第14話 王都まで
「あなたを逮捕した理由? だから、さっきも言った通り、外交官殺しの容疑で逮捕したのよ」
「なるほど……あくまで建前は崩さないスタンスか。わかった、質問の仕方を変えよう。俺が野放しでいると、どんな不都合が生じるんだ? 頼む、教えてくれ」
「ふふふ……いい態度ね。それなら特別に教えてあげるわ」
エレノアは足を組んで説明しはじめた。
「ドゥエック将軍を知っているかしら?」
「ドゥエック将軍……? 確か、魔王軍四天王のうちの一人だったよな」
「そう、私たち魔王討伐パーティは、彼を取り逃してしまった」
「ああそうだ。四天王のうち、二人は行方知れずだ。ドゥエックじゃない方は、名前すら分かってない」
ストリックランド率いるかつての魔王討伐パーティは、四天王のうち二名は討伐したが、ドゥエック将軍含む二名は倒すことができなかった。
ドゥエック将軍は狡猾な男で、彼はストリックランドたちを相手にして負けそうになると、味方を囮にして逃げ出したのだ。
また、ドゥエック将軍ではないもう片方の四天王については、ストリックランドたちは出会うことすらなかった。この不明な四天王に対して、王国は依然として調査と捜索を続けている。
「実は最近、そのドゥエックの動向が判明したのよ」
「どうせ、魔王軍を再編して人間たちに戦いを挑もうとしてるとかだろ」
「ええ、その通りよ。ドゥエックは再び王国に喧嘩を売ろうとしているの」
「で、そいつと俺に何の関係がある?」
「分からない? 魔王討伐パーティと同様に、近いうちにドゥエック討伐パーティが編成されるでしょうね」
「だろうな。……つまり、俺がそのメンバーに選ばれると?」
「はあ……その可能性が高いのよ。あなたは魔王討伐パーティで活躍した実績があるものね……」
エレノアはため息まじりに言った。
「それがお前にとってどう困るっていうんだ?」
「あなた、政治の話は分かるかしら?」
「興味ないな」
「でしょうね。まあ、教えてあげるわ……討伐パーティが遠征するには、多大な資金とマンパワーによる支援が必要なのは知っているわよね?」
「ああ、パーティ単体の力じゃどうにもならないことも多い」
「そこで問題になることがあるのよ。パーティを支援するのは主に王国の貴族たちよね、いわばスポンサーよ。スポンサーには、恩返しをしなきゃいけないわ」
そう言って、エレノアは足を組み直した。
「たとえば私の場合、魔王討伐に貢献した見返りとして、国王から大臣の職を貰ったわけだけど、その後、私を支援してくれた貴族たちに、大臣の権限を使って色々と便宜を図ってやったわ」
エレノアの言う便宜とは、貴族たちを要職に任命したり、彼らの不祥事を揉み消したりといったことだった。
「俺はそんなことしてないぞ」
「ええそうね。あなたを支援していたのは、ほとんどが平民派の議員だったもの。具体的な見返りよりも、同じ平民であるあなたが勇者として活躍してくれれば、それで良かったんでしょうね」
「そういうもんなのか?」
「あなたが活躍するだけで、あなたを支援してた平民派は勢いづくし、貴族たちも彼らの声を無視しづらくなるの。影響力とはそういうものよ」
「……なるほど」
ストリックランドは納得した様子だった。
「討伐パーティに誰が選ばれるかは、議会のパワーバランスに影響するのよ、貴族派と平民派のね」
「話が分かってきたぞ……つまりお前は、俺が平民派の支援のもとドゥエック討伐パーティに選ばれて、活躍するのを阻止したいわけだ。これ以上、平民派の議員を調子に乗らせたくないんだろう?」
「あら、理解が早くて助かるわ。その通りよ」
ストリックランドは辟易した。人間に害をなす魔族がいるなら、それが魔王であれ四天王であれ、とにかく人々は結託して倒すべきだ。それなのに、議会のパワーバランスがどうといった話が裏で動いてるなんて、馬鹿げていると思った。
しかしここで、かつての冒険者パーティの仲間である、剣士と魔術師のことが気にかかった。彼らも貴族ではなく、平民の身分だ。そして、実績を考慮すればドゥエック討伐パーティに選ばれる可能性は十分にある。
