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7. 病棟

 それから一週間後、琴音さんは休学することになった。


 ご家族との電話で知ったところによると、診断されたのはある血液疾患。入院治療が必要で、最終的には骨髄移植を受けなければならないということだった。骨髄移植にいくまでの治療も段階的で、本当にどうなるのか先が見えない。まずは目の前の治療からということで、最初の薬の効き目を見ながら進めていくそうだ。


 附属男子高時代に生徒の保護者が骨髄移植を受けた話は聞いたことがある。だが僕はただただ、琴音さんのことが心配だった。つい最近まで何ともなかったのにいきなり入院が決まったのだ。

 今、彼女がどんな気持ちで病室にいるのか――そう思うたび、胸が締めつけられるようだった。




 学校では、彼女が「家庭の事情で長期休みを取っている」とだけ伝えていた。


「せんせー? もしかして琴音のこと、心配してる?」


 梨香さんが不意にそう尋ねてきた。


「琴音が休んでから……先生の雰囲気ちょっと変わったよね」と凪沙さんも。


「気のせいだよ。担任としてはクラスの誰が休んでも気になるものだからね。もうすぐ試験だから、みんなも復習をしっかりしておくんだぞ」


「わっ試験!? はいはーい。でも、先生……やっぱ優しいよね」と、軽く笑って彼女たちは去っていった。


 


 家に帰ると、自然とバタフライズのCDを手に取っていた。


 黄色盤……一曲目の『LOVE ME』が流れる。彼女と一緒に聴いたあの教室の光景が、鮮明に蘇る。


『なんか、こういう時間……ずっと続けばいいなって思っちゃいます』


 その言葉を思い出す。


 そして『SHE GOT』――彼女と僕が共に「一番好き」と言ったあの曲。今、ひとりで聴くと、なぜだろう……自然と涙があふれてきた。


 バタフライズの曲は、以前にも心を震わせたことがあったけれど……今日ほど強く、涙を流したことはなかった。


 SHEが何をGOTしたのか、だけどもし欲しかったものが手に入れられなかったら……。

 生徒の一人が今、毎日どんな気持ちで入院しているのだろうか。

 

 ――僕はただ、琴音さんに会いたかった。


 


 試験が終わり、夏休みに入ったある日。琴音さんのお母様から電話があった。


「おかげさまで、娘の治療は順調です。近く退院予定ですが、どうしても先生に一度会いたいと言っておりまして……ご都合がよろしければ、病院のデイルームでお話いただけますか?」


「そうですか。順調とのこと、安心しました。ぜひ……伺わせていただきます」



 ※

 


 そして当日。血液内科病棟の受付を済ませ、案内された談話室――デイルームの一番奥の窓際のソファに、花柄のパジャマを着た琴音さんが座っていた。


「先生……!」


「琴音さん……! 調子はどう?」


「うん、今はだいぶ元気。四人部屋にたまたま同年代の子がいてね、あと年上の患者さんとも仲良くなれたし……治療でちょっと辛いこともあったけど、大丈夫」


 彼女の笑顔を見た瞬間、胸の奥がふっと温かくなった。


「私ね、退院したらまた学校に戻れるのかな……。でね、その前に先生にどうしても会いたかったの」


「ありがとう……そう言ってくれるのは嬉しいよ」



「そうそう私、この入院中はずっとバタフライズを聴いてたんです」


「いいね、励まされた?」


「うん! だけど……それだけじゃなくて」


 琴音さんは、少し照れたような笑みを浮かべて続けた。


「聴いてると……先生と一緒に聴いた曲だって思い出すんです。あの放課後のこととか、先生からもらったリストのこととか……」


「そうだったんだ。僕も……部屋でバタフライズのCDを流してたよ」


「もしかしたら、同じ時間に同じ曲を聴いていたかも……ですね」


「……だったら、嬉しいな」



 ふと、彼女が小さなノートを取り出す。


「これは“元気になったらやりたい百のこと”リスト。メンタルが辛い時に、これを書くとちょっと前向きになれるの」


 一ページ目には、こう書かれていた。


『奏多先生と一緒に、バタフライズのグッズ専門店に行く』

 

「ほら、まずは『奏多先生とバタフライズのグッズ専門店に行く』が一番だよ。でも、もちろん、もし可能なら……でいいです。家族とか友達と一緒でもいいから、先生にも来てほしくて」


 彼女の言葉には、無邪気さと本気の思いが混ざっているようだ。


「きっと私はこれから元気になるから……先生がもし都合つくなら、お願いしてもいいですか?」


 僕は静かにうなずいた。


「うん……そうだね。行こう」




 そして最後に彼女が言った。


「先生、今後の連絡……学校経由でもいいんですけど、何かあった時に相談できるように、先生のメールアドレスって教えてもらえたり……しないでしょうか?」


 一瞬ためらったが、病院にいる心理士さんやコーディネーターさんに相談することにした。いったんナースステーションに戻って事情を話す。

 

 そして学校用の公的アドレスを案内することにした。


「このメールなら、いつでも受け取れるよ」


「ありがとう先生!」




 デイルームで別れ際、琴音さんが笑顔で言った。


「先生、またバタフライズ聴きましょうね。『SHE GOT』……あの曲は今も……私の心の支えです」


「うん。僕も同じだよ」


 窓から差し込む夏の光が、彼女の背中を優しく照らしていた。

 彼女が思ったよりも元気で――安心した。

 

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