第21話 処刑にはうってつけの日
「いい天気ね、ストリックランド。人生最後の日が晴天なのは、運が良かったと思わない?」
処刑場の待合室でエレノアは言った。
「めずらしく同感だ。雨に濡れて風邪はひきたくないからな」
手錠を付けられたストリックランドは、エレノアと目も合わせずに答えた。
「もうすぐ体調を心配する必要なんてなくなるわよ」
エレノアは笑顔だった。
「……さあ、時間よ。行きましょう」
二人は処刑場に出た。円形の広場が広がっている。
周囲にはぐるりと取り囲むように客席が並んでいた。
通常の処刑であれば、議員や、くじに当選した一般人が見物のため大勢座っているが、今回の刑の執行は秘匿して執り行われるため、だれもいない。
エレノアとストリックランドは処刑場の中央まで来た。
中央には、大きな斧を持った大男が立っていた。処刑人である。
「ふふふ……ご機嫌いかがかしら? ロベスピエール」
「……」
エレノアは寡黙そうな処刑人に声をかけたが、処刑人はエレノアを一瞥しただけで、何も答えなかった。
返事がなくともエレノアの上機嫌は変わらなかった。
今日この時をもって、厄介な政治的懸念事項が一つ消え去り、自らの権力がより盤石になるのだ。
「そこに跪きなさい、ストリックランド」
ストリックランドは黙って処刑人の足元に跪いた。
「さて、何か言い残したいことがあるかしら?」
エレノアは軽やかに聞いた。
「一つある」
「あら意外ね。『何もない』とか言うと思っていたわ。今日は機嫌がいいからじっくり聞いてあげる。言ってみなさい」
「……俺は本当に人を殺したのか?」
「あなたは外交官殺しの罪でここにいるのよ?」
「そう言う意味じゃない。もう最期なんだ、本音を言ってくれよ」
跪きながら、ストリックランドは懇願するように言った
「へえ……自分は死刑になるべきじゃないと主張したいの?」
「違うさ。……俺は今まで大勢の人間を相手に戦ってきたが、罪のない人間を殺したことなんて一度もなかった。ろくでもない生き方をしてきた俺の、数少ないポリシーなんだ。だから、本当のことを知りたい。今さら死刑に文句を言うわけじゃないさ」
エレノアは従順な様子のストリックランドを見て、意外に思った。もっとシニカルな反抗を見せるものだと思っていたからだ。
しかし実際のところ、この男が最期に望むのは、自分自身に対する尊厳を守ることのようだった。
私利私欲を最優先するエレノアにも、そういう美学が分からないわけではなかった。
「ふうん……ポリシーね」
そう言いながら、ちらりと横目で処刑人の方を見た。
処刑人ロベスピエールは、今まで誰とも口を聞いたことがないと評判だ。この寡黙な大男に何を聞かれたところで、特に問題はないだろうと思った。
「……いいわ、教えてあげる」
少しだけ迷ったが、彼女は真実を口にすることにした。
目の前の死刑囚の最後の懇願に、多少の憐れみを感じたのかもしれない。
「あなたは誰も殺してないわ」
エレノアが口にすると、少し間を置いてストリックランドは返事をした。
「……やっぱりそうだったか。それはよかった。なら誰が殺したんだ? お前自身か?」
「まさか、私はイワンに指示しただけよ。彼がどういう手段をとったかまでは把握してないけど」
「外交官ってのも、お前が後から任命しただけか?」
「ええそうよ、書類一枚用意すればいいだけだから、簡単なことよ」
「なるほど、よく分かった。もう満足だ」
「あらそう……。それじゃあ、お別れね」
エレノアは処刑人の方に目を向け、ストリックランドの首を刎ねるよう指示した。
しかし、処刑人はただ黙ったままで、何も動かなかった。
「何をしているの。あなたの仕事は罪人の首を刎ねることでしょう」
「残念ながら、それはできんな」
処刑人が口を開いた。
エレノアは彼が喋ったことに驚きを隠せなかったが、すぐさま反論した。
「何を言っているの!? 裁判の決定に従うのがあなたの役目でしょうが! あなたがやらないなら、私が直接やってもいいのよ!?」
「そこまでにしたまえ、大臣」
「はあ?」
その時、処刑人の身体から突然赤い煙が噴出しはじめた。
「一体なんなの!?」
エレノアが驚いていると、煙は処刑人の全身を包み込んだ。
そして煙が晴れると、そこには国王の姿があった。
「……国王陛下!? これは一体!?」
目を見開くエレノアに対して、国王は言った。
「さて……変身魔法でロベスピエール氏の姿になっていたのじゃが……ずいぶんと重大な話を聞いてしまったのう」
「……変身……魔法!?」
理解が追い付かないエレノアを尻目に、ストリックランドが口を開いた。
「国王陛下、ご協力ありがとうございます」
「フェイが言っておった『証言』というのは、まさしくこのことであったか」
だんだんと状況を理解してきたエレノアは、すかさず声を上げた。
「お、お待ちください陛下! 先ほどストリックランドに申したことは、すべて虚言でございます! 死を迎える罪人を憐れに思って、作り話を聞かせたまでです!」
「なるほど、その言い分も一理あるのう……」
その時、処刑場に声を荒げながら入ってくる人物がいた。
「国王陛下!」
それはリタだった。書類を抱えながら、近づいてきた。
「リタ!? 邪魔しないでちょうだい! 今重要な話を……」
「陛下、こちらをご覧ください!」
リタはエレノアを無視して、数枚の書類を国王に渡した。
「これは?」
「こちらは、エレノア大臣が被害者の男を外交官に任命した書類です。もう一つは、ストリックランドの犯行が記録された調査書の一部ですが……」
リタは書類の一部の箇所を指さして、国王に説明しはじめた。
「不自然な記載があります。被害者が外交官に任命された日時は、ストリックランドが殺人を犯したとされる日よりも後なんです」
「なるほど……確かに妙じゃのう。これでは外交官を殺したという事実と食い違いが起きてしまうな」
「リタ、なぜあなたがそんな資料を……!」
エレノアは焦りはじめた。なぜリタがそんな資料を持っているのか。
やり方は分からないが、執務室から探して持ち出したに違いない。ストリックランドがリタの釈放を要求したのは、このためだったのかと気づいたものの、今さら遅かった。
「国王陛下、いかがでしょうか……?」
リタが恐る恐る聞くと、国王はゆっくりと口を開いた。
「ストリックランドよ、顔を上げて立ち上がるとよい」
「……ありがとうございます。陛下」
そう言われたストリックランドは、片膝をついた体勢で国王に頭を下げた。
「しかし、これでお主の潔白が完全に証明されたわけではない。とはいえ、本日の処刑を取りやめ、捜査をやり直す必要はあると言えるじゃろう」
そう言いながら、国王は目線をストリックランドからエレノアに移した。
「さて、エレノア・ジュガーノフ大臣」
「は、はい……」
エレノアは磔にされたように怯えていた。
「わしは、お主をいくつかの重大な容疑で拘束せねばなるまい。大人しく協力してくれるな?」
「……承知……いたしました」
エレノアは顔を真っ青にして言った。
その後、彼女は衛兵たちに拘束され、牢屋へと連行された。
皮肉にも、そこはストリックランドが捕まっていたのと同じ檻だった。




