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第15話 勇者、逃げる

 急に泳げるかと尋ねられ、エレノアは困惑した。


「何の話かしら?」

「だから、泳げるかどうか聞いてるんだ」

「……一応、泳げるわよ」

「よかった、なら最悪、溺れることはないな」

「??」


 急に饒舌になったストリックランドに、エレノアは理解が追いつかなかった。


「お前、こういう閉鎖空間なら自滅を恐れて大規模な攻撃魔法は使わないと踏んだんだろうが……思い違いだったな。俺は最近魔力の制御が上達したんだ、見せてやるよ」

「……ちょっと、あなたまさか! イワン、馬車を止めなさい!」


 エレノアはストリックランドの意図に気づき、従者の男に向かって叫んだが、遅かった。


「『断章の雷撃(フラグメント)』」


 ストリックランドは両手に魔力を込めて、高等魔法の呪文を呟いた。

 すると突如、馬車の上に雷雲が発生した。そして、雷雲から馬車の屋根に向かって、一本の雷が落とされた。

 けたたましい爆音とともに、車体がバラバラに破壊される。

 馬車を率いていた従者と二頭の馬は、吹き飛ばされて橋の上に転がった。馬はすぐに逃げ出した。


「うう、けほ……けほ……ストリックランドのやつ!」


 地面に突っ伏した状態のエレノアが悪態をついた。彼女は、とっさの判断で魔法による防御結界を張り巡らせたため、なんとか無事だった。


 周囲に火花と土煙が舞う中、エレノアは目を凝らした。ゆっくりと立ち上がるストリックランドの姿が見えた。


「まずは、脱出成功だな」


 そう言いながらストリックランドは、両手にかかっていた手錠を力づくで引きちぎった。


「あなた! これは立派な殺人未遂よ!」


 エレノアが叫んだが、ストリックランドは意にも介さなかった。

 彼は何も答えず、右の拳を高く振り上げた。

 そして、右手に渾身の魔力を込め始めた。右拳に赤い稲妻が走り、まばゆく光り出す。


「あいつ、まさか……!」


 彼の意図に気づいたエレノアが、ストリックランドから離れるように向こう岸へと走りはじめた。その様子を見た従者の男も、同様にエレノアの後を追った。


「『弾劾の一撃(レッドインパクト)』!」


 そう言って、高く上げた拳を、足元向かって振り下ろした。魔法と武術が一体となった彼の大技だ。狙いは橋そのものである。

 凄まじい爆音とともに、ストリックランドの拳が橋に衝突した。

 衝突箇所から、爆発したようにレンガが飛び散り、ぽっかりと空洞が生み出される。赤い稲妻が橋に伝わり、その個所からさらに橋が崩壊していく。

 ただの高威力のパンチではない。破壊の魔法が含まれた一撃だ。橋はストリックランドが立っていた中央から、連鎖的に崩壊しはじめた。


「はあっ……はあ……」

「エレノア様! 速く走ってください!」

「イワン、私を追い抜いてんじゃないわよ!」


 エレノアとその従者は、後ろから崩落が迫る中、必死に走った。橋が完全に崩壊する直前に、なんとか向こう岸にたどり着いた。

 ストリックランドも、同様に反対側に走って岸にたどり着いた。

 両者は、崩落した橋を挟んで睨み合う形になった。


「エレノア! 溺れなくて良かったな!」


 ストリックランドは、向こう側にいるエレノアたちに向かって声を上げた


「ストリックランド! 実力行使で挑もうとはいい度胸ね! こっちも容赦しないから覚悟することね!」


 エレノアの怒りを無視して、ストリックランドは去っていった。

 しばらく走って、彼は再びマリーの店にたどり着いた。


「マリー!」

「……! ストリックランドさん!? どうしたんですか!?」

「逃げてきた」

「逃げてきたって……大丈夫なんですか……?」

「大丈夫じゃない。だから、またすぐに捕まりに行く予定だ」

「??」

「マリー、紙とペンはあるか? 手紙を書きたい」

「え、えっと……ありますけど」


 マリーは突然のストリックランドの来訪と彼の発言に理解が追い付かなかったが、ひとまず彼の言う通り、紙とペンを用意して渡した。

 ストリックランドはそれを受け取ると、手紙を書き始めた。

 しばらくして書き終えると、手紙の最後に自分のサインをしたため、マリーに渡した。


「マリー、頼みがある。これを、冒険者ギルドのアシュリーという受付嬢に渡してほしい」

「……これで、ストリックランドさんは助かるんですか?」

「正直、確証はない。だが、解決の糸口にはなるはずだ」

