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第18話 勇者裁判

「調子はどうかしら? ストリックランド」


 翌朝になって、エレノアが檻の中のストリックランドの様子を見に来た。


「調子だと? ふん、見ての通り絶好調だ」

「もうすぐあなたの裁判よ。覚悟しておくことね」

「分かってるさ」

「あなたの名誉と、市民への影響を考慮して、裁判から刑の実行までは内密に行われるわ。ありがたく思うことね」

「どうでもいいことだ」


 ストリックランドは檻にもたれかかりながら答えた。

 彼は、間もなく自分の裁判が開かれるということで、内心煩わしさを感じていた。

 どうせ結果は決まっているのだから、長々としたやり取りなどすべて茶番だろうと思っていた。


◆◆◆


 そうして午後になると、裁判が始まった。


「被告人サイラス・ストリックランドは、1146年5月7日、午後6時ごろ、ヴェルデ郡郊外の飲食店において店員として働いていたところ、客として訪れた外交官ジャコバン氏に対し暴行をはたらき、同氏を殺害したものである」


 検察官は起訴状を読み上げると、ストリックランドに「起訴状の内容を受け入れるか」と聞いた。


「否認する」


 彼は起訴内容を否定し、弁論が始まった。


「そもそも、被告人には動機がありません」


 ストリックランドの側についた、国選弁護人である中年の男が言った。


「彼はただ、真面目に店員として働いていただけです。被害者である外交官とは面識もなく、殺害に至る理由がありません」


 弁護人はまるで台本を読むかのような口ぶりでそう続けると、検察官の方をチラ見した。


 すると検察官は、こちらもまた予定通りと言わんばかりの様子で、ストリックランドの過去の素行に関する資料をいくつも提示し、彼がいかに危険な人物であるかを説明しはじめた。


「……このように、被告人は幼少期から乱暴な行動が目立ち、周囲と軋轢を産んでいました。とりわけ、魔王討伐後の被告人は自堕落な生活を続けており、粗暴な言動もうかがえることから、反社会的な性格であることは疑いようもありません」


 検察はストリックランドの人物像をそのように評し、さらにこう続けた。


「また、最近は金に困窮しており、街を徘徊する様子も確認されています。このことから、社会への不満が相当溜まっており、地位の高い者を殺害する意図を持ったと思われます」

「……散々言ってくれるな」


 ストリックランドは苦笑いしながら小声で呟いた。


「被告人は許可なく喋らないように」


 裁判長はすかさず言った。


「おい弁護人、代わりに頼むぞ……」

「……」


 ストリックランドは弁護人の方を見て言ったが、弁護人の男は彼と目も合わせず黙り込むばかりであった。


 ストリックランドは「やはりそうか」と思った。

 ここにいる裁判長や検察、そして弁護人さえも、エレノアの息がかかっている者ばかりなのだ。

 極刑に追い込まれるのは既定路線であり、これはただ、建前として行われるだけの裁判に過ぎないのだと悟った。


 その後も、裁判はストリックランドにとって一方的に不利に進んだ。


 検察官はこれでもかというほどにストリックランドの人格をこきおろし、彼がいかに危険で反社会的な人間であるかを力説しつづけた。


 一方で弁護人は、一応の反論は何度か見せたものの、その言葉は説得力に乏しく、むしろ検察からの突っ込みどころを用意しているかのような弁解ばかりであった。 


「被告人は何か申したいことは?」


 検察官と弁護人の茶番じみた言い合いが一区切りついたところで、裁判長が言った。

 ようやく自ら反論できる機会を与えられたストリックランドは、こう答えた。


「そもそも、大事な事実が無視されてる。被害者が外交官だったかはともかく、『強盗』だったのは間違いない。だから追い払ったまでだ。そのことが暴行罪にでもなるなら、それは認めるが」

