23. 看病
そしてまた、土曜日に琴音ちゃんが自宅にきてくれた。日曜日の昼下がりには部屋にコーヒーの香りが漂い、バタフライズの曲が静かに流れているはずだった。
だが今日は、部屋の空気がどこか重たくて、何よりも心配なのはソファにうずくまる彼女のこと。
「大丈夫? さっきから顔が赤いけど……」
僕がそっとおでこに手を当てると、彼女は少しピクンとして恥ずかしそうに笑った。
「ううん、大丈夫……だと思う。でも、ちょっと熱っぽいかな……」
やっぱりそうか。昨日は元気だったのに今朝からなんとなく辛そうだった。けれど「大丈夫」と言って、僕に心配かけまいとしていたのだろう。そんな彼女を見ていると、胸がぎゅっと締めつけられる。自分が守りたいって思ってしまう。
「無理しないで。うちで休んでいったらいいよ」
「えっ……でも奏多さんに悪いよ……」
「そんなことないって」
そう言ってブランケットをかけると、琴音ちゃんは少し安心したように目を閉じた。
体温計を渡して熱を測ってもらうと、三七.八度。やはり微熱以上だ。僕はすぐに近所のドラッグストアに駆け込み、市販の薬やスポーツドリンクとゼリー、解熱剤を多めに買ってきた。
部屋に戻ると、琴音ちゃんが薄く汗をかいてぐったりしていた。冷却シートを貼り、タオルを交換し、スポーツドリンクを飲んでもらい、ようやく少し落ち着いたようだった。
「ありがとう……奏多さん、やっぱり優しい」
「だって琴音ちゃんが心配だから」
その言葉に、彼女が少し笑ってくれた。頬が赤いのは熱のせいか、それとも照れているのか――僕にはもう、どちらでもいいように思えた。
しばらくして、彼女がすうすうと眠った隙に、僕は洗い物や洗濯、溜まっていた仕事を片付けた。社会人になったばかりの彼女はきっと慣れない中、必死で頑張っている。少しでもここでゆっくりしてもらいたい。
だけど、何故だろう――
気づけば、頭がぼうっとしていた。立ち上がったときに、足元がふらつく。いや、まさか。
さっきの買い出しで少し汗をかいた後、どこかの冷たい風に当たったせいかもしれない。最近は夜遅かったのもありそう。なんとなく身体が重い。
「やば……うつったかも……」
そう思った頃、ちょうど琴音ちゃんが目を覚ました。
「奏多さん? どうしたの?」
「いや……ちょっと、だるいかも」
「え……私がうつしちゃったの……? ごめん……」
「いいよ。気にしないで」
「そんなぁ……」
彼女はよろけながらも冷却シートを取りに立ち上がった。
「こらこら、まだ寝てなさいって」
「でも、私がやる番……」
「二人して倒れてたら、意味ないから」
そう言いながら、僕もソファに身を沈めた。身体に熱がこもってじんわりと汗がにじむ。琴音ちゃんが僕のおでこに冷却シートを貼ってくれた。
「いつもは私のこと心配してくれるけど……私だって奏多さんの看病はするんだからね」
その顔が少し頼もしく見えた。あの頃、制服姿で僕を見上げていた彼女とは違う。ちゃんと、大人になっている。
結局、僕も微熱が出てしまい、ふたりで一日中寝て過ごすことになった。
並んで寝転がりながら、天井を見上げる。特別なことは何もしていない。外にも出ていない。ただ、ひとつの部屋で、ふたりで横になっているだけ――なのに、不思議と心が満たされていた。
「ねぇ、奏多さん」
「ん?」
「こんな風に、一緒に風邪引いて、並んで寝て……すごく変だけど、ちょっと幸せかもって思ってる」
「僕も……思ってた」
「風邪って、つらいけど……誰かと一緒なら、少しは楽になるのかな」
「琴音ちゃんと一緒なら……どんなことでも乗り越えられそう」
一緒に風邪になって、僕たちは絆も深めているような気がした。
それは、言葉にしなくても伝わるような、静かで確かな何か。
夜になって、熱が少し下がった僕たちは、うどんをすすりながらテレビをぼんやりと見ていた。
「琴音ちゃん……明日、会社休む?」
「うん……多分、もう無理……」
「僕も。たまには、ふたりでお休みするのもいいかもね」
「カップル休暇みたい」
「そんなのあったら、面白いな」
笑いながら、そっと手を取った。指先がまだ少し熱いけれど、優しいぬくもりを感じる。
風邪ひいたのはどっちだったのか、もうよくわからない。
でも、確かにひとつだけわかったことがある。
心が弱っている時こそ、本当に寄り添える人がそばにいるかどうか。
その安心感が、どれほど自分自身を支えてくれるかということだ。
「おやすみ、奏多さん」
「おやすみ、琴音ちゃん」
ふたりですぅっと眠りに入る。
体温も、気持ちも、一つに混じり合っているように、僕らは身を寄せ合っていた。




