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第11話 招かれざる客人

 それは、ある日の出来事だった。


 今日もレストランはいつも通り営業している。時刻は昼下がりを少し過ぎたところで、今は客が一人しかいない。

 ストリックランドは酔っ払いの常連客と雑談をしていた。


「あんた、いつも酔っ払ってるな。昼間から飲み過ぎなんじゃないか?」

「ほっほっほ、気にするな若者よ。ここの酒は美味いからな。だからほら、何も問題です!問題ないじゃろう!」

「何言ってるんだ、飲み過ぎだろ……」


 ストリックランドと話しているのは、しょっちゅうこの店にやってくる酒が好きな老人である。

 つねに酔っ払っており、妄言ばかり口にする愉快な男であった。

 出身や職業も不明だが、べろんべろんに酔っ払った彼の口からは、自分は王都で働いていた高級官僚だったのだとか、今は特別な任務のために酒を飲んで酔っ払っているのだとか、到底真実とは思えない言葉が出てくるので、ストリックランドも、他の常連客も、彼の出自については聞かなくなった。

 金払いは良いので、マリーは彼のことをありがたがっていた。


 そんな時、新たな客が入ってきた。全身黒い服装の男で、どこか冒険者風の装いに見えた。

 ストリックランドは彼を案内したが、どこかその客から不吉な予兆を感じ取った。

 しかし、相手は客である。そんな感覚は押しとどめて、いつも通り接客をした。


 その客が食事を終えると、ストリックランドを呼びつけて言った。


「この料理を作った人を呼んできてくれないか?」

「……料理に何かご不満がありましたか?」

「いや、そういうんじゃないんだ。ちょっと、伝えたいことがある。とにかく呼んでほしい」

「……かしこまりました」


 ストリックランドは怪しく思ったが、とにかく言われた通りに、キッチンにいたマリーを呼びつけた。彼はマリーと入れ替わるようにキッチンに入り、溜まっていた洗い物を片付けはじめた。


