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不死者君が世界を渡って色んな人を曇らせる話  作者: 椿


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追う者

 こんな最後を迎えるのなら、私は人間になどなりたくなかった。


 もはや誰も居なくなった森の中、私はただ慟哭していた。溢れ出るのは、後悔と悲しみの嘆きだ。恨みでは無い。ただ、寂しかった。


 この森で生き、生き物を殺し、命の駆け引きに愉悦を覚える。そんなかつての私は、人ではなく怪物だった。そんな私にお兄さんは感情を教え、常識を教え、誰かを思う気持ちを教えた。私は確かに、怪物ではなく人だった。


 幸せだった。目覚めるとお兄さんが居て、お兄さんと笑い合って、お兄さんと共に旅をする毎日は。


 幸福だった。お兄さんと勝負をして、時折お兄さんが変な技を使ってきたり、その技術を教わったりする毎日は。


 至福だった。お兄さんの傍で、この覚え立ての感情に一喜一憂し、ひたすらに心を喜びで満たす毎日は。


 充実していた。私は確かに、あの毎日が大切だった。


 あぁ……そんな全てが、私の手から零れ落ちてしまった。


 「っぅあああぁあああぁあああ!!!!!!」


 苦しい。痛い。悲しい。四肢を潰されようと、腹に穴を開けられようと、全身を串刺しにされようと、こんなに辛くはなかった。形容し難い、私という存在そのものを摺り下ろされているかのような苦痛。


 止めどなく溢れる涙も、情けないうわごとも、取り留めの無い感情も……その全てが、私を苛む。幸せだった。だから苦しい。幸福だった。だから痛い。至福だった。だから悲しい。私の喜び全てが、私を絶望へ突き落とす。


 泣いて、泣き叫んで、泣き喚いた。3日3晩、ずっとそうしていた。


 気がつけば、ボロボロの私は倒れ伏して、空を眺めていた。綺麗な、青空。お兄さんに出会わなければ、こんな景色、綺麗だとも思わなかった。


 『どうだ、綺麗だろう? ……ん? これが綺麗なのか分からないって? じゃあ、俺がもっと色んなものを教えてやる。そうしたらきっと、君にも色んなことが分かるはずだ』


 「っぅ……! こんな気持ちになるのなら、私はそんなもの、知りたくなかった……!」


 ずっと人が斬れるのなら、それで良かった。命を奪い、穢し、そしていつかは私もそうなるべきだった。ただの化け物として、死ぬべきだった。


 あぁ……なのに、私はこんな絶望に苛まれても尚……生きたいと、思ってしまっていた。あの人の温もりがまた、欲しくて堪らないのだった。


 「……お兄さんの、ばか。お兄さんのせいで私、弱くなっちゃったよ」


 死力を尽くした戦いも、もう私の心を満たすことは無い。私は知ってしまった。お兄さんだけが、私の渇いた心を埋めると。それはきっと、他の物では代用することの出来ない、私だけの恩寵だ。


 「お兄さん……会いたいよぉ……」


 空に手を伸ばす。太陽が煌めいて、私は少し目を細めた。その時、私はその存在に気がついた。


 「お兄、さん……?」


 それは、私の血液だった。だが、ただの血では無い。不死者たるお兄さんの血が混じった、今の私に残された唯一の残滓だった。


 自分の手を握る。それは、もはやお兄さんのものでは無い。私の糧になってしまった。しかし、それがお兄さんの血であったことは、紛れもない事実だ。


 「……確かに、お兄さんは私を置いて何処かへ行ってしまった……でも、死んだ訳じゃ無い。お兄さんに限って、それは絶対に無いことだ」


 お兄さんは旅を続けている。そこに意味は無く、ただ自らの存在が世界を歪める一因であると理解しているから、いくつもの世界を渡っているのだろう。もしかしたら、いつかは自分を殺し得る何かを、探しているのかもしれない。


 「お兄さんは言ってた。世界を歪めるからと。私が、嫌になったわけじゃないんだ」


 そうだ。今も私はお兄さんを思っているし、お兄さんは私のことが嫌いになった訳じゃ無い。ただ、この世界に居る意味を無くしただけだ。


 可哀想なお兄さん。無意味な放浪なんて、きっと楽しくない。私が傍に居てあげないと、お兄さんはきっと寂しがる。そうだ。そうだった。お兄さんはつんでれ? さんだから、こうしたいああしたいと自分で言うのが苦手なんだ。


 「ふふっ……♡ お兄さんってば、本当にお馬鹿さん」


 どうして、そう言ってくれなかったのか。お兄さんのためなら、私は何だって出来るのに。あのまま私が誤解したままだったら、どうするつもりだったのだろう。


 でも、私には分かった。これは、お兄さんの隠れた願望だ。本当は私と一緒に居たかったのに、お兄さんはそのことを言い出せなかったのだ。なんて愛らしい人なんだろう。私じゃないと、そんなの、分からないよ。


 「そうと決まったら……お兄さんを、探さなくちゃ」


 私にはお兄さんのおかげで、無限に等しい時間が与えられている。それに、お兄さんの血と、お兄さんに渡したあの刀の存在もある。世界を渡る方法を確立し、それらを利用してお兄さんを追跡するのは、きっと容易い。


 ドクドクと心臓が高鳴る。今も、私の胸は悲哀に満ちている。けれど、降り積もったその感情の分だけ、お兄さんへの愛情が高まっている気がした。


 お兄さん、好き。愛してる。大好きだよ。お兄さんの髪の一片から、その血液、老廃物に至る全てを、私は愛している。貴方の全てが欲しい。ただ、貴方の存在を、魂を、私にちょうだい。


 いつか来るその時まで、私は貴方を思い続ける。あぁでも……この調子で高まっていくのなら、お兄さんに会うその時には、きっと途方もないほどに満ちているだろう。


 その全てを、お兄さんは受け入れてくれるよね? だって、お兄さんは私が大好きだもんね? じゃあ、何も問題なんてない。ただ、溺れよう。永劫に続く旅を、貴方と共に歩む。それが、それだけが、私のたったひとつの望み。


 「おにーさん♡ 絶対、ぜったいぜったいぜーったい……逃がさないからね♡」

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