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不死者君が世界を渡って色んな人を曇らせる話  作者: 椿


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3/8

旅の終わり

 それは暖かな陽気の日だった。一面の麦畑が辺りには広がり、爽やかな風が吹いていた。隣には上機嫌なタツミが歩いており、心地よい沈黙がそこにはあった。


 「……ソレ、何してんだ?」


 「魔法の練習。この前、教えてくれたやつを応用してみた」


 タツミの周囲には光る文字が浮かんでいた。それは、とある言語を応用した神秘の術。人に教えることで記憶が錆び付かないように、俺が授けた術だった。


 「短詞の重複と同系列の術の併用を試していたの。中々面白い」


 「ほーん……そうなんだ」


 何を言っているか分からないが、楽しいなら良かった。ふと、脳裏に一人の女性がよぎった。この術を俺に教えてくれた、師匠のことだ。


 彼女は極度の引き籠もりだった。外に出ず、いつも自分の領域に閉じこもって、ただ惰眠を貪っていた。


 そんな彼女とは、それなりに長い時間を共に過ごした。出て行くと言った時には、泣かれもした。久しぶりにその時のことを思い出して、少し笑みが溢れた。


 「む……また違う人のこと、考えてたでしょ」


 「よく分かるな」


 「でりかしーがお兄さんには無い。しょうがないから、私がこうやって教えてあげてる」


 そう言って、俺の腕に抱き着くタツミ。近頃、このようなスキンシップが増えているように思える。しかしそれと反比例するように、俺のことを殺さなくなってきた。


 慈しみの心を覚えたということだろうか。その事実に、少し鼻が高くなる。一般的な感性を身に付け、こうして良識や愛情を覚えてきたのだろう。こうやって成長してくれるのは本当に良いことだ。神様とか、成長もしなければ反省もしないからな。


 「そうだ。今度、お兄さんの武器を作ってあげるね」


 「急にどうした? 別に自衛手段には困ってないが」


 「駄目。お兄さんはよわよわのザコだから、武器くらいちゃんとしたものを持たないと」


 「急に煽るじゃん。確かに、近頃は君に全く勝てないけど」


 彼女は戦闘に関して天賦の才がある。一を教えれば十を知り、百へと発展させる。魔法が良い例だろう。教えてからそれほど月日が経っていないというのに、彼女の技量は既に俺以上だ。もう、教えることは殆どない。


 「ふんふーん……♪」


 「…………」


 だからこそ、その時は近い。この世界での旅は、もうすぐ終わる。既に主要な国々は全て見終わったし、気の使い方も多少はマスターした。後数年もすれば、この世界は用済みとなる。その時に、彼女ともお別れをしなければならない。


 元々、一人旅の予定だった。だが、彼女のおかげで退屈しない旅路となった。そのことは感謝しなければならないだろう。


 「なぁ、タツミ。何かして欲しいことはあるか?」


 「きゅ、急にどうしたの?」


 「いや、武器を作ってくれるんだろう? そのお返しをしようとだな」


 「……別に良いよ。お兄さんが傍に居てくれれば、それで」


 ……それは、叶わないことだ。俺はこの世界にとって、ただの異物だ。目的も持たず、意思を持たず、ただ調和を乱す悪性因子。それに、物事には必ず終わりというものがある。終わりがあるからこそ、その道筋は輝くものだ。


 季節は巡る。この世界に来てからどれほどの時間が経ったのだろうか。短いようで、しかし充実していた。


 そうして辿り着いたのは、いつか彼女と出会った森林だった。ここが、旅の終わりだった。


 「……タツミ。君と此処で出会って、何年経った?」


 「16年と4ヶ月2日。もう、随分と前になるね」


 タツミの姿は、出会った当初とあまり変わっていない。強いてあげるなら、髪が伸びたか。その紫紺の瞳も、艶やかな黒髪も、貧相な身体も、そのままだ。これで今年〇〇歳とは思えないな。


