22. 休日
「ねぇ、こっち見て。やっぱり白いソファがいいなぁ。部屋も明るくなるし」
日曜日の午後、僕たちは大型インテリアショップのソファ売り場にいた。もともとはクッションだけを買いに来たつもりだったが、琴音ちゃんが「ちょっとだけ見てみたい」と言ったのがきっかけで、色々なソファを試しに座る流れとなった。
「ほら、これ。座ってみて?」
言われた通り腰を下ろすと、思っていた以上に柔らかくて、身体がすっと沈んだ。
「どう? 座り心地、悪くないでしょ?」
「うん、これは確かにいいね」
琴音ちゃんが僕の隣に腰かけて、自然に肩を寄せてくる。買う予定もないのに、まるで生活雑誌のカップルモデルのような姿が少しだけくすぐったい。
「こうして休日の午後に、テレビ観ながらお茶飲んで……って、ちょっと憧れてたんだ」
僕はその言葉に一瞬息をのんだ。
今の何気ない一言に、未来を共にしたいという想いが自然に混ざっていた気がした。
「一緒に……?」
「うん、もちろん。私と奏多さんと……」
その言葉に、僕の胸の奥で何かが優しく震えた。
彼女の口からそんな未来が語られるとは、正直、少し驚いていた。でも、同時にたまらなく嬉しかった。
それはプロポーズでもなく、決意表明でもない。
けれど、確かに「この人と歩いていきたい」と思わせるような言葉だった。
「家には……バタフライズのCDやグッズを置く棚とか欲しいかも」
「あのグッズ専門店で奏多さんが色々買ってたもんね」
「琴音ちゃんだってそうだろ?」
それから僕たちは、照明やテーブル、ラグなどを見てまわりながら、もし一緒に暮らしたら……という仮の設定で楽しく過ごした。結局、買ったのは小さなクッションだけだったけれど、それ以上に心に残る時間となった。
遅めのランチをとろうと入ったカフェは、テラス席に陽射しが心地よく差し込んでいた。遠くで家族連れの声が聞こえてくる。風が心地よくてまた時間を忘れそうだ。
「さっきの話だけどね、そんなに今すぐって感じに考えてるわけじゃないの。ただ……」
琴音ちゃんがストローをくるくると回しながら、少しだけ俯いた。
「高校の時は、この先の未来なんて全然想像できなかったの。体調のこともあって……夜が怖くて、朝起きることができるのか不安だった。学校にも行けずにリモートもたまにだったから……自分が普通の生活を送れるなんて思えなかった」
「……うん」
「でも、今は違う。社会人になって、まだまだ慣れないことも多いけど、ちゃんと“今”を生きてる感じがする。仕事があって、大切な人がいて……」
彼女としっかり目が合った瞬間、僕の胸がぎゅっと熱くなった。
「だからこそ、これからのこと、少しずつ考えたいって思ったの」
「それは、僕もだよ」
「え……?」
「前までは、僕はどこかで“今の琴音ちゃんの体調を一番に守れたらそれでいい”って思ってた。でも、付き合って……変わった。未来のこと、考えたいと思えるようになったんだ」
琴音ちゃんが目を細める。
「……君がいる未来を想像するのが、最近の一番の楽しみなんだ」
「そんなこと言われたら、泣きそうになるじゃない……」
彼女の目が潤む。僕はそっと手を差し出し、彼女の手を包み込む。
「泣かせたいわけじゃないんだよ。ただ、ありがとうって言いたくて」
「私の方こそ……奏多さんといると、強くなれる気がするの。どんな仕事の悩みも、日常の不安も……受け止めてくれる。そばにいるだけで、安心するの」
「それって、きっと……お互い様だよ」
帰り道、手をつないで歩く商店街には、夕陽が射していた。何でもない休日だった。だけど、心の中には確かに「これから」という気持ちが浮かび始めていた。
「ねぇ奏多さん、さっきのソファ……やっぱり良いかも」
「え?」
「いつか……一緒に暮らすってなったら、あのソファがあるリビングって素敵だなって」
それは、たぶんいつになるかわからない先の話。だけど、僕たちの間に確かに生まれた約束みたいな気がした。
「じゃあ、その時はグッズを置く棚も」
「それ絶対譲らないんだね」
「うん、絶対」
僕たちは小さく笑い合った。
まだプロポーズまではいかない。けれど確かに、未来への第一歩だった。




