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5. 瞬間

「先生! バタフライズ、まだまだ知らない曲が多いことに気づいちゃって……おすすめ、ありますか?」


「そうなんだ。じゃあ、何曲か選んでおくよ」


 そう答えた僕は、家に帰ってからCDケースの前でうーんと考える。学生時代から何度も聴き込んできた曲たち。思い出と共に並ぶそれらの中から、琴音さんにも響きそうなものを選んでいく。


 あとは意外と知られていない曲もピックアップしておきたいところ。ややマニアックかもしれないけれど、僕はこの曲もあの曲も好きだからな……。


「この曲はやっぱり含めないと」


 そうつぶやいたとき、ふと無意識に心の中で彼女のことを“琴音ちゃん”と呼んでしまっていた自分に気づき、思わず背筋を正す。


 ――いけない。あくまで僕は彼女の担任で、生徒と教師という関係なのだから。

 そう思いながら、曲のリストを作っていく。改めてバタフライズファンで良かったなと思う曲ばかり。


 


 翌日の放課後。琴音さんにリストを渡すと彼女は嬉しそうにしていた。


「うわぁ……先生、ありがとうございます! え? こんな曲知らなかったです! あ、これは……『SHE GOT』だ」


「うん。僕が一番好きな曲なんだ」


「実は……私もなんです」


 一瞬、時が止まったような感覚だった。あれだけ多くの曲がある中で、同じ曲を一番好きだという偶然――まるで奇跡のような一致である。


「切ない内容と、あのメロディが印象的で頭に残るんですよね。歌詞もシンプルだけど何度も読み返しちゃって」


「僕も。あのイントロと歌詞の雰囲気と、最後の余韻……バタフライズの中でもどうしても忘れられない曲だと思ってる」



 その後、彼女はタブレット端末を取り出し、曲を再生してくれた。校内WiーFiにつなぎ、音量を小さくしてスピーカーから流れる『SHE GOT』。


 教室には自分たち以外に誰もいないけれど、入り口のドアは開いたままで外の様子もわかる。廊下で話す生徒の姿も見え、教室に何人かが荷物を取りに来たので、僕は少し安心した。


「先生、ここ……サビ前のところ、問いかけるようなメロディがちょっと泣きそうになります」


「わかる。あの一瞬の静けさから、サビに向かうところだね、だけど最後が切ない」

「そう、そこですよね」


 沈黙の中、ふたりで曲に耳を傾ける。誰かと同じものを好きというだけで、こんなにも心が近づいたように感じるなんて。


「バタフライズって、ひとつのアルバムの中でも曲調が全部違ってるから、絶対に飽きないし何を聞いてもいい曲だなって思うんです」


「そうだね。聴くたびに、新しい感情が湧き上がってくる」




 次に流れたのは『LOVE ME』。初期のヒット曲で、明るくて口ずさみやすいテンポ。


 ふと視線を感じ、横を見ると、琴音さんが微笑んでいた。


 その瞬間、僕は胸の中にある何らかの淡い気持ちを整理しようと深く息をついた――これは、教師としての関わり。その中で偶然共通の趣味を見つけて良かったなって思う安心感なのだと。


 


 曲が終わると、彼女がぽつりとつぶやいた。


「なんか、こういう時間……ずっと続けばいいなって思っちゃいます」


「そう思えるのって、大切な感覚だね。好きなものがあるって、それだけで毎日が充実する」


「先生、今までバタフライズの話ができる人、いなかったって言ってましたよね?」


「うん。有名だから知っている人はいたけど、ここまで語り合える人ははじめてかも」


「じゃあ、私が……先生の最初のバタフライズファン仲間だね!」


「本当だ、そうなるね。ありがとう」




 やがて教室の窓から夕日が差し込んできた。


「そろそろ帰らなきゃ……また、たくさん聴いておきますね。先生、また次のおすすめも……楽しみにしてます!」


「わかった。また話そう」


 


 音楽を通じて、世代を越えて共鳴する瞬間があること。僕は教師として、そのような瞬間を大切にしていきたいと思っていた。

 

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