第6話 彼にできないこと
新しい課題、それは、ストリックランドが皿を割ってしまうことだった。
緊張せず力を抜くようにとマリーからアドバイスを受けるも、すべての食器を洗い終わったときには、割れた皿は合計で三枚になっていた。
さすがにこれには、ストリックランドも申し訳なさそうな表情をした。
「すまない……」
「まあ大丈夫ですよ! 私も割っちゃうときありますし。とりあえずこれは、『修復魔法』で治してしまいますね」
「手間をかけるな。ところで君は、魔法が使えるんだな」
「一応学校は出てますから……でも、日常生活で扱うレベルの簡単なものしか使えませんし、魔力も大してありませんから、本職の魔術師には到底及びませんよ」
マリーは割れた皿をつなぎ合わせた状態で机に置き、修復魔法の呪文を小声でつぶやいた。そして、魔力を込めた指先でつなぎ目をゆっくりとなぞると、つなぎ目は微光を放ちながらふさがっていき、皿は元通りの状態になった。
「ストリックランドさんこそ冒険者だったようですし、魔法も得意なんじゃないですか?」
「いや、俺の場合、魔力は十分にあるみたいだが、制御するのが苦手なんだ。君みたいに精密な魔法は使えない」
「そうなんですか? でも、この程度の修復魔法なら初等学校レベルだと思いますけど……」
「耳が痛いな……」
ストリックランドは苦笑して言った。
「残念ながら俺は、そういう風に細やかに魔力を出力するのが特に苦手なんだ。たとえば、料理をしようと初等レベルの『火を起こす魔法』なんかを使ったら、隣の家まで火事になるくらいには加減が下手なんだ」
「絶対使わないでくださいね、それ……」
「魔物を狩るのには丁度いい火力なんだがな」
「ストリックランドさんは根っからの冒険者気質ですね。むしろ、着火魔法で魔物退治なんて普通の人はできませんよ……」
そう言いながら、マリーは他の割れた皿も魔法で直しはじめた。
ストリックランドは困り果てた。どうにかして力を入れすぎるのを直したいが、どうしても指先に力が入り、皿を割ってしまうのであった。
◆◆◆
それから一週間がたった。
意外にも、ストリックランドはほとんどの仕事を問題なくこなせるようになっていた。
「え~っと……この『羽獣の照り焼き』を一つ」
酔っぱらった様子の、年寄りの男性客が料理を注文した。
夜になると、店には多くの客が姿を現す。この日も店は繁盛していた。
「かしこまりました」
ストリックランドは客の注文を的確に聞き、キッチンにいるマリーに伝えた。
「すみませーん、パンっておかわりできますか?」
「別料金ですが、よろしいでしょうか」
「あ、そうなんすね……」
太った客からの質問にも適切に答えた。
ストリックランドは、決して愛想の良い店員ではなかったが、その素振りには、熟練の狩人のような静けさと正確さがあった。
そして、彼のことを「伝説の勇者」ストリックランド本人であると、気づく客はいなかった。
そもそも勇者ストリックランドのことについては、多くの人は伝聞でしか知らず、顔を知っている者はほとんどいない。
王都の中心にある彼の銅像も、実際より端整で美化された顔立ちになっているため、その像を見たことがある者でも、ここで働いている店員が、伝説の勇者本人であると見抜くのは困難であった。
そんなわけで、ストリックランドは店員として悪目立ちすることもなく、仕事に馴染んでいると言えた。
しかし、彼がキッチンに入ってしばらくすると、パリンという音が洗い場に小さく響いた。
「しまった、またやっちまった……」
他の接客や掃除といった仕事にはだいぶ慣れてきたものの、相変わらず食器洗いの途中で皿を割ってしまうのは、治っていなかった。
洗い場の脇の棚には、割れた皿がすでに十枚近く積み重なっている。
「あとで直しておきますね!」
「……毎度すまない」
その日の仕事が終わり、店を閉めると、マリーは割れた皿の枚数を数えた。
「なるほど、今日は九枚ですか……」
「昨日よりは一枚減ったが……進歩と言えるほどではないな」
ストリックランドは自分の手を見つめながら言った。
一日の終わりに、ストリックランドが割った皿を、マリーが魔法で直すことが、半ば日課になりつつあった。
「他の仕事は最近順調になってきたのに、これだけは中々どうにもなりませんね」
「ああそうだな、自分でも不思議だ」
「まだ緊張しているんですか?」
「そういう感覚はないんだ。ただ、力を抜いているつもりでも、ときどき急にそれが難しいことのように感じるときがあるんだ。それで気が付くと、指先が力んでしまい……」
ストリックランドは割れた皿たちに目を落として言った。
「……こうなってしまうんだ」
「なるほど……。もしかしたら、本当に難しいことなんじゃないですか?」
「どういう意味だ?」
「ストリックランドさんは冒険者としてずっと活動していて、食器や調理道具よりも、剣や弓を持っていた時間の方がずっと長いんですよね?」
「ああ、そうだな」
「それで、繊細な力の入れ具合よりも、とにかくしっかりと力を入れることが優先される場面の方が多いわけですから、その時の癖というか、感覚が染みついてしまっているのかもしれません」
「確かに一理あるな。だが、それだけでは無いような感じもするんだ……なんというか……」
ストリックランドは再び自分の手に視線を戻した。何かを表現したいが言葉が出ないような感覚があった。
「なんというか……?」
「いや、わからん……」