「……分かりました。しっかりお届けします……!」

「すまないが、そろそろ行かなくては」

「もう、行ってしまうんですね……」


 マリーは胸に穴が空いたような寂しさを覚えた。

 ストリックランドが行ってしまう。

 伝説の勇者様は、思っていたよりも荒々しく、無器用で、人間臭かった。

 しかし、彼は紛れもなく、信念の人だった。

 だからこそ彼女は、彼の意志を尊重したいと思った。


「また、店員として戻ってきてくれますか?」


 マリーは、なんとなく答えが分かっている問いかけをした。


「すまないが、約束はできない。この件が片付いたとしても、俺は、新しい使命を見つけてしまうかもしれない。そんな気がするんだ」

「そうですか……。なら、お客さんとして来てくれますか?」

「分かった。約束しよう」

「ふふふ、ありがとうございます」


 マリーは笑顔で言った。


 そうして、ストリックランドは別れを告げて去っていった。


 ストリックランドが行った後、マリーは冒険者ギルドへ急いで向かった。

 そして、ストリックランドが言っていた受付嬢アシュリーを見つけると、彼女に手紙を渡した。


 手紙を読んだ受付嬢は、表情を変えた。


「はわわわ、ストリックランド様が大変なことに……! すみません私仕事ができてしまったのでそちらの対応をさせていただきますねっ!」


 早口でそういうと、受付嬢はギルドの奥へ去っていった。


 少しして、冒険者ギルド内にアナウンスの放送が流れた。


「緊急クエストの連絡です。依頼主は、勇者ストリックランド氏。依頼内容は『剣士ヤン・フェイ氏の捜索』です。受注したいパーティはすぐに受付まで来てください!」


 あのストリックランドからの依頼ということで、ギルド内の冒険者たちはどよめいた。フットワークの軽い何人かの冒険者は、すぐに受付へ行き、受注手続きをしはじめた。


「ストリックランドさん、どうか助かってください……」


 その様子を見て、マリーは小さくつぶやいた。


◆◆◆


「エレノア様、憲兵団の準備が整いました」

「分かった、すぐに行くわ」


 ストリックランドに一杯食わされたエレノアは、王都に戻り、彼を捕まえるための部隊を編成していた。

 従者の呼びかけで、エレノアは部屋から出て王庭に向かった。


 エレノアは、ストリックランドに逃げられてしまったものの、むしろこれは都合がいいと思っていた。

 元々、外交官殺しという罪状はあったが、それだけでなく、大臣に対する殺人未遂と、重要な社会インフラである橋に対する攻撃という罪を追加することができたからだ。

 これなら、ストリックランドを極刑にすることさえできると思った。

 あれほどの才覚を失うのは王国にとって痛手ではあるが、自分の思い通りにならない人間など、存在しない方がいいと彼女は思っていた。 


 王庭にたどり着くと、そこには、憲兵団の中でも選りすぐりのエリートたちが、二十人ほど整列していた。

 選抜されたメンバーは、一人一人が歴戦の猛者であり、並みの冒険者が束になっても敵わないほどの実力者だ。


「なかなか良い顔ぶれじゃない」


 エレノアは彼らを見て、これならストリックランドとも同等に戦えるだろうと思った。


「あの、エレノア様……!」


 不安げな表情の兵士が、エレノアに向かって言った。


「何かしら?」

「本当に、あのストリックランド氏と戦うことになるのでしょうか……? もし武力衝突になった場合、我々でも一筋縄ではいかないかと……」

「なに弱気なこと言ってるのよ! 敵がどんなに強大でも立ち向かうのが憲兵団でしょうが!」


 エレノアは発破をかけたが、兵士たちはどこか落ち着かない様子で互いの顔を見合わせていた。


「エレノア様……!」


 別の兵士が声を上げた。


「今度は何?」

「今回の出陣には、エレノア様もご同行なさるようですが、万が一、エレノア様がストリックランド氏に人質に取られた場合、どうすべきでしょうか?」

「そうならないようにするのがあなた達の仕事よ!」


 できればエレノアには部屋で大人しく待っていてほしいという兵士の思いは伝わらなかった。


「あの、その……エレノア様」

「まだあるの!? 怒るわよ!?」

「ストリックランド氏が、後ろにいるのですが……!」

「はあ!? なに言って……」


 エレノアがそう言って後ろを振り向くと、そこにはストリックランドが立っていた。


「よう、エレノア」

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