--人目の被害者 タツミ
俺は不死である。幾度死のうとも、その身体が果てることは無い。老いはするものの、死ねばまた身体は全盛期に戻される。試した事は無いが、老死しても結果は同じだろう。
死ねないので、死なずに生きていた。一カ所に留まると面倒なことになるので、幾つもの国を渡り歩いた。しかしその内、行く場所が無くなった。世界は有限で、それ故限りがある。
だから、違う世界に行くことにした。ただ生きるのも暇なので、俺はあらゆる技術を体得していた。その術をフルに活用し、異なる世界を渡る力を得た。そして、終わりなき旅が始まった。
どれほどの世界を渡り歩いただろう。全てが終わった世界。機械仕掛けの世界。魔法が当たり前の世界。神々の住まう世界。数え切れないほどの世界を見てきた。
さて、次の世界はどうだろうか。もう幾度も繰り返してきたことだが、この瞬間だけはワクワクする。次はどんな光景を、俺に見せてくれるのだろう。
そこは森だった。ただひたすらに緑が広がっていて、空は青かった。大気や環境は俺の故郷とあまり変わりないように思える。しかし、異なる力の波動のようなものは感じる。この世界独特の技術があるのだろう。
時間なら無限にある。この世界を旅しながら、様々な力や技術を学ぼう。それだけが、俺の唯一の趣味と呼べるものだから。
森の景色を楽しみながら、あてもなく彷徨う。3日程度は楽しめたものの、こうも森が続くと流石に飽きてくる。空腹も死ねばリセットされるものの、不快であることに代わりは無い。早く、人里を見つけなければ。
そして気付く。血の臭いだ。それも、さして時間が経っていない。何かが、そこには居る。
話の出来る人物だと良いな。俺はその臭いの場所へ向かった。
「ひ、ひぃ……! なんだ、このばけ――」
「ぎゃあああぁあ!!! お、俺の手があぁぁああ!!!」
「に、逃げ――!」
そこは地獄絵図だった。少し汚らしい格好の男達が、一人の少女の手によって蹂躙されていた。まだ幼い少女の手には、一振りの刀だけがある。それが振るわれる度、血が舞う。誰一人逃がすことなく、少女は男達を切り伏せたのだった。
「そこの君、言葉は分かるかな?」
「…………? うん、分かるよ」
良し、翻訳魔法がちゃんと機能している。これなら、問題は無いだろう。
「実は、道に迷ってね。良かったら、道を――」
瞬間、意識が飛んだ。頭を飛ばされたのだ。これは中々、良い太刀筋をしている。驚くべきは、そんな達人技を、このような少女が会得していることだろう。彼女の今後が楽しみである。
「教えて欲しいんだ。……どうしたの?」
「なんで? 首、飛ばしたのに」
「俺、不死なんだ。だから意味ないよ」
「……ほんとだ。殺せるはずなのに、死なない」
おいおい、そんな挨拶感覚で心臓を突き刺すな。俺だって痛みはあるんだぞ? もはや、脳が出す信号の一種としか感じられないけど。
「それで、道は分かる? お腹空いちゃってさ」
「不死なのに、お腹は空くんだ」
「当たり前じゃん。何言ってるの?」
「……面白い人。良いよ、案内してあげる」
色々あったが、俺は眼に光の無い少女……タツミの案内によって、ようやく森を抜けることが出来た。しかしこの少女、常識がなさ過ぎる。盗賊から金品を強奪するのはまだしも、臓物に濡れ、その黒髪に返り血が固まった状態で村に入ろうとしたのだ。
「君、常識無いの?」
「うるさい。黙って」
そういって一度殺された。近くの川で汚れを落とし、身綺麗にして村へ入る。しかし、何というか周囲の視線が痛かった。俺に対しても、この少女にしても。
「ひっ……! 辻斬りのガキ……! な、何しに来やがった!」
「食べ物、頂戴。お金なら、ある」
「そんな汚れた金、受け取れるか! お、お前! 自衛団だろ!? このガキ、捕まえてくれよ!」
「ふざけるな! この前、あのガキを捕まえて団員が何人殺されたと思ってんだ! 俺らはもう、こいつに関わらないと決めたんだ!」
