが、その隣の副会長は書記のインパクトが効いたのかそうでないのか、いつも通りの笑顔だ。
「どうっすか?」
「よくお似合いですよ。びっくりしました」
(……会長に対してもそれ位素直にしてればいいのに――っす)
「どうかしましたか?」
「なんでもないっすよー。ほかの子もすぐに来るっす。ほら」
「――暑い」
次にやって来たのは会計だ。
着ているのはビーチバレー水着に近いシンプルでタイトなビキニタイプだ。
会計は――会長ほど絶壁ではないが――胸は控えめだ。普乳か貧乳かと言われたら貧乳だ。
しかし、身長の割にすらりと伸びた脚腰はスレンダーという概念を見事に体現している。陽光を反射するスポーツグラスも彼女の雰囲気に合致している。
書記のような派手さはないが、自分の武器をよく理解しているキマった姿だ。
「これはこれで……」
「無節操っすね、渉外クンは」
「――変態」
「なんでオレがフルボッコなの!?」
「副会長が大人しいからっすよー」
渉外から謂れのないジト目を向けられた副会長はビーチバレーしたくなりますね、と笑顔で返した。
「こ、これでいいのか……?」
そして、ラストは会長だ。
視線を向けた皆がおお、と感嘆の声を上げる。
細く色白な体に纏っているのはビキニに近いツーピースタイプで、布地は少なめで下半身は下品でない程度のカットが入り、胸の中心は小さくハート型にくり抜かれている大胆なデザインだ。
その上で水着自体は全身にしっかりフィットしており、激しい運動をしてもズレたりしないだろう。
活発な会長に合わせたチョイスだ。
「ちょっと恥ずかしいな」
遅ればせながら周囲の視線に気付いて顔を赤らめる会長。
いつもより少し内股で歩く姿は、初雪のような汚すのを躊躇わせる幻想的なエロスを醸し出している。
皆がちょっと尻ごみする中、これ以上ない笑顔の副会長が飛び付くようにして華奢な体を抱き上げた。
「イナフ!! イナフですよ会長!!」
「き、君が選んだんだろうが!」
「いえいえ、着こなしているのは会長ですから」
そのままあーだこーだとじゃれあっている間に、副会長は手慣れた手つきで会長の髪をシニョンに結い上げていく。
「キツくないですか?」
「ん、大丈夫だ。ありがとう」
髪を結いあげた会長は水着との相乗効果もあってさらに可憐な雰囲気になっている。
少なくとも、この姿を見て子供だと誤解する者はいないだろう。
「――さすが会長マイスター」
「な、なんか新たな領域に目覚めてしまいそうだ……」
「変態! 変態!っすね」
そうして全員の水着のお披露目が終わった。
まだまだ興奮冷めやらぬ生徒会一同はこれからのイベントラッシュに思いをはせる。
「ビーチボール、スイカ、サーフ・フロート……よし、一通りのことはできそうだな」
「あ、日焼け止め塗るっすよー」
「――お願い」
「会長、背中向けて下さい」
「ああ、すまんな副会長――って何普通に混じってるんだ!?」
極々自然に混じっていた副会長のバックを取り、腰に回した両手をクラッチ、そのままひっこ抜くように持ち上げる。
「なんとおお!」
「セイヤー!!」
そのままブリッジするように背筋を反って頭から投げ落とす。
砂煙を上げて必殺のジャーマンスープレックスが決まった。
パンパンと手を払う会長の背後、砂浜に副会長が頭から突き立っている。
「油断ならんなもう! 何故か既に塗り終わってるし……」
自分の体を確かめてため息をつく会長。
周囲の皆も慣れたもので、逆さまの副会長を背景に写真を撮っている。
「まあいい。折角海に来たのだ、遊び倒すぞ!」
「「「おおー!!」」」
その後は、皆で競争したり、ビーチバレーやスイカ割りなど思いつく限りのイベントを堪能した。
◇
3時間ほど固まって遊んだ後は解散して自由時間とあいなった。
渉外は向こうで行きずりの女子大生と遊んでいる。引き際は心得ているだろうからスルーで問題ない。
書記と会計は他の役員と共に遠泳に行っている。珍しく会計が――どこにとは言わないが――書記と張り合っているようだ。
そんな中、会長は大輪の浮き輪に寝転がってプカプカと浮いていた。
実は去年まで泳げなかったのだ。書記に付き合って貰って猛特訓して泳げるようにはなったものの、無理に泳ぐ気にはなれないのだ。
部下の目があったら別だろう。彼女は彼女なりの会長像を己に任じているのだ。
「あー、弛んでるな……」
「そんなことありませんよ」
「キャッ!?」
呟きに応じて海中からにゅるりと伸びた手が会長の太ももを撫でた。
突然の事に思わずバランスを崩して浮き輪がひっくり返る。
意図せず海中に入ったことでパニックになりかけるが、覚えのある腕に抱き上げられて即座に海上に躍り出た。
「プハッ!! っっっ副会長!」
「大丈夫ですか、会長?」
「あ、ああ……じゃなくて!」
「すみません。調子に乗りすぎました」
副会長が珍しく殊勝に頭を下げる。
至近距離のしょんぼりした姿に会長も激していた精神を幾分落ち着かせた。
「まったくだ。イタズラが過ぎるぞ!」
「申し訳ありません」
「私も地上ほど慣れておらんのだ」
「はい」
「……だから、もう少しだけこのままでいろ、いいな?」
「――仰せのままに」
会長はおずおずと自分より一回りは大きい副会長の背に腕を回す。
海水よりも温度の高い副会長の体温に溶かされるように緊張していた体がほぐれていく。
先程投げた時はこんなに大きくは感じなかった。
頭の片隅に状況の違いとか、吊り橋効果とかの単語が浮かぶが意図的に消した。
そんな会長の内心を知ってか知らずか、副会長は少女の耳元にそっと囁いた。
「今度は二人っきりで来たいですね」
「車の免許取ったらな」
「……婚前旅行もいいですね」
会長は溜息をついた。
「君はまたそうやって――」
「――冗談だと思いますか?」
「え?」
真剣な表情で見つめる副会長。
眼鏡を外したその顔はいつもより少しだけ大人びて見える。
周囲は海、聞こえるのは潮騒、周りには誰もいない。
鼓動が速まるのを感じる。そして、抱き合う腕を通じて相手の早鐘のような鼓動も感じられる。
相手も緊張している、というのが分かって会長は心中で安堵した。
(……陸でもこうしてくれればな)
「陸がどうかしましたか?」
「心を読むな!」
何だかんだでいつもの雰囲気に戻った二人はそのまま海を楽しんだ。