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第20話 作戦開始

「無事釈放されたようだな、リタ」

「まあね」

「ご無事で何よりです」


 自由の身になったリタは、人目につかない街角で、フェイとルーチェと落ち合った。


「さて、時間もないし始めようか」

「それじゃあ、頼むわよ、ルーチェ」

「は、はい……。いきますよ……」


 ルーチェは両手をリタの方に向けた。


「『変身奇譚メタモルフィア』」


 そして呪文を呟くと、彼女の指先から赤い煙が吹き出し、リタの全身を包んだ。


「すごい煙ね」

「言い忘れてましたけど吸い込まないでくださいね……むせますよ」

「げほっ、げほっ……!」


 煙が晴れると、そこにはエレノアの姿があった。変身魔法により、エレノアの見た目に変わったのだ。


「……できました」

「ははは、間違いなくエレノアの姿だな。気分はどうだ、リタ?」

「……ほんとにあの女の姿になってる。嫌だわぁ……」


 リタは手鏡で自分の姿を確認しながら言った。


「その姿で人目につくと面倒だからな、しばらくはこれを羽織れ」


 フェイはリタに外套を渡した。

 リタはそれを着ると、フードを被って顔を隠した。


「私の方はこれで準備完了ね」

「じゃあ次は俺の番だな。王のところに行ってくるよ」

「頼んだわよ」

「……私はここで待機してますね」


◆◆◆


「突然の訪問、申し訳ございません。緊急の用件があって、こちらに参りました」


 フェイは謁見の間で、兵士らに囲まれながら国王に向かって跪いていた。

 突然の来訪者に対しても、国王は気を悪くすることなく接した。


「フェイよ、久方ぶりであるな。調子はどうだ」


 白い顎髭を撫でながら、国王は言った。


「おかげさまで、元気でいられております」

「さて、用件とはなんだ?」

「実は、内密な話でございますので、二人だけでお話しさせていただけませんでしょうか」

「ほう、ここでは話せんか……」

「勇者ストリックランドの件です」

「……なるほど、良いだろう」


 ストリックランドの件と言われ、国王は何かを察した。

 ストリックランドの事件については、公には秘密であるが、国王はもちろん把握している。

 剣士フェイがどこで彼の件を知ったのかは分からないが、この件に物申したいという心情に、国王は理解を示した。


「別室に移動しよう」

「感謝いたします」


 フェイは、国王がよく作業に利用している小さな一室に案内された。


「さて、どこまで知っておる?」

「明日、ストリックランドの死刑が執行されるというところまで」

「まったく、優秀な情報筋を持っておるようじゃのう……」


 国王は困った表情で言った。


「それで、お主の意見は?」

「率直に申し上げますと、私は彼の罪に関して強く疑問を持っております」

「なるほど……」

「陛下はどう思われているのですか?」

「国王という立場においては、何も言えん。ただし個人的な意見としては……お主と同じじゃ」

「それでは……」

「待て、その先を言ってくれるな。たとえ王の立場であっても、法の決定を覆すなど容易にはできん。いや、王だからこそ、法を尊重せねばならんのだ」

「おっしゃる通りです……」


 国王は窓の外を見た。そこには王の庭があり、剣を持って訓練する兵士たちが見えた。国王の一声で、あの兵士たちは何者に対してもその刃を振るうことになる。

 権力は、適切な形で運用されなければただの暴力に成り下がる。

 国王は自身の権力の強さを十分に理解している、それを安易に使ってはならないことも。


「ですが、ストリックランドの無罪を裏付ける証言と証拠があったとしたらいかがでしょう?」

「証言と証拠? ほう、そのようなものがあるのかね」


 国王は訝しげに言った。

 それに対して、フェイは毅然と答える。


「今は用意している段階ですが、その時に必ずお見せいたします」

「その時とは?」

「まさしく、『その時』ですよ」


 フェイは国王に向かって微笑んで言った。


 そして彼は、魔族ルーチェの存在と、ストリックランドからの作戦について、国王に話しはじめた。


◆◆◆


「なるほど……それが上手くいったなら、わしも王として黙ってはいられんな」


 フェイからの話を聞き、国王は髭を撫でながら言った。


「必ず上手くいくと信じています」

「とにかく、言われた通り協力はしよう。正直なところ、わしもエレノア大臣に対しては、少々やり過ぎなところがあると思ってはいたのだ。この件をきっかけに、彼女の真意を見極めねばならんな」

