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セメラル  作者: lonely rat
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リドル

 これは楽十が執筆した作品です。なんか短編といっておきながら、さっそく物語が長くなるような気が…

 ファンタジーです。童話とか…そんなイメージ?

『そうだ、ちょっと暇だから、ある人物の不幸な話を聞かせてあげよう。』

 その人は手元にある本から目を上げると、私に目を向けたの。

 それから、そっと口を開きました。




 数ある中の、平凡なある一日のことだった。

 僕は、父さんと母さんと妹と、四人で山のふもとの木の小屋に住んでいたんだ。山から少し北に行けば、それなりに大きな町もある。山には食料も豊富だったし、木も生い茂っていた。

 町に住んで居ないのは、父さんが木こりだからだ。


 別に珍しいことじゃない。


 その日はいつもの通り、僕と妹は父さんを手伝うために、父さんについて山に登った。やけに野鳥の声が騒がしく耳が痛いし、寝不足のせいか頭もくらくらするし、父さんと妹はそれに気づきもせず雑談しながら先に行ってしまう。今までで最悪の登山だったもので、今も良く印象に残っている。


 午前、その日の分の木を切り一仕事し終ったとき、いつものように、母さんが弁当を持って走ってきたんだ。母さんは慌てん坊だから、いつも引っかかる木の根に、今日も引っかかった。

 お腹も減ったし、丁度近くに花畑があったからそこで皆で弁当を食べることになったんだ。


 パンをさあ食べようと父さんが取り出したとき、母さんがジャムを忘れたのに気づいたんだ。母さんは慌てん坊だからこんなことはしょっちゅうだ。

 こんなときはいつも、身軽で一番足の速い僕が家までさっと駆けてって、ジャムを取ってきてあげるんだ。

 気分は少し悪かったけど、母さんのサンドウィッチを一個食べたらマシになったので、父さんのためにジャムを取りに花畑を後にしたんだ。


 でも、そのときはそのサンドウィッチが、母さんの最後の(・・・)手料理になるとは思いもしなかったんだ。


 意識したつもりは無かったのに、何故か足が前へ前へと急いで動く。今までに無いほど走ったと思う。動悸も激しくなり、お腹も痛かったのに、何故か足を止める気にはならなかったんだ。

 そのせいで今までで最短で、家に着いたんだ。ジャムを急いで取ってドアを押し開け、さあ皆が待ってると、山の方へ振り返ったんだ。


 そしたら何が見えたと思う?

 

 実は何にも見えなかったんだ。可笑しいだろう?目はちゃんと開けてるのに、目の前が真っ黒だったんだ。


 そいつは、想像もつかない大きさの黒い壁だった。

 そいつは音も無く現れたんだ。

 上を見ても、その壁は空を突抜けるように続いていて。

 横を見ても、僕の目が見たことも無いような場所へと、永遠と繋がっていそうで。

 下を見ても、地面と繋がっているんじゃなくて、地面を飲み込んでるみたいに見えて。


 僕はびっくりして、手に持ったジャムを取り落としてしまった。そしたらそれはころころ転がって、その黒い壁のほうへ行ってしまったんだ。

 

