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小堀純【2】

(1)


始業式の朝は快晴だった。桜の花も満開のピークを過ぎ、所々緑が見えるようになってきている。

「純ちゃん、おはよう。」

挨拶しながら寝室から出てきたのは、だいぶ歩くことに慣れてきたカタンだ。

「カタン、おはよう。朝ごはんできてるよ。」

私が声をかけると「ありがとう。」と言ってカタンは食卓の前に座った。

早速、二人で朝食を食べ始める。

「純ちゃんも学校楽しみ?」

カタンがもぐもぐと口を動かしながら私に尋ねる。

「うーん、義務だから行ってるって感じかな?友達ってほどの人も居ないし、仕事忙しくて勉強ついていけないし…」

私は正直な感想を述べる。カタンは少し不服そうに「ふーん」と相槌を打った。カタンはやはり、交流がしたいようだ。しかし、昨日説明した通り一般の学生と近付きすぎるのは良くない、ということも理解しているらしくそれ以上何も言わなかった。

ふと、私の脳裏にある一人の男子生徒の姿がよぎる。急に胸焼けがして、ため息を漏らした。

「はあ…私はみんなとそこそこの付き合いができてれば良いと思うんだけど…やたらと踏み込んでくる奴は居るね。」

私の呟きにカタンは何故か目を輝かせる。

「え、お友達!?」

ワクワクしてるところ申し訳ないが、

「友達ではない。なんか、あいつは、ちょっとおかしい。」

私は彼のことを思い出すと胃がムカムカするんだ。

「そうなの?私は早く会ってみたいな。」

カタンは相変わらずキラキラと何かを期待している。会ったらがっかりするんだろうな…


朝食を食べ終えた私たちは、早速準備を整えるとスクールバスに乗り込んだ。

カタンは一日自力で歩くと言い張り聞かなかったが、私は念の為に車椅子も持ち運んでいる。何かあったときに大変なのは私なのは目に見えている。荷物が多くなろうと仕方ない。

