第5話 新しい仕事
「とにかく、まずは生活感のある格好になってもらいますよ!」
「わかった」
ストリックランドはマリーに言われるがまま、近くの宿で風呂に入り、理髪店で髪を切り、ヒゲも剃った(いずれも代金はマリーから借りた)。
そして、店に戻ってくると、バイト用の制服に着替えた。
「身なりを整えたら雰囲気変わりますね! あれ、誰かに似ているような……?」
「気にするな」
続いて、接客の練習が始まった。ストリックランドはまともに料理が出来ないので、調理はマリーが担当し、それ以外の仕事――おもに接客や皿洗いや掃除が彼の担当となった。
「私の後に続けて言ってみてください。いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ」
「もう少し大きな声で言いましょう! あと、できれば愛想が良いといいですね」
ストリックランドの愛想の悪さは今後の課題として残ったものの、接客はひとまず及第点ということになった。
その後、メニュー表の内容を頭に入れたり、備品の位置を覚えるなど、様々な仕事内容についてマリーから教わった。
「明日から店を開けるので、早速ですが仕事に入ってもらいましょう」
「わかった。正直あまり自信はないが、やってみよう」
翌朝、仕込み作業のうち簡単なものだけ手伝っていると、まもなく開店時間になった。
開店してしばらくすると、一人の若い男が入ってきた。
「ストリックランドさん、早速お客さんが来ましたよ! 昨日教えた通り、対応してみてください……!」
「ああ、行ってくる」
若い男は店の中を見まわし、奥にいた二人の店員と目が合うと「客が来ましたよ?」と言わんばかりの、にこやかな表情を浮かべた。
「いらっしゃいませ……」
ストリックランドはそう言いながら、ゆっくりと、そして堂々と客の目の前まで近づいた。
そして、にらみつけるように相手の目を見て言った。
「一名様ですか?」
「は、はい……」
あまりにも威圧感のある店員の対応に、若い男の客は怯えながら返事をした。
ストリックランドは決して相手を怖がらせる意図などなかった。彼は普通に対応したつもりだったのである。
「ストリックランドさん、威圧感ハンパないですよ……! もっと笑顔で愛想良く……!」
奥からマリーが小声でアドバイスした。
それを聞いてストリックランドは、自分が相手を怯えさせているのではないかと考え、態度を少し改めようと試みた。
つまり、精一杯の笑顔である。
「空いてる、お席に、お座りください……」
「わ、分かりました……!」
できる限り口角を上げ、笑顔で客を案内したつもりだった。
しかし、あまりにもぎこちなく、ひきつった表情を見て、客は怖がって顔を背け、そそくさと席に着いた。
「お客さん怖がっちゃったじゃないですかー!」
「どうやら、そのようだな」
「仕方ありません。一旦、後の接客は私がやりましょう……!」
ストリックランドは奥に戻ると、マリーからの注意を受けた。
残念ながらこのままの接客は難しいだろうということになり、その後の対応はマリーが引き受けることになった。
「ストリックランドさんの場合、無理に笑顔は作らない方がいいかもしれませんね……」
客が帰った後、キッチンで二人は作戦会議を始めた。
「せめて、お客さんを怖がらせない程度には改善が必要そうです」
「すまない。普通に対応したつもりだったが、初めてのことで緊張していたのかもしれない……」
「緊張していたら、普通はもっと萎縮するものじゃないですか……? ストリックランドさんの場合、むしろ堂々としていましたよ?」
マリーの疑問はもっともだった。一般的には、緊張を強いられる場面においては、人は動きがぎこちなくなったり、汗をかいたりする。
「それはそうだな。だが、緊張するような場面、たとえば強い敵と遭遇したときに、体が萎縮していたら困るからな。そういう時ほど大胆な態度で挑まないと負けてしまう」
ストリックランドの場合はまるで逆だった。なぜなら彼は、根っからの冒険者気質だからである。
「ぼ、冒険者の思考ですね……! お客さんは敵じゃないですよ!」
「それはそうなんだが、冒険者としての振る舞いが身に染みてしまっているようだ……。なかなか上手くいかないな」
「うーん、どうしましょうねえ……。そうだ! じゃあこう考えてみませんか」
「なんだ?」
マリーは何か思いついたようで、手をポンと叩いた。
「冒険者ギルドの仕事で、狩りってしたことあります?」
「獲物を狩る仕事は多くやってきた」
「それと同じですよ!」
「どういうことだ?」
「狩りをするときって、獲物が逃げないように慎重に近づきますよね」
「ああ」
「それと同じような態度で、慎重に、息を潜めて、優しくお客さんの方に近づいて対応するんです」
「それで上手くいくのか……?」
「まあ、愛想良くはないかもしれませんけど、少なくともさっきみたいに怖がらせることはないんじゃないかと思いますよ! ああでも、お客さんを獲物だと思っても、睨みつけるのはダメですよ!」
「……分かった。それでやってみよう」
と、話しているうちに新しい客が入ってきた。
今度は男女二人組の客で、どちらも冒険者と思われる風貌をしていた。
「またお客さんが来ましたね。ストリックランドさん、さっき言ってたやり方でやってみましょう……!」
「ああ、獲物が来たな」
「獲物じゃないです!」
ストリックランドは、一度目の客のときよりも態度を控えめにし、新しい客たちに近づいていった。少し腰をかがめ、慎重に、しかし素早く、客のもとに足を運んだ。
「いらっしゃいませ……二名様でよろしいでしょうか?」
息を潜めていたためやや小声だったが、客の耳には確かに届いたようだ。
「うん、そうだよ〜」
女の方の客が返事をした。
「……こちらの席へ、どうぞ」
「はいは~い」
ストリックランドは近くの空いているテーブルに二人を案内した。その素振りは妙に静かで、決して失敗が許されないかのような正確な動作だった。
彼は、一度も客たちと目を合わせることはなかった。これが「狩り」であるならば、獲物からは目を離せない。
しかし、獣と目を合わせれば逃げられてしまうと彼は分かっていたため、客たちの目ではなく、足元を見つめていた。
「それでさ~、次のクエストどうするよ?」
「商業ギルドが発注してるやつで、良さそうなのがあるんだけど――」
席に着いた客二人は、ストリックランドのことなど意にも介さないようで、のんきに話をしはじめた。
ストリックランドのここまでの挙動は、はたから見ると少々奇妙なところはあったが、ひとまず、相手を怖がらせないという当初の狙いは達成できたようだ。
「これなら何とかやっていけそうだ」
「上手くいきましたね……! 前よりもかなりマシになってましたよ! この調子でしばらくやっていきましょうか」
「ああ、そうだな」
「ところで、私がテーブルを掃除しますので、ストリックランドさんは食器を洗ってもらえますか?」
「分かった」
そう言って彼は、マリーから頼まれた皿洗いを始めた。
しばらくすると、パリンという音が響いた。ストリックランドが皿を割ってしまったのだ。
「大丈夫ですか!?」
「すまない……皿を割ってしまった」
ストリックランドの両手には二つに割れた皿があった。
マリーはそれを見て、ふと疑問に思った。
「お皿、落としたわけじゃないんですね」
「どうやら、力が入りすぎてしまったようだ……」
「えっ……そんなことあるんですか!?」
彼はうっかり皿を落としたり、どこかにぶつけてしまったわけではない。しっかりと手に持ったまま、割った。
普通の人間であれば、割ろうと思って相当力を入れない限り、皿が割れるようなことはない。
しかし、彼の場合は違う。ストリックランドの力は常人を超えているのだ。
「これは、新しい課題ですね……」
「どうやら、そのようだな……」