 「年齢は女の子にとって禁句なんだよ? お兄さんは本当、乙女心が分かってない」


 「ははっ、乙女って。もうそんな歳じゃな──」


 おっと、推定4回は殺されたな。殺しながら殺すとか、本当に意味の分からない芸当だ。それでいて血飛沫すら飛ばないのだから、鮮やかという他ない。


 「お兄さん、旅は終わり?」


 「おう。この世界で出来ることは、もう無さそうだからな」


 「……そっか。それで、お兄さんはどうするつもりなの?」


 「決まってるだろ。次の世界に──」


 その瞬間、首が飛んだ。


          3


 知っていた。いつか、その日が来ることを。私では、お兄さんを引き留められないことを。そしてその日が、今日であることを。


 でも、分かっていても、耐えられなかった。こんなにも痛くて、苦しくて、辛いだなんて、知らなかったから。何も言わずにバイバイなんて、もうしたくなかった。


 「無駄だ。それは君が一番、知っているだろう?」


 「うる、さいっ……! うるさいうるさい!!!」


 お兄さんは死なない。それは、喜ぶべき長所だったはずだ。なのに、今はそれが私を酷く邪魔をする。不死のお兄さんを止める術を、私は持っていなかった。


 何度斬っても、何度殺しても、何度吹き飛ばしても……お兄さんは、変わらずそこに立っていた。私に出来ることは、ただ泣いて縋り付くことしか無かった。


 「いや、だ……! 行かないで、お兄さん……!」


 「タツミ。それは駄目なんだよ。俺にそれは、許されていない」


 「何で!? ずっと私と一緒に居れば良いじゃない!? どうしてそんなことを言うの!?」


 「ごめん。ごめんな、タツミ」


 そんな謝罪の言葉は要らなかった。ただ、私のことを抱きしめて一言、ずっと一緒に居ようと言ってくれれば、それだけで十分なのに。


 お兄さんは、その顔を曇らせながら、尚も私を突き放そうとしてくる。


 「……昔、君のように俺と生涯を付き添うと言ってくれた人が居た。そいつの最後はな、世界から嫌われ、どこにも居場所を無くしてしまった。俺と生きるってことは、つまりそういうことなんだよ」


 知っている。お兄さんが旅を続けている理由だ。


 お兄さんは不死だ。その力を知れば、人は狂ってしまう。その力が欲しくなる。だから、お兄さんは同じ世界に留まろうとしない。長く過ごせば過ごすほど、いつかはその力が露見するからだ。


 でも、それが何だと言うのだ。たとえ世界が敵になろうと、私にはお兄さんが居てくれれば、それだけで満足だ。他に何も要らない。 


 「……それでは駄目なんだよ。停滞は腐敗を生じさせ、腐敗は確かな病理として心を殺す。何も変わらない、何も終わらない生活なんて、そんなのは間違っているんだ」


 だから、この痛みを受け入れろと言うのか? そんなの、絶対に嫌だ!


 「それで良いでしょ……一緒に腐り果てるまで、ずっと一緒に居ようよ……ずっとずっと終わらない日々を紡ごうよ……私と一緒に、死んでよ……!」


 「……本当に済まない。君は俺のことを、ずっと許さなくて良い」


 お兄さんが腰に差した刀を抜く。それは、私が作った一振りの蒼い刀だった。


 銘は無い。ただ、お兄さんに喜んで欲しくて作った。何千と刻み込んだ神秘の言語により、その斬撃はあらゆるものを切り裂く。ただ一点、その神秘を発動するには、途方もないエネルギーが必要となる。


 常人であれば一度振るえば、その命を燃やし尽くしてしまうほどの熱量だ。不死者たるお兄さんにしか扱えない、お兄さんだけの一振りだ。


 「さようなら、タツミ。君はもう、立派な人間だよ」


 その刃が、私の身体を駆け抜けた。首から腰に掛けての一刀、明らかな致命傷だった。


 ──初めて、だった。お兄さんが、私を本気で殺そうとしてくれたのは。


 「やだよ……行かないで、よ……」


 なのに、この胸は満たされない。あんなに心を震わせた命のやりとりだというのに、なんの歓喜も湧かない。ただ、悲しかった。

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