正門の前にバスがついた頃には、校庭に生徒が溢れていた。

「学校、大きいねえ…」

バスから降りたカタンは、真っ先にそう呟いた。

「生徒数、多いからね。色んなところからみんな来てるよ。」

私もバスを降りて彼女にそう説明した。

カタンは宣言通り校舎の中まで自力で歩いてみせた。ほんの数日で本当によく頑張っている。カタンの成長に目を細めていると、

「小堀ー!小堀じゃーん!おーい、小堀ー!!」

ひたすら私の名前を連呼する声が近付いてくる。ああ…来たか。最悪だ。

カタンも驚いて、そちらを見た。

私たちの方に、短髪メガネの少年が走ってきた。

「小堀ー、無視すんなよ。おはよう!久しぶり!」

私は大袈裟にため息をついて、

「はいはいおはよう。なんか用?」

と彼に挨拶を返した。

「相変わらず冷たいなぁ。あれ、隣のその子は?」

彼はカタンを見つけたようだ。ていうか、私よりよっぽどカタンの方が目立つだろうに。

「この子は転校生だよ。今日から私と同じクラス。」

「あ、初めまして。カタンと言います。よろしくお願いします。」

私が説明すると、カタンは慌てた様子で挨拶をした。

「初めまして。俺は、六ノ野(むつのや)岳志。小堀の未来の旦那さんだよ。」

「おい。」

六ノ野がとんでもない自己紹介をするもんだから、思わず突っ込んだ。

「え、純ちゃんの婚約者さん…?」

「本気にしないで。」

カタンが真に受けているので、こちらにも突っ込みを入れる。

「六ノ野と私は小学校からのクラスメイト。それ以外のなんでもないからね。」

「えー、あの日の夏永遠を誓った仲じゃないかー」

「まっっったく記憶にないわ。どの日の夏だよ!」

適当なことを言う六ノ野の頭を軽く小突く。

「カタン、こんなアホに付き合ってるとアホがうつるよ。教室行こ。」

「えっ、あ。でも…」ともたつくカタンの手を引いて教室の中へと引っ張った。

「カタンもよろしくねー!」

遠く六ノ野の声がする。

本当になんなんだあいつ。


何単元か授業をこなした後の休み時間、後ろの席になったカタンがツンツンと私の背中を突いてきた。

「どうしたの?」

私が振り向くと、

「ねえ、どうしてあんなに六ノ野くんに冷たいの?」

と、カタンが困惑の表情をしている。カタンは純粋に私が六ノ野を避ける理由が気になるだけみたいだ。仕方ない、ちゃんと説明するか。

「昨日話した通り、友達はあまり作らない方が良いんだよね。だから、私は普段できるだけ目立たないようにしてるの。」

声のトーンを落として周囲に広がらないよう配慮した。

「それなのに、六ノ野はいつどこにいても、私を見つけるとあんな感じで寄ってくるんだよ…まったく、目立つったらありゃしない。」

「え、単純に純ちゃんのこと好きなんじゃないの?」

「もしそうだとしても迷惑。すごく面倒くさい。」

六ノ野の存在は小学生の頃から知っていた。彼のウザ絡みが始まったのは小学6年の頃だった気がする。ひっきりなしに付きまとわれ、無視するとさらにしつこくなっていく。他の生徒の関心は撒けたのに、何故か六ノ野だけは決して折れない。

「私ちょっと、六ノ野くんが可哀想だな…」

カタンは六ノ野に同情しているようだ。

私はふうっとため息をついた。

「別に嫌いってわけじゃないんだよ。ただ、あんまり深入りしてほしくないだけなんだ。」

「嫌い、ではないんだ。そっか、じゃあそれは良かった。」

私の言葉にカタンが微笑む。六ノ野に感情移入しすぎだって…

そうこうしていると、チャイムが鳴った。次の授業が始まる。


(2)


給食の時間だ。にわかに周りが騒がしくなる。

女子生徒たちがカタンを興味津々といった感じで囲んでいる。

ただでさえ転校生は目立つのに、金髪蒼眼のお人形だ。それは興味が湧いて当然だろう。

「カタンちゃん、どこから来たの?」

「日本語すごい上手だね、勉強してきたの?」

「滅茶苦茶細いけど、ちゃんと食べてる?」

「今度一緒に遊ぼうよ!」

一気に言葉を投げかけられて、カタンは「あ、あの…その…」とオタオタしてる。

ここで助け舟を出しても妙な雰囲気になってしまいそう。とりあえず、私は彼女らの様子を見守る。

「親の仕事の関係とかで日本へ?」

この問いかけに、カタンはしゅんとしてしまった。

カタンの様子が変わったことに、周りの女の子も気付いたらしく少し静かになった。

「あの、親の仕事は関係ないの。私、一人で日本に来たんだ。今は小堀さんの家にホームステイして…」

予め答えに困った時には、私の名前を出していいと伝えておいた。みんな、口や態度には出さないものの、私が深入りしてはならない人間だと言うことを察しているからだ。

しばらく間をおいて、

「ああ、だから朝から小堀さんと一緒だったんだ…」

と誰か一人が言った。

「そっかそっか、またお話ししようね。」

「今度お茶しようね。」

カタンを取り巻いていた少女たちは、あっという間に散り散りに去っていった。展開の速さにカタンは面食らっている。

「別に、いじめられることはないから、安心していいよ。」

呆けているカタンに私が声をかけた。カタンは肩を落として、

「ああ、やっぱり友達欲しいなあ…」

と呟いた。

「ごめんね…でも、私も友達欲しいって思ったことは何度もあるよ。」

思い返しても、これまでの私の学生生活は散々だった。

できるだけ目立たぬよう、関心を持たれないように気を配り続ける日々。挨拶くらいはする。筆記用具の貸し借りもしていた。でも、グループやペアを組むときにはいつも苦戦した。仕事が多いから休みがちで、授業の内容についていけない。何のために学校に通うのかすら分からなかった。