「きゃあ!」


 フロアからマリーの悲鳴が聞こえた。

 ストリックランドは何事かと思い素早くマリーのもとに向かった。


「全員動くな!」


 見ると、黒い服装の客が、ナイフを片手にマリーを後ろから羽交い締めにしていた。


「おい、何してるんだ!」


 ストリックランドが叫んだが、男は平然として言った。


「大人しく金を出せば女は解放してやる。まずは全員手を上げろ! おいそこのお前、分かったな?」


 男は強盗だった。マリーを人質にとり、金を要求している。

 ストリックランドは相手を刺激しないように、ゆっくりと両手を上げた。


「おい、そこの酒くせえジジイ! お前も手を上げろ!」


 男は酔っぱらいの老人に向かって言った。

 老人はこんな状況でもあっけらかんとして酒を飲んでいた。


「はて、わしのことか……?」


 老人は自分の他に誰かいるかのように辺りを見回した。


「てめえしかいねえだろ!」


 老人は飲みかけのグラスから名残惜しそうに手を離し、しぶしぶと両手を上げた。 


「あ、あの、こんな事したら、ダメですよ……」


 ナイフを突きつけられた状態で、マリーが震えながら言った。


「しゃべるんじゃねえ!」

「マリー、落ち着け、そいつを刺激するな……」


 ストリックランドは、相手を刺激しないようゆっくりと言った。


「とにかく金だ。この袋に入れろ」


 男は懐から取り出した袋を、ストリックランドの近くのテーブルの上に放り投げた。

 ストリックランドは黙ってそれを手にした。


「さっさとしろ!」

「……分かった。分かったから、その女性に手を出さないでくれ」


 ストリックランドは袋を持ち、レジに向かった。

 そして、男からあえて手元が見えないような位置で、引き出しに入っていた硬貨と紙幣を袋に詰めた。


 その様子を見ていた男は苛立った様子で言った。


「おいお前、本当に金を入れたのか……?」

「……ああ、もちろんだ」

「じゃあ中身を見せてみろ」


 ストリックランドは、この瞬間がチャンスだと思った。

 マリーの方を見ると、しっかりとこっちの様子を見ている。彼女はしなやかで強い女性だ。こんな状況でも怯えて目をつむったりはしない。

 彼は袋の中に手を入れると同時に、マリーに目配せした。それが何を意味するところなのか、マリーには分からなかったが、何かの合図であると理解し、小さく頷いた。


「ほら、金貨だ」


 ストリックランドは金貨を一枚取り出して男に見せつけた。

 男が目を凝らしてストリックランドの手元を見た瞬間、男のマリーへの注意が少しだけ弱まった。その瞬間を、彼は見逃さなかった。


「確かめてみろ!」


 ストリックランドは金貨を勢いよく男に向かって投げつけた。

 金貨はガツンという鈍い音と共に、男の額に突き刺さった。


「がっ……!」


 頭部に強い衝撃を受け、男は声を上げてよろめいた。持っていたナイフも落としてしまった。


「マリー、しゃがめ!」

「は、はいっ……!」


 ストリックランドの声かけでマリーは動いた。

 すぐにその場にしゃがみ込んで男の拘束から抜け出すと、腰を屈めたまま素早くその場から離れた。ついでに、床に落ちていたナイフを蹴飛ばして遠くへやった。


 ストリックランドは男に素早く近づいて距離を縮めると、殺さないように手加減して腹にパンチを加えた。

 これで終わったかと一瞬思ったが、思った以上に手加減し過ぎたのと、意外にも相手に戦闘の心得があったのか、腹部に力を込めてダメージを軽減していたようだ。男はよろめきながらもまだ立っていた。


 男がまだ無力化されてないのを見て、ストリックランドは一瞬、強力な攻撃魔法を使うことが頭によぎったが、店を破壊してしまう恐れがあると考え、このまま体術で片を付けることにした。


 ストリックランドはもう一度男に近づき、腕を絡めて背負い投げの要領で相手の体を大きく持ち上げた。

 そのまま、誰もいないキッチンの方に思い切り投げつけた。


「うぐっ……」


 投げつけられた男はガシャンと大きな音を立てて食器棚にぶつかり、うめき声を上げて気絶した。


「ようやく片付いたか」


 ストリックランドは手をはたいて言った。


「ああっ!」


 その様子を見ていたマリーが声を上げた。


「マリー、どうした!?」

「しょ、食器棚が……」


 見ると、強盗がぶつかった食器棚はバラバラに砕けており、棚に入っていた皿もほとんどが割れて床に散らばっている。


「……すまない、気にする余裕がなかった」


 ストリックランドは安堵して言った。


 ◆◆◆


 その後、通報により警吏の者たちが訪れ、強盗は何事もなく確保された。

 簡単な現場検証と、その場にいた人間への事情聴取が終わると、ストリックランドたちはようやく解放された。


「『復元の息吹(リストレーション)』」


 マリーは、床に集められた割れた皿に、両手を向けながら言った。中等レベルの修復魔法だ。複数の破損物をまとめて直すことができる。

 柔らかな光が割れた皿を包むと、ゆっくりと破片が動き出し、別の破片と繋がり、元の形に戻りはじめた。


「まさかこの魔法を使う機会がこんなに早く来るとは……」

「すまない、もう少し考えてやるべきだった」

「いえいえ、いいんですよ。むしろ助けていただいてありがとうございました。おかげで、誰も怪我しませんでしたし、お金も盗まれずにすみました」

「君はもう大丈夫なのか?」

「はい、さっきは怖かったですけど、ストリックランドさんに助けてもらってこの通り無事です! 明日には店を再開したいですし、早く食器棚の方も直さないといけないですね……!」


 あんなことがあったというのにマリーはむしろ嬉しそうなくらいに張り切っていた。

 その様子を見て、ストリックランドは安心した。


 しかし一方で、ストリックランドは、ある不思議な感情を抱えていた。

 彼は自分の右手を見た。強盗を殴りつけ、掴んで投げ飛ばした手だ。かすかに震えているような気がした。

 彼は、高揚感を覚えていたのだ。その高揚感を掻き消すように、彼は手を握りしめた。


 誰かに暴力を振るったのは久しぶりだった。冒険者だったころは、こんなことは日常茶飯事だった。

 だが今は違う。

 レストランの店員であり、求められるのは暴力ではなく、従業員としていかに適切に振る舞えるかというソフトな社会的スキルだ。


 今日は例外的に暴力が役に立ったが、本来、このような荒事はそもそも起きないのが一番良いはずなのだ。それなのに、彼は心のどこかで自分の力を発揮できたことを嬉しく思っていた。


 急に、自分がこの店において場違いな存在であるかのように思われた。どれほどそれっぽく振る舞っても、ストリックランドの生来の特性は冒険者であり、決してレストランの店員などではないと、彼の魂が叫んでいるかのようだった。


「どうしたんですか、ストリックランドさん?」


 マリーの声で、考え込んでいたストリックランドはふと我に帰った。


「いや、なんでもない……。食器の片付けを手伝おう」


 彼は自分の中の不吉な考えを振り払うかのように、熱心に片付けを手伝った。

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