3. 相談
「私も……バタフライズが好きなんです」
クラスでも控えめで、どこか神秘的な雰囲気のある琴音さんがそう言った瞬間、僕は胸の奥に温かいものを感じた。
「本当? 嬉しいな。僕のまわりにはあまり語れる人がいなかったから」
「はい。昔から父がよく流していて……今でもよく聴くんです。シンプルな英語だから、歌詞がまっすぐ届くというか……歌いやすいというか……」
彼女の言葉には芯があり、表情はいつもよりも穏やかで柔らかさがあった。
「もしかして黄色盤から聞いた?」
「はい、やっぱりあそこからですね! でも緑色盤の終盤もすごく好きで……」
どこかで誰かと、バタフライズの話ができたら……そう思っていた僕にとって、この偶然の一致はただただ嬉しかった。
教師と生徒。だけど好きな音楽を通じて話せる瞬間が、こんなにも心を和らげてくれるなんて思わなかった。
「……あっ、いけない。部活の時間でした」
「ごめんね、引き止めちゃったかな」
「いえ……また、話せるといいですね。バタフライズ」
そう言って笑った琴音さんは、少し照れくさそうに教室を後にした。
※
残った余韻の中で、ふとため息をついた。
趣味が合うって、バタフライズの話ができるって、こんなに嬉しいことだっただろうか。彼女の率直で純粋な感想と柔らかな話しぶりが、僕の心に残っていた。
そこへ、別の声がかかる。
「せんせー♪」
今度は梨香さんだ。
いつも明るく元気で、クラスの中心的存在である。
「さっき琴音と楽しそうだったね〜。何話してたの?」
「英語の話だよ。彼女、バタフライズの歌詞が好きなんだって」
「へぇ……ちょっと意外かも。あの子、あんまり人と話さないのに」
梨香さんは少しだけ眉を寄せたが、すぐに笑顔に戻る。
「ねぇ先生、実はちょっと聞いてほしいことがあって……いい?」
「うん。どうしたの?」
「人に聞かれたくない話なんだけど……空いてる教室、使ってもいい?」
一瞬迷ったが、ドアを開けたまま、端の教室の一角で並んで座る。あくまで僕は担任としての対応に徹するべきだから。
「実は……失恋しちゃったの」
梨香さんがぽつりと言った。
「そっか。辛かったんだね」
彼女は元気な印象の裏に、少し繊細な面もありそう……とは何となく思っていた。
「私って周りには平気そうに見えるかもしれないけど、本当はちょっと、しんどくて……」
「そうだよね。元気に見える人ほど頑張っていて、心の中にいろんなもの抱えてることって、あると思う」
僕は自分にできる範囲で、穏やかに言葉を返していく。話すうちに彼女の表情も少しずつ落ち着いてきたように見えた。
「先生って、聞き上手だよね」
「まぁ、聞くことしかできないから」
「でも、今日話せて少しスッキリした。ありがとう、先生」
そう言って梨香さんは立ち上がり、にこっと笑ってみせた。
「よかった。それなら安心したよ。あまり抱え込みすぎないようにね」
「はーい!」
※
生徒たちは思春期の真っ只中にいて、心が揺れている。それに正面から向き合える教師でありたい。
それだけは、絶対に忘れてはいけないと、今日改めて思った。