一緒に遊んだり悩みを打ち明けられる友達が、本当は欲しかった。

「純ちゃんも…そうだよね…純ちゃんも大変だったんだもん、頑張らなきゃ。」

カタンは膝に置いていた拳にグッと力を入れた。

「ね、ごはん一緒に食べよ。」

持ち上げたカタンの顔には笑顔が戻っていた。


「学校の給食も美味しいんだねぇ、日本ってすごいな。」

今日の給食はカレーライスだ。生徒たちにも人気の献立である。

「理由はわかんないけど、うずらの卵が入ってるんだよね。私これ好きなんだ。」

私はスプーンにうずらの卵を乗せて笑う。

「ふんふん、俺のうずらの卵もあげようか?」

突然背後から声がして、思わずビクッとした。

振り向くとそこには、

「小堀、一緒に飯食おうぜー」

はあ。やっぱり六ノ野だ。


挿絵(By みてみん)


「あんた、クラス違うでしょう?何勝手に来てんの?」

イライラして六ノ野に突っかかる。危うく卵を落とすところだったわ。

「細かいことはいいじゃないの。3人で食べたらごはんが美味しくなるって。」

彼はそう言うと、そこいらにある机と椅子をくっつけて給食のトレイを置いた。

「六ノ野くんは何組なの?」

カタンは特に嫌がることなく、六ノ野と会話をしている。

「あ、俺は隣の4組だよ。たまーにこうやって小堀のクラスに潜入してる。」

「はあ、非常に迷惑なんですけど。」

平然と答える彼には本当にうんざりだ。

もう、六ノ野に関しては正直諦めている部分もある。彼一人くらいなら、余計なことを漏らさずやり過ごすことができるとも考えているからだ。

「六ノ野くん、何で純ちゃんに冷たくあしらわれるのに、果敢に挑んでくるの?」

突然、カタンが直球の質問を投げかけた。ほとんどの人が一瞬たじろぎそうな問い掛けに、彼はメガネをクイっと上げた。

「カタン、知っているかい?『愛』って言葉を…」

何かやたらいい声で気持ち悪いこと語り始めた…!

「俺はね、小学生の頃からずぅっと!小堀を追いかけているんだよ。雨の日も晴れの日も、小堀が病欠の日は自宅の側まで行ったし!元気な日は俺も幸せいっぱいだ!」

六ノ野が熱く語れば語るほど、私は苦虫でも噛んだみたいな表情になっていく。ちらっと見ると、カタンも「聞いて失敗した」みたいな顔をしていた。

「どんなに突き放されようと、俺は諦めない!これこそ、愛なんだ!」

あー…吐きそう。カレー全部出ちゃいそう。

「…ストーカー?」

思わず漏れ出したカタンの言葉に、六ノ野はビシッと指をさして

「その言葉!甘んじて受け入れよう!」

と叫んだ。受け入れるんかい。

「最終的に小堀が幸せになるならオールOK!」

六ノ野は言い切った、とばかりに胸を張る。

私とカタンが呆然とする中、彼は静かにカレーを食べ始める。本当に、なんなんだこいつは。もうこれ以上話しかけるのも怖い。黙ってカレー食べよう。

「小学校の頃から、小堀つまんなそうにしてたろ?」

不意に六ノ野が言葉を発した。

「だからだな、好きになったの。」

なんでこの男は愛だの好きだの、そういう言葉をするっと言ってしまうんだろう。

どこまで本気か分からないけど、その部分だけは感心する。


(3)


午後は移動教室だ。今日はこれが最後の授業になる。

私たちは音楽室へと向かう。

「カタン、足の調子はどう?」

ここまで歩くとなると、少し心配になってくる。

「うん、今日はとりあえず大丈夫そうだよ。」

カタンが元気良く答えた。日に日に本来の力を取り戻しているようだ。

音楽の授業は嫌いじゃない。楽譜を読むのは苦手だけど、歌うことは好き。ちょっとしたストレス発散になる。

カタンに関しては当然のように楽譜が読めるし、それに見合う音を発することもできるみたいだ。一人の頃も歌を歌っていたのだろうか?

