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24. 高校

 (琴音視点)

 初夏――ぽかぽかとした陽気と爽やかな風が背中を押してくれるように感じる。


 私たちは久しぶりに、ソナルモニア附属女子高の最寄駅を降りて散歩をしていた。


「わあ……なんか、変わってないね」


「いや、少しは変わっているよ。琴音ちゃん見て、あそこにコンビニできてる」


「ほんとだ……でも駅の雰囲気は同じだね。なんだか懐かしい」


 様々な種類の草花が風に揺れている。電車から降りる学生たちは皆、それぞれの青春を歩いている最中で、私たちもそこに混ざっていたはずだった。あの頃は、彼の隣を歩くことができる日が来るなんて思いもしなかった。


「学校の前、見に行ってもいい?」


「もちろん」


 坂道をのぼりながらふと思い出す。


 入学式の日。制服を着た私は、心臓が飛び出そうなほど緊張していて、でも同じ中学の友達もいたから、少し安心していた。

 二年生の時に出会ったのが、彼――奏多先生。


「……あんまり人とも話せなかったのにね、私」


「そうだったな。大人しかったね」


「だけどバタフライズの話が楽しくって」


「あの時、僕も楽しかったよ」


「うん……」


 あの頃のことを思い出して私の顔はきっと赤くなっている。そういう時、彼は何も言わずに横を向いて、あたたかく笑ってくれる。


 そして学校の前まで来た。


 もちろん、門は閉まっていて中には入れないけれど、門の向こうにはあの頃と同じグラウンドと、同じ校舎が見えていた。


「本当に、卒業したんだね。私」


「うん。しっかり社会人やってる」


「奏多さんは……先生としてここに通ってるんだもんね」


「そうだな。職員室も、教室も、変わらずある。けど、君がいないってだけで、全部ちょっと違って見えるかも……」


「……」


 黙ってしまうと、風の音が耳に入り込んできた。初夏の風はあたたかいようで、時々涼しくて、私にとっては切なさも含まれているみたい。


「先生」


「ん?」


「高校生の時。その……メールアドレス教えてくださいって言った時、先生は、戸惑ってたよね」


「ああ……」


「でもね、私、あの時教えてもらってよかったって思ってる。あの日から全部が……少しずつだけど変わっていったから」


「……ありがとう。あの時そう言ってくれたから、今こうやって元気でいられるんだよな」


 彼の言葉が胸にしみる。


 きっと、大人になるってこういうことなんだろう。甘いだけじゃない。時々、苦くて、痛くて、それでも全部受け入れるような強さ。


 高校の門に向かって、私はそっとつぶやいた。


「ありがとう」


「ん? 誰に?」


「この場所に、かな。こんな私を育ててくれたから」


 彼の手が私の手を握った。


「これからの琴音ちゃんのことも、見ていたいな」


「……ずっと?」


「ずっとだよ」


 握った手が少しだけ強くなった気がして、私は笑顔になった。



 帰り道、駅までの坂道を下る途中で、ふと彼が立ち止まった。


「琴音ちゃん」


「なに?」


「やっぱり……今のままでいいのかって、時々思うんだ」


「どういうこと?」


「君とこうして過ごせるのが嬉しくて、でも……本当に、これが君のためになるのかなって」


「なんで……そんなこと言うの?」


「僕は教師で、君は元教え子で……って、やっぱり世間的にはいろんな目があるから」


「世間の目、気にしてるの?」


「少しはね。だけど……琴音ちゃんのことは大事だから」


 私は、彼とぎゅっと腕を組んで顔をあげた。


「じゃあ、信じて。私が選んだのは奏多さんだから。先生だった頃のあなたも、今のあなたも、大好きだから。これからも一緒にいたいの」


「……ありがとう」


 彼は小さく笑って私にこう言った。


「好きだよ。今までも、これからも」


「私も。ずっと、好き」


 私たちの手がもう一度しっかりと繋がれた。



 電車を待つホームで、風がまた吹いた。


「今の私、ちょっと奏多さんに近づけたかな」


「うん、ちゃんと近づいてる」


「だって奏多さんの隣にいたいんだもの」


 電車がホームに入ってきた音――


 私の鼓動もその音に混ざっていくみたい。

 少し前までは一人では立っているのも難しかったけど、今は違う。


 彼が、隣にいてくれるから。

 そして私自身が、ようやく「自分の足で立つ」ということを覚えたから。



 初夏の風が、また背中を優しく押した。

 私たちは、ゆっくりと歩き始める。

 

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