「被害者が強盗だった? そんな事実は確認されていませんね」


 検察官が反論した。


「証人がいる。店の店主と、もう一人別の客もいた」

「では、なぜここにその証人がいないのですか?」

「これは秘匿された裁判で、俺はずっと拘束されて外と連絡も取れないでいたんだ。証人なんて呼びようがないだろ?」

「なるほど、とにかく、証人を用意できないということなら、被告の主張を裏付ける根拠はありませんね」

「おい、ふざけるな」

「裁判長、被告の主張は認められませんよね?」


 検察は飄々とした顔で裁判長を見た。


「検察官の言うとおり、証人がいないのであれば、被告の主張は認められない」


 裁判長はなんの感情も読み取れないような表情で言った。


 ストリックランドは呆れ返った。もはや時間の無駄だと思った。


 そして、裁判の最後に判決が言い渡された。


 「被告人を、『死刑』もしくは『矯正刑』に処す」


 矯正刑とは、矯正魔法によって人格を無理やり矯正させられる刑罰である。


 矯正魔法は、かけられた者に対する負担が大きく、脳に後遺症が残る可能性もあることから、一般的な使用は禁止されている。

 今回のように罪人に対する刑罰や、一部の患者に対する治療目的においてのみ、使用が認められている。


 一見すると死刑よりはましに思える矯正刑だが、ストリックランドは簡単には飛びつかなかった。

 矯正魔法によって、エレノアの従順な部下にさせられ、一生こき使われるのが目に見えていたからである。それは、捻じ曲げられた人格という檻の中で、惨めに生涯を終えるも同義だった。


「俺は死刑を選ぶ」


 彼は裁判長に向かって言った。

 それ以外、ストリックランドは何も言わなかった。


 そうして裁判は終わった。

 弁護人の中年の男は、「まあお気の毒に」と言いながらストリックランドの肩を叩くと、そそくさと法廷を去っていった。


◆◆◆


「判決、死刑だってね……」


 牢屋に戻ったストリックランドに、リタが言った。


「ああ、まったくふざけた話だ」


 するとそこに、エレノアが再びやってきた。


「ふふふ……死刑を選んだのね、ストリックランド」

「また様子を見に来たのか? 俺のことが気になって気になって仕方がないんだな」


 エレノアはいつものように、不敵な笑みを浮かべていた。


「刑の執行は明日よ。私に言い残したいことがあるなら言っておくことね」

「悪いが、お前と楽しくお喋りする気にはならんな」

「あらそう。じゃあ私は忙しいから行くわね。明日また会いましょう、ストリックランド」


 そう言って、エレノアは去っていった。


 しかし、しばらくして、再びエレノアが従者を連れて牢屋に入ってきた。


「おいおい、また来たぞこいつ……。お前、暇なのか?」

「……」


 ストリックランドが話しかけても、エレノアは何も言わず彼のことを見つめていた。


「何だこいつ……」

「ちょっと、席を外してもらえるかしら?」


 エレノアは、見張りの兵士に向かって言った。

 兵士が去っていくのを見届けてから、エレノアは再度ストリックランドの方を見て、こう言った。


「久しぶりだな、ストリックランド」

「はあ?」

「ルーチェ、魔法を解いてくれ」


 エレノアは従者に向かって言った。 

 ストリックランドは不思議に思った。エレノアの口調が妙だ。

 それに、確か従者の名前はイワンだったはずだ。


「はい」


 そう言って、従者は指をパチンと鳴らした。

 すると、エレノアと従者の体が突如、赤い煙に包まれた。

 そして、煙が晴れると、そこにはフェイとフードを深く被った女の姿があった。


「な……! お前、フェイじゃないか!?」

「ちょっと待って!? 今のってもしかして変身魔法!?」


 ストリックランドとリタは驚いた。目の前にはかつての仲間と、もう一人知らない女が姿を現したのだ。


「二人とも、驚いてるようだな」

「やるじゃないかフェイ。まさか変身魔法なんて使って潜入してくるとはな」

「あ、ありえないわ……。この国にそんな魔法使える人いるわけないのに……」


 感心するストリックランドに対して、リタはぶつぶつと独り言を口にしていた。


「ところで、隣にいる女は何者なんだ?」


 ストリックランドはフェイに言った。


「ああ、紹介するよ。彼女はルーチェ。見てもらった通り、変身魔法の使い手なんだ」

「よ、よろしくお願いします……」


 ルーチェは自信なさげに挨拶をした。


「あなた、一体何者なの? 東国のすごい魔術師の人?」

「あ、いえ……私はですね……」


 リタの関心はルーチェに向いた。この大陸で変身魔法を使える人物など、聞いたことがなかったからだ。


「ルーチェ、見せてやれ」

「そ、そうですね……」


 そう言って、ルーチェはゆっくりとフードを取って、自分の顔をすべて見せた。


「あ、お前!」

「あなた、まさか!?」


 そこにあったのは、赤色の短い角と、とがった耳だった。

 いずれも、魔族の特徴だった。


「は、はい……見ての通り、私は魔族です。以前まで、魔王軍の四天王の一人として活動していました」

「魔族……! おまけに四天王だって!?」

「お、落ち着いてください……! 私は、人間の皆さんの味方なんです!」

「味方だと?」

「味方って……」


 ストリックランドとリタは顔を見合わせた。


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