 僕が気づいてとっさに手を伸ばしたときには、もう遅かった。


 ジャムのビンは、黒い壁に飲み込まれるように、消えていった。

 まるで、水の中に吸い込まれるように、そのところから波紋が広がっていった。




 え?そのあと僕の家族はどうなったのかって?そんなの僕が聞きたいさ。

 だって、皆が居た花畑は、黒い壁に消えた山の中にあったんだよ。



 目を開くと、窓から差し込む鋭い光が容赦なく降り注いだ。それに顔を顰めながらも、身体を起こす。

 正直言って、目覚めはいい方ではない。低血圧気味なのだ。

 それを差し引いても、今日の朝はあまり清々しいものでもなかった。


 随分昔の……夢を見ていた気がする。家族がいた頃の……

 しかも、それを誰かに語っていなかったか?いったい誰にあんなことを話していたのだろう……


 溜息が出た。どうせ夢の話だ。気にすることじゃない。

 その後は、そんな夢なんか見なかったような気分で、僕は欠伸をして身体を思いっきり伸ばすと、ベットから降り、自室のドアをくぐった。


 僕の家の傍には、今も黒い壁が聳え立っている。

 そいつは、雨が来たって、嵐が来たって、びくともせず何年たっても消える気配が無かった。

 あれの正体は今だ不明。

 何であの日あそこに現れたのか、何のせいで急に現れたのか。


 家族が帰ってくるような奇跡も無く、僕は結局気ままに一人で暮らしていた。

 金は山の中にあるものを勝手に取って、売れば、一人分の食費ぐらいなら簡単にやりくりできた。案外、高い薬草が生える地域だったようだ。それに、あの事件があった直後は、父さんの友人が世話をしてくれてた。


 今日もまた金になる薬草を採りに、例の山に朝から来ていた。 

 木々の間をくぐって、鳥の歌にも耳も貸さず、僕は歩いていた。やがて視界は開け、小さな窪地へ出る。そこは大した薬草も無いので、横切るだけ。

 今日の目的は、花畑にある。あそこに沢山生えている月見草。ちょうど満月も近く、この次期質屋や、薬屋に持ってくと高値で売れるのだ。

 今目の前にある、そびえたつ大木を右に曲がり、朝日を反射させる湖を迂回して、やっと例の花畑につく。

 色とりどりの花が群生し、緑の絨毯の上に、月見草の白いつぼみも転々と転がっていた。風が吹けば花びらが舞い、朝日の光は花々を一層神秘的に映し出す手伝いをしていた。


 ただ、そんな美しい光景も、少し目線をあげると台無しだった。

 丁度花畑の半分から黒々とした壁が立ちふさがっていた。それを背景として花々を見ると、神秘的に見えていたものも、急に、食人花にも負けないくらいどす黒く感じてしまうのだから不思議だ。

 あの壁の向こうにはまだ、家族が弁当を楽しげに広げているのだろうか。……そんなはずは無いだろう。それは僕が感じたただの錯覚。願望。

 もう一度ジャムを持ってあの壁をつきぬけたら、皆が笑顔で迎えてくれるんじゃないだろうか。母さんが申し訳無さそうに微笑んで、父さんが良くやったと頭を撫でてくれて、妹がそれをみて軽快に笑って。そんな光景が広がっているんじゃないかという、願望から生まれた錯覚。


 花がどす黒く思えるのも、きっとそのせいだ。きっと本物は黒い壁が背景でもとても綺麗なはず。


「まいったな……」

 こんなことを考えている自分に溜息を吐く。夢を見たせいで感傷的にでも成ったのだろう。

 馬鹿らしい。いまさら彼らがもどってくるはず無いんだ。そんなの自分で証明済みだろう。関係ない。今の僕には関係ない。過去に埋もれては、身動きがとりにくくなるだけ。理不尽に失ったものは今だ失ったまま。いくら僕が悔しがっても神様はそれを決して返してくれない。なら、苦しみたくない。だからその思いを忘れよう。

 その思いを噛み締め、再確認しながら一歩一歩、足を踏み出す。目的の花が群生している場所に向かって。月見草が集まっている所は、黒い壁と繋がっている。だから僕は黒い壁に向かって歩く。


 ふとその中、月見草のつぼみの咲き乱れる中に人影を見た。また(▩▩)<迷い人>だろうか?

「君は……」

 そこに眠っていたのは、果たして誰だったのだろう。


 翆の上に白い蕾は咲き乱れ、眠る彼女の栗毛の髪は扇状に広がり風がそれを弄ぶ。彼女を包む若草に似た翆の瞳は未だまぶたに包まれたまま。


 立ち尽くした僕を強く押す風は、そのまま僕を通過して、音も無く黒々とした壁に吸い込まれる。いつもはそれでも微動だにしない壁が、そのときだけは波打ったように見えた。


 それは何かの合図だったのか。そこから物語りは動き出した。

      「リドル?」


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