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第8話 記憶と炎(1/2)

 次の日の朝、ストリックランドは一人で散歩に出た。この日は定休日で、天気も良く、出かけるにはうってつけの日だった。

 森の中をしばらく歩くと、大きな川に出た。川原は十分な広さで、周囲に()()()()()()()は何もない。


「この辺りでいいか」


 ストリックランドは川原に立ち、辺りを見回して言った。


 彼はゆっくりと深呼吸すると、右手を開いた状態で川の方に向かって突き出した。

 そして、初等魔法である「火を起こす魔法」の呪文を呟いた。


「『火焔の産声(イグニッション)』」


 突如、彼の右手から巨大な炎が沸き起こった。小さい家くらいなら軽々と飲み込みそうな大きさだ。轟々と大きな音が発生し、川面は赤く照らされ、周囲の木々にとまっていた鳥たちは逃げ出した。

 次に、ストリックランドは左手で右腕を握りながら意識を集中し、魔力を抑え始めた。すると、巨大な炎は大きさが不安定ながらも次第に小さくなり、最終的に松明たいまつくらいのサイズで落ち着いた。


「ふう……」


 ストリックランドは一息ついた。本来、この初等レベルの魔法は、ちょっとした用途のために蝋燭ろうそくサイズの火を起こすだけの、実に家庭的な魔法である。

 しかし、ストリックランドほど膨大な魔力を持ち、かつ制御が不安定となると、規模が変わってくる。彼にとっては火力を抑えるだけでも一苦労だった。


「さて、やってみるか」


 ストリックランドは右手の上で揺らめく炎を見つめながら、もう一度、何度か深呼吸した。

 すると、呼吸のリズムに合わせて、炎の大きさもかすかに膨張と収縮を繰り返した。

 これは、かつて冒険者パーティを組んでいた仲間の魔術師から習った、魔力と集中力のコントロールを上達させる練習方法だった。


 揺らめく炎は、いわば意識のバロメーターである。何らかの形で注意力が乱れると、それに合わせて炎も乱れる。外部からの刺激や、自身の内部から沸き起こる雑念に意識をとらわれず、炎の大きさと形を一定に保ち続けるのが、この訓練の肝である。


 ストリックランドは、この練習方法に、昨日マリーから聞いた話を組み合わせて、自分自身と向き合う手段として応用することにしたのだ。


 彼は、目をつむり、自分の記憶の中を探ってみることにした。マリーと同じように、自分にもトラウマになるような手痛い経験があった可能性を考慮したのだ。


 まず試しに、昨日仕事をしているときの様子を思い返した。

 客からの注文を受け、料理を運び、テーブルを片づけ……そして皿洗いの最中に皿を割ってしまった瞬間が思い浮かんだ。その時、炎が乱れた。目を閉じてはいるが、音と手に伝わる熱の変化で、炎が揺らいだのがすぐに分かった。

 狙い通りだった。これで、何が彼にとって深刻な失態なのか、鈍感な彼でも分かるのであった。


 ストリックランドは新しい記憶から探っていくことにした。

 最近ではマリーと出会ったころの記憶。さらにその前の三年間、魔王を倒したあとの自堕落な日々……。

 思い返しても、炎が揺らぐことはなかった。


 次に、それ以前の出来事、すなわち魔王討伐の旅に焦点を当ててみた。仲間と共に王に謁見し、その日から過酷な旅が始まった。


 当初は剣士と魔術師を含めた三人の冒険者パーティだった。

 剣士は賢く隙のない男で、ストリックランドを的確にカバーしながら戦闘に参加してくれた。戦術的な判断は彼に任せることが多かった。


 魔術師の女は全体的には粗野な性格だったが、魔法に関しては確かな実力を持っており、常に味方に気を配りながらサポートに回ることが多かった。ストリックランドに多くの魔法や、今実施しているこの炎を使った練習方法を教えたのも彼女であった。


 彼らのことを思い返しても炎は乱れない。


 旅の途中で、パーティに新たな仲間が加わることがあった。

 神官の女である。貴族の出身で、性格はお世辞にもいいとは言えなかった。実力はそれなりにあったが、高慢で、仲間との連携を取ろうとせず、時に問題を起こすこともあった。

 王都からの要請で魔王討伐パーティに参加させる必要があったため、仕方なく仲間に入れていたが、あまり仲は良いとは言えなかった。

 ……彼女のことを思い出すと炎がやや乱れた。しかし、少し集中すると、再び火は安定した形と大きさに戻ったので、それほど重大ではないと判断した。


 魔王討伐の旅は過酷だった。強大な魔物や、知性のある厄介な魔族との戦いが相次いだ。

 ある時には重武装のゴーレムを打ち倒し、またある時にはワイバーンの群れを相手取った。

 魔王直属の四天王と戦うこともあった。そのうち二名は逃してしまったが、残りの二名はなんとか倒すことができた。

 苦しい戦いばかりだったが、それでもストリックランド一行は、魔王城の最奥までたどり着いた。

 

 魔王との戦いは強く印象に残っており、その時の様子は鮮明に思い出せた。

 その時、手元の炎が大きく揺らいだ。決戦においては何度も危ない場面があり、思い返すごとに彼の集中力は乱された。

 だが、再び集中力を喚起すると、炎は安定しはじめた。印象的な出来事ではあったが、コントロール可能な範囲のようだ。これもまた、彼の人生において重大な問題ではないと判断した。


 ストリックランドはさらに昔の記憶を探りはじめる。

 冒険者になり頭角を表すようになったころの記憶だ。

 何度か散発的にパーティを組むことはあったものの、結局は一人で活動することが多かった。何かを討伐する類のクエストばかり受けていた。

……思い返しても、炎は揺るがなかった。


 さらに古い記憶となると、いよいよ子供のころの話になる。学校での様子を思い返すと、何度か炎が乱れることがあった。

 彼の怪力と膨大な魔力は、生まれながらにしてすでに備わっていたものであり、そのことが原因で、彼は良くも悪くも目立つ存在になりがちであった。それを快く思わない生徒と衝突を起こすこともしばしばあった。

 しかしいずれも、彼の人生に禍根を残すほどのものではない。学生時代のちょっとしたアクシデントだ。

 何度か深呼吸するだけで炎は安定するようになった。


 さらに以前の記憶を呼び起こそうと試みた。もはやおぼろげな幼少期の記憶だ。

 その時、炎が揺らぎはじめた。安定させようと右手に意識を集中させたが、これまで行ってきたよりも、安定させるのに時間がかかった。

 幼少期に鍵があるのではとストリックランドは思い、慎重に微かな記憶を探りはじめた。


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