「ありがとうございます」

「それに、魔族との関係に関しても、一考の余地があるらしい。ストリックランドのことが上手く解決したのならば、是非とも前向きに検討しよう」


 フェイは深々と頭を下げた。

 こうして、国王との謁見は終わった。


 フェイが王城を後にしようとした時、懐かしい声が聞こえた。


「あら、フェイじゃないの」


 それは、エレノアだった。


「やあ、エレノアじゃないか。久しぶりだな、魔王討伐の時以来か?」

「王に用事があったみたいね……? なんでもストリックランドのこととかで」

「まあ、な」


 フェイはあえて含みを持たせたような言い方をした。


「一体何を話したのかしら?」


 エレノアは笑顔で言った。しかし、目は笑っていない。明らかに警戒している様子だ。

 フェイは、まもなくストリックランドが死刑になるというタイミングで王のもとに現れた自分が、怪しまれているのだろうと思った。


「気になるかい? まあせっかくだし散歩がてら話さないか?」

「散歩がてら? まあいいけど……」


 フェイは「かかった」と思った。ここでエレノアを城から連れ出すのが、作戦のうちの一つだったからだ。


「どこから話そうかな……ああそうだ、せっかくだし、東国の土産話も少しあってな……」


 フェイは適当な話をふっかけた。時間が稼げるなら何でもよかった。


◆◆◆


「あれじゃないですか?」

「本当だ! 作戦通りエレノアを連れ出してる!」


 王城から出て来たフェイとエレノアの二人を、遠くからリタとルーチェは見ていた。


「よし、こっからは私のターンね」

「わ、私は外で待機してます……」


 変身魔法によってエレノアの姿になっているリタは、本物のエレノアと入れ違うように王城に向かった。

 門番をしている兵士に止められたが、フードを取って顔を見せると、「大臣殿! 失礼いたしました」と言ってリタを通した。


 王城に入ることができたリタは、エレノアの執務室へと向かった。


「エレノア様、お帰りなさいませ」


 執務室に入ると、エレノアの従者であるイワンが話しかけてきた。


「えっと……ごきげんよう、調子はどうかしら?」


 リタは、エレノアの口調や雰囲気を思い浮かべ、それを真似しながら話しかけてみた。


「調子といいますと……ストリックランド氏の件ですか?」

「……! そうよ、その件についてだけど……」

「刑の執行は、予定通り明日行われる手はずになっておりますが」


 リタはこのタイミングだと思い、話題を切り出した。

 

「ストリックランドの罪状の件で、私たちが不利になるような資料が残ってないかしら?」

「罪状というと、外交官殺しの件ですよね。エレノア様の指示通り、面倒になりそうな証拠はあらかた処分しましたが……」

「本当に? 少しでも何か残ってたりしないわよね……?」


 リタはすごんだ態度でイワンを見つめた。

 イワンは萎縮し、目を背けながら考え込んだ。


「えっと……何もないはずですが……あっ、そういえば、あの殺した男を外交官に任命した書類があったかもしれません……! 申し訳ありません! すぐに処分しておきます!」

「なるほど、まあいいわ……その書類、念のため確認するから、寄こしなさい」

「は、はい……こちらの書類です」


 リタは、恐る恐る渡された紙を手に取り、内容を確認した。

 そして、これならいけるかもしれないと思った。


「これは私の方で処分しておくわ。仕事を続けてちょうだい」

「かしこまりました」


 そう言ってリタは部屋を後にした。


◆◆◆


「……ということが東国であったんだ。ストリックランドにも聞かせてやりたくて、王に居場所を知らないか聞いてみたんだが、残念ながらご存じないようだった」

「ああ、そう……」


 王城の周りを散歩しながら、フェイはまくしたてるようにエレノアに話かけていた。


「まあ、分かったわ……私はそろそろ仕事があるから戻るわね」


 エレノアは安心した。

 話を聞いた限り、フェイが国王と話したストリックランドに関する話題は、ほとんど雑談のような大したことないものであった。

 そして、明日の処刑を邪魔される恐れはないだろうと判断した。


 一方でフェイは、王城の方に目を向けていた。すると、フードを被った人物が出てくるのが見えた。あれはリタに違いない。予定通り、彼女は重要な証拠を手に入れたはずだ。

 であれば、もうエレノアに対する時間稼ぎは必要なくなった。


「ああそうか。じゃあな、エレノア」


 フェイはそう言って、王城の方へ戻るエレノアに手を振った。エレノアは返事もせず去っていった。


◆◆◆


 各々の役目を果たし、リタ、フェイ、ルーチェは再び落ち合った。


「上手くいったか? リタ」

「ええ、これが証拠になりそう。そっちは?」

「王は協力してくれるそうだ」

「よし、ここまでは順調ね」

「あの……我々との関係については……」

「ストリックランドの件が解決したら、穏健派魔族との協力も前向きに検討してくれるらしい」

「それはよかったです!」


 三人はひとまず安堵した。ここまでは予定通り動いている。あとは当日を迎えるだけだと思った。

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