……どうやらこの少女、倫理観というものが欠如しているらしい。しょうがないので、俺が間に入る。この金は俺のもので、少女に助けて貰った代金として支払ったものだと。そういうと、店主は不審げな顔はしたものの、納得はしてくれたようだ。
「……なぁ、お前さん。あのガキがなんて呼ばれてるか知ってるのか?」
「いいや全く。俺はただ、道案内と護衛を頼んだだけだからな」
「カーナ村の辻斬り、歩く殺人鬼だ。あいつに村人、何人殺されたことか!」
「ふーん……それで? 飯まだか?」
「はぁ……忠告はしたからな」
その店は雑貨や日用品と同時に、食料品や軽食を販売していた。飲食スペースには何人か居たものの、タツミの姿を見ると全員居なくなっていた。そんな場所で一人、ちょこんと座って飯を待つ少女の元へ向かう。
「此処へは良く来るのか?」
「お金が出来たら、その時に。大抵、嫌な顔されるけど」
「それはお前、血塗れで入ってきたらそうなるだろ」
「……そっか。次から、気をつける」
「おう、素直なのは良いことだぞー」
「頭撫でないで」
刀を抜いてきたので、魔法で受け止める。ここは人里だ。全く、TPOくらい弁えなさいな。
「っ……! なに、これ……!」
「勝手に触ったのは悪いが、刀を出すのは駄目だ。ここは人里。大人しくしてなさい」
「…………むぅ。分かった」
少女は明らかに不機嫌だ、という顔をしながら刀を降ろした。そこへ、団子とお茶が運ばれてきた。一つ取って頬張る。中々美味い。
「……なんふぇ、さいしょ、とめなふぁったの?」
「食べながら喋らない。ごっくんしなさい」
「んっく……お兄さん、私より、強いでしょ? 何で、無抵抗で殺されるの?」
「別に、意味なんて無いよ。殺したければ殺せば良い。どうせ死なないからね」
おっ、このみたらし団子、中々良い味をしている。もう五本頼んでしまおう。
「そう……そう、なんだ」
1
斬る。ただ、斬る。私の手にはいつからか刀があって、ただそれを振るっていた。
動物、異形の者、人間。立ち塞がる者、仇なす者を切り伏せる。理由は、ただ一つ。
楽しかったからだ。相手を切り裂き、血が噴き出し、絶命に至る。その時、私の身体にはゾクゾクとした快感が走る。その相手が強敵であればあるほど、その快感は強い。
私の持つ刀は不思議な代物で、斬れば斬るほど、その鋭さを増していった。だから、私は何かを斬る度にもっと強くなれた。
斬る。斬る。斬る。あぁ、けれど……前ほどの悦楽は、いつからか得られなくなっていた。
皆、怯えた表情で私を見る。皆、脆くて拙い。皆、私より弱い。そんな者を斬っても、何も楽しくない。
つまらない。何も、楽しくない。もっと、もっと――! 滾るような戦いを、私に!
「俺、不死なんだ。だから、意味ないよ」
その出会いは、突然だった。その日は珍しく、私を襲おうとする一団と相対していた。いつも通り、そいつらを斬っていると、突然男が現れた。
その男は茶髪で、どこにでも居そうな顔をしていた。けれど、その眼は、今までみたどんな人よりも昏かった。その男の首を飛ばすと、しかし次の瞬間には元通りになっていた。
男は語る。自分は不死であると。自分の名すら忘れ、アテのない旅を続けていると。
不思議だった。確かに、斬った感触はあるのに、男は死なない。それに普通、人は自らを害した人間に対し、嫌悪感を抱くのが普通だ。なのに、男は何も変わらない。ただ、服が汚れると言って怒るだけだった。
男は私を、ただの少女として見ている。あまりに狂っていると思った。同時に、なんて素敵なんだとも思った。
だって、彼を何回斬っても、彼が死ぬことは無い。何度も何度も何度も、斬り殺せる。想像するだけでゾクゾクしてくる。幾度殺そうとも生き返る人なんて、私の願望をそのままにしたようだ。
それは、私がいつからか忘れてしまった喜びだった。男は不可思議な術を使い、私を簡単に手玉にする人だ。彼と戦うことは、きっと楽しい。
そしていつか私が彼を超え、彼を切り刻むのだ。それは彼が泣いて詫びるまでか、それとも、彼が壊れるまでか。いずれにしても、それは……
全身が震えるほど、幸せなことだろう。