「はい、今日はこの曲の合唱を練習します。パートごとに分かれて。」

先生の指示に従ってみんながパートごとに分かれた。

私はアルト、カタンはソプラノパートだ。

アルトチームで練習していると、ソプラノの方から突然拍手が起こった。

カタンが歌っているのだが、それが抜群に上手い。日本人とは違う発声方法でみんなを魅了していた。

「カタンちゃん、歌うまーい!」

「昔から歌を歌ってたの?」

私はおかしなことにならないよう、ソプラノチームの会話にそっと耳を立てた。

「うん、昔から友達と一緒に歌ってたよ。」

カタンが照れながら答えている。

…あれ?

カタンは10年間隔離されてて一人だったはずじゃなかったっけ?友達?

「小堀さん、おかしい所あったら教えて。」

アルトチームの子の一人に声をかけられて、ハッとなった。実は私も歌が上手いと言う理由でパートリーダーをさせられてたんだ。

「おけ、じゃまずみんなで歌ってみようか。」

カタンの発言は気になるが、今は授業に集中しよう。


ホームルームが終わると私たちは下校に入る。

「純ちゃん、お疲れ様!今日は足、大丈夫だったよ。」

カタンが席を立ってニコニコしている。

「お疲れ様。学校は楽しかった?」

「すっごく楽しかった!みんなと歌ったのが一番!」

カタンは大喜びだ。確かに、音楽の時間はのびのびとしていた。それと比較して、5教科の授業はすごく退屈そうだった。理由を聞いたところ「全部知ってる」からだそうだ。流石、学業の天才。

「でも、音楽の時に少し話し過ぎちゃったかな…まずかったかな…」

カタンがモジモジしている。

「いや、あれぐらいの普通の会話は大丈夫だよ。自分の中で一線引いてくれればOK。」

というか、あの程度なら私も話す。静かすぎるのも返って目立つものだ。付かず離れず、深入りさせないのが大切。

「そっか…!良かったぁ」

私の言葉を受けてカタンは溶けるような笑顔を見せた。よっぽど誰かと話せることが嬉しいんだな。…さっき言ってた「友達」のことは気になるけれど、それは後でもいいか。

生徒たちが慌ただしく、教室の出入りをしている。

スクールバスで通学している子、徒歩で来る子、送迎がある子と様々だが、私たちは直接シセツに向かうスクールバスに乗っている。

「カタン、そろそろ行かないとバスが来るよ。」

私は時計を見てカタンを促した。

「あ、うん。帰ろう。」

とカタンが立ち上がった途端、彼女はその場に転んでしまった。

やっぱりこうなっちゃったか…

私は慌てて車椅子を持ってくる。

「ほい、乗りなさいお嬢さん。」

「はあ…お手数かけます…」

彼女は申し訳なさそうに車椅子に座った。

「出発出発〜」

私は急いで教室を出た。

今日は、何だか学校に来て良かったと思える日だった。給食はカレーだったし、合唱は楽しかった。カタンもスクールライフを楽しめたようだ。相変わらず授業にはついて行けないし、六ノ野もうっとうしいけど、良い日だった。

そんなことを思いながら廊下を急いでいると、ふと背後から視線を感じる。即座に私は振り返る。


挿絵(By みてみん)


視線の主らしき人物はいない…


明らかに、怒気を帯びたような強い眼差しだった。

「?どうしたの?純ちゃん」

私が急に止まったものだから、カタンが不思議そうにしている。

「ん…何でもない、と思う。」

そう答えて、私は再び車椅子を押し始めた。

職業病だろうか。人の視線に敏感になりやすい。気のせいだったのかも、しれない。

私たちはこの後、視線の人物と対峙することになるなど知る由もなかった。


やっと3話目が公開できました!

一カ月たってしまいましたが、今年もよろしくお願いします^^

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