第23話 別れ。そして新しい店員
「ようやく解放された……まったく、いい迷惑だった」
早朝、王城を出たストリックランドは、空を見上げながら呟いた。
青空は澄み渡っており、鳥が群れをなして飛んでいる。彼らはその翼でどこにでも行けるのだろう。
エレノアをめぐる問題がようやくすべて片付き、彼はついに自由になった。
彼は、解放されたらまず行くべきだと考えていたところへ、足を運ぶことにした。マリーの店である。
馬車に乗ってしばらく経つと、店に着いた。
「久しぶりだな……」
店はまだ開いておらず、入り口には「準備中」と看板が立てかけてあった。
ストリックランドはかまわず扉を開けて、中に入った。
「あ、すみません、まだ準備中でして……」
中にいた女店主は、そう言いながら来訪者の顔を見た。
「……! ストリックランドさん!」
「マリー、久しぶりだな」
マリーはストリックランドの来訪に驚き、彼のもとへ駆け寄った。
「無事だったんですね!」
「ああ」
「またお会いできて嬉しいです」
「色々あって、遅くなってしまった。エレノアの件では迷惑もかけたし、本当にすまなかった」
「ストリックランドさんが謝ることじゃありませんよ! それに私知ってるんですよ、エレノア大臣も逮捕されて、ストリックランドさんの冤罪も晴れたって……新聞に載ってるの見ましたから」
「情報通だな。……となると、俺の次の任務についても知ってるのか?」
「えっと、そうですね……」
マリーは声のトーンを落として言った。
「魔王軍の残党を倒しに行くんですよね……?」
「ああ、そうだ……、だから申し訳ないが、俺はもう一度ここで働くことはできない」
「大丈夫です、私のことは気にしないでください。ストリックランドさんにしか出来ないことがあるなら、そちらを優先してほしいです」
「……そうか、ありがとう」
マリーは、口ではそう言ったものの、少し残念がっていた。
ストリックランドという人物のことが分かってきたところだというのに、別れなければいけないと思うと、胸の奥が冷たくなるような感じがした。
「そうだ、ストリックランドさん、朝ごはんはもう食べましたか?」
「いや、まだだ」
「せっかくですし、何か作りますよ。私からの奢りです」
「いいのか?」
「はい、店の準備もあるので簡単なものしか出せませんが」
「……なら、ハンバーグをひとつ頼む」
「分かりました。ハンバーグお好きですよね」
「焼いた肉はなんでも美味いもんだ」
「ふふ、そうですね」
そう言って、マリーは慣れた手つきで調理しはじめた。
その様子を、ストリックランドは席に座ってぼんやりと眺めていた。彼の新たな任務は、以前の魔王討伐のときのように、命の危険がある可能性も十分考えられた。
フライパンにひき肉を置くマリーの姿を見て、もしかしたら、この光景を見るのはこれで最後になるかもしれないと思った。と同時にそれを否定し、必ず自分は戻ってくると決意した。
「できましたよー」
しばらくして、ストリックランドの席に料理が運ばれてきた。
「コーヒーもどうぞ、最近仕入れた豆なんですよ」
「ありがとう」
マリーはホットコーヒーを置いた。
ストリックランドは素早くハンバーグを食べはじめた。長年の冒険者としての習慣は抜けておらず、食事は短時間で済ませるのが彼の流儀だった。
「ごちそうさま、美味かった」
「ありがとうございます」
彼は食後のコーヒーを一口飲んだ。
「……苦いな」
ストリックランドは顔を歪めて言った。
「砂糖、お入れしましょうか?」
マリーは笑いながら言った。
あの伝説の勇者が、コーヒーの苦味に表情を崩すのが意外だったのだ。
「……いや、これでいい」
そう言って彼はコーヒーを飲み干した。
「さて、俺はそろそろ行く。マリー、君には本当に世話になった」
「もう行ってしまうんですね……ストリックランドさん、どうかご無事で」
「ああ、きっとまた戻ってくるさ」
ストリックランドは出入口の扉に手をかけた。
「ああ、そうだ。大事なことを伝え忘れていた」
彼は足を止めて言った。
「何でしょう?」
「新しい店員の候補がいるんだ」
「新しい店員?」
「ああ、人手不足ではあるだろう? 俺がいなくなる代わりに、そいつを雇ってほしいんだ」
「とりあえず、どんな人なのか会ってみないことには……」
「そうだな、俺の友人のリタっていうやつが、そいつをここに連れてくる予定だ。まあ、会えばわかるさ」
ストリックランドはニヤリと笑って言った。
「それじゃあ、改めてお別れだな」
「あ、はい……! ストリックランドさん、お元気で!」
「君もな。またいつか会おう」
そう言って、彼は扉を開けて出ていった。
パタンと扉が閉まると、店内に静寂が訪れた。
「行ってしまいましたか……」
マリーは、ストリックランドが食べ終えた皿を片づけ始めた。
そして、しばらくすると、扉を叩く音が聞こえた。再び来客が現れたようだ。
「はい、今行きます!」
扉を開けると、ストリックランドから話を聞いていた通り、リタがいた。
「どうも、あなたがマリーさん? 私はリタ、よろしくね」
「は、はい、リタさんですね? お噂はかねがね聞いております……」
ストリックランドの友人にして、上級魔術師であるリタに、マリーは敬意を示した。
「あはは、そんなにかしこまらなくていいよ。今日は、人を連れてきただけだし」
「えっと、ここで働きたい人がいるとストリックランドさんからお聞きしましたが……」
「そうそう。……ほら、隠れてないで、こっちこっち」
リタはそう言いながら、馬車の方に向かって手招きした。
すると、一人の質素な恰好をした女性が、馬車の後ろから恐る恐る姿を見せた。
「あっ!」
マリーはその女性の顔を見て、何者かすぐに気づいた。
「こ、こんにちは……マリーさん。あの、私、エレノア・ジュガーノフといいます……」
それはエレノアだった。しかし、以前の高圧的な態度とは大違いである。
「あの、リタさん、これは一体??」
「あははは……まあ、驚くよね……」
リタはマリーに説明しはじめた。
ストリックランドの件で矯正刑となったエレノアは、人格が大きく変わった。
さらに彼女は、社会奉仕活動の一環として、平民に交じって働く必要があったのだ。
その職場として、マリーの店が選ばれた。その選定は、ストリックランドの意向らしい。
「矯正魔法で、こんなに変わってしまうんですね……」
マリーは苦笑いしながらエレノアを見た。エレノアは恥ずかしそうに下を向いた。
「私のさじ加減で、控えめな性格にしたつもりなんだけどね……ちょっとやりすぎちゃったかも。まあ、もう悪さするようなことはないし、贖罪の意味も込めて、この店で働かせてあげてほしいんだ」
「マ、マリーさん、以前は本当に迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでしたっ……!」
エレノアはマリーに謝罪した。その態度の変容ぶりにマリーは戸惑った。
「い、いえ、もういいんですよ……」
「どうか……ここで働かせてもらえないでしょうか……?」
「……そうですね。わかりました、雇いましょう……」
マリーは戸惑いながらも了承した。
「マリーさん、ありがとうね。この子、物覚えは良い方だと思うから、たくさん働かせてやってね。それじゃあ私は行くから、さよなら!」
「は、はい……さようなら」
リタは馬車に乗って去っていった。
「マリーさん、や、雇っていただいて、ありがとうございますっ……!」
エレノアは何かにすがるようにマリーに感謝していた。
こうして、マリーは従順な店員を手に入れた。
色々思うところはあったが、少なくとも人手不足は解消されたので、よしとすることにした。