「エレノア、お前まさか、フェイやリタにも手を出していないだろうな?」
「あら、察しがいいのね。リタの方はすでに牢獄であなたを待っているわ」
「お前……!」
「フェイの方は見つからなかったけど、あの賢い男が私を敵に回すような真似はしないだろうから、大丈夫でしょう」
「ふざけた真似してくれるな……」
「あら、安心して。ドゥエック討伐が無事完了すれば、あなたもリタも解放してあげるわ」
「信じがたいな」
「本当よ、本当」
エレノアの軽薄な態度は到底信用ならなかった。しかし、今ここで抵抗したところで、事態を好転させられる気がしなかったため、ストリックランドは大人しくしていることにした。
「エレノア……お前は一体何を目指しているんだ?」
「目指す?」
「そこまでして権力に固執して、その先に何があるっていうんだ? 王にでもなるつもりか?」
「……そうねえ、特別に教えてあげてもいいわ」
エレノアは窓の外を見ながら語りはじめた。
「私はね……『暴力』が嫌いなのよ」
「暴力?」
「ええ、血生臭くて汚らわしい『暴力』がね。できることなら、この社会から徹底的に暴力的なものを排除したいと思ってるの」
「平和主義者みたいなことを言うんだな」
「自分で言うのもなんだけど、私はただ不愉快なものを無くしたいだけ。……暴力は、争いに必要とされて生じるわ。だから、争いそのものを無くしたいの。そのためには、世界が完璧に統治される必要があるわ」
「完璧な統治だと?」
「ええ、どんな争いも対立も許されない、素晴らしい世界よ。私はそういった世の中を作るために、強大な権力を手に入れたいの。素敵な夢でしょう?」
エレノアの語る夢に対して、ストリックランドは嫌悪感を覚えた。
彼は政治の話は詳しくないが、暴力については専門家である。彼にしてみれば、エレノアの言う完璧に統治された社会とは、圧倒的な暴力でその他の暴力を抑え込んだ状態にすぎない思った。
「お前が目指す世の中ってのは、ずいぶんと息苦しそうだな」
「それは、あなたが冒険者だからでしょう?」
「冒険者はもうやめた」
「そういう意味じゃないわ。あなたは根っからの冒険者よ」
「……」
エレノアの言葉が、ストリックランドの胸に突き刺さった。
マリーにもかつて似たようなことを言われた。やはり自分は、冒険者以外の生き方はありえないのだろうか。
冒険者ギルドを去ったのは、新しい生き方を見つけるためだったはずだ。
しかし今、こうしてエレノアに拘束されている状況を俯瞰すると、もはや自分が何者なのかも分からなくなってくる。
ストリックランドがふと外を見ると、馬車が大きな橋に差しかかったのが分かった。
この橋は、かつてマリーと馬車に乗っていた時に通った場所である。しかし、今は逆方向だ。
マリーの店からずいぶんと離れたところに来たことで、ストリックランドは、自分がもうレストランの店員でないことを、より一層強く自覚した。
彼は、胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちになった。これから向かう暗い牢獄で、一生を終えるような気さえした。
◆◆◆
「……それもこれも。勇者様が平和をもたらしてくれたおかげです!」
◆◆◆
ふと、かつてマリーが口にしていた言葉を思い出した。
光が見えた気がした。
自分が何者なのか、自分だけで考えても仕方がなかった。答えは他者との間にある。そういうことだったのかと彼は思った。
自分は「勇者」だ。勇者ストリックランドだ。
急に、彼の心の中に炎が灯った。
小さいが、決して消えることのない火だ。
その火に手をかざすと、彼の中に使命感が湧いてきた。
エレノアの野望を止めなくてはならない。
彼は、今のこの状況から逃れるだけでなく、エレノアの窮屈な夢を阻止しなければいけないと思いはじめた。
馬車は、橋の真ん中あたりに差しかかった。
やるなら今だ、とストリックランドは思った。
「エレノア、お前、泳げるか?」
「はあ?」
ストリックランドはニヤリと笑って言った。




