福音
初めてオリジナルの小説を書きました。
どうかお手柔らかに…。
まるで、冷たい深海をずっと彷徨っているような14年だった。
親からは邪魔者扱いされ、学校でも問題児。誰からも必要とされない俺の人生は、見知らぬ誰かを庇ってトラックに撥ねられ、あっけなく終わった。
――はずだった。
「……ん?」
気がつくと、俺は柔らかい草の上に寝転がっていた。
頬を撫でる風は甘い花の匂いがして、見上げれば、吸い込まれそうなほど澄んだ瑠璃色の空が広がっている。
「なんだここ。天国……?」
体を起こして驚いた。トラックに撥ねられてボロボロだったはずの体には傷一つない。
「あら。坊や、どうしたのですか?」
ふと、上から鈴の音のように透き通った声が降ってきた。
顔を上げると、細いレースの日傘を差した女性が見下ろしていた。
月光のように輝く銀髪に、吸い込まれそうなほど碧い瞳。絶世の美女、という言葉が安っぽく感じるほど、息を呑むほど綺麗な人だ。
ただ――。
(……なんで、そんな死にそうな目をしてるんだ)
彼女は優しく微笑んでいるのに、その瞳の奥には、底なしの悲しみと諦めが沈んでいた。限界まで心がすり減ってしまったような、ひどく痛々しい空気。
「フィリア様! この少年、変な服を着てます。明らかに異常です!」
不意に足元から生意気な声がした。
見下ろすと、真っ白なウサギが二本足で立ち、彼女のドレスの裾を小さな前足で引っ張っているではないか。
「うおっ!? ウ、ウサギが喋った!?」
「うるさい人間! フィリア様が驚くではないか。これだから人間の子どもはガサツで嫌なのだ」
長い耳をピクッと立てて、ウサギは露骨に顔をしかめた。
「まあまあ、ルーク。この子はただ、混乱しているだけですよ」
フィリアと呼ばれた彼女は、虚ろな瞳のまま、ウサギ――ルークの頭を力なく撫でた。
「行くあてがないのでしょう? ……ついてきなさい」
拒絶も歓迎もしない、ただ息をするように淡々と。彼女は静かに背を向けた。
ルークにジロジロと睨まれながら森を抜けると、絵本に出てくるような美しい屋敷が現れた。
庭にはシカやキツネ、大きなクマまでが、ひだまりの中で静かにくつろいでいる。彼らは言葉こそ話さないが、フィリアが近づくと一斉にすり寄り、嬉しそうに目を細めた。
「ただいま。みんな、いい子にしていましたか……」
動物たちを撫でる彼女の姿は、まるで一枚の絵画のようだ。
だが、屋敷の玄関へ続く階段の前に来たとき、俺は違和感に気づいた。
「フィリア様、段差です。ゆっくりですよ。私の手を掴んでください」
「ええ、ありがとう、ルーク」
ほんの数段の階段。それなのに、ルークはひどく慌てて彼女を支え、フィリアもまた、一段ずつ信じられないほどゆっくりと、重い足取りで上っていく。
急病というわけじゃない。その身体の奥深くに、とんでもなく重い何かを抱え込んで、ずっと耐え続けているような動きだ。
気になったことは口に出さずにはいられず、俺は率直に尋ねていた。
「……なあ。アンタ、体でも悪いのか?」
「無礼な! フィリア様に向かってなんだその口の利き方は!」
ルークがキャンキャンと怒るが、フィリアは彼をそっと手で制した。そして、階段の途中で少しだけ振り返る。
「ええ、少し。……気にしないで」
ふわりと濁すように微笑んで、彼女は再びゆっくりと階段を上っていく。
その綺麗で、今にも倒れてしまいそうなほど細い背中から、俺はどうしても目を離すことができなかった。
読んでくださり、ありがとうございました。
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続きをお楽しみに。




