20. 夜景
夜景が一望できるレストランで、僕たちは並んでディナーを楽しんでいた。もちろん、ここも例によって友人たちのおすすめである。
「改めまして、おめでとう琴音さん」
「ありがとう、奏多先生」
僕たちはグラスを合わせた。琴音さんは健康を考えてノンアルコールカクテル。いつもそうやって、身体を大切にしている彼女が、愛おしいとさえ感じてしまう。
「今はまだ研修中なの。社会人って、想像以上に大変だね」
「慣れるまでは誰でもそうだよ。少しずつ、自分のリズムができてくるよ」
「職場には事情を話したら、体調に応じてリモート勤務もオッケーにしてくれて……ありがたいよ」
「本当にいい会社だ。琴音さんの頑張りも伝わってるんだと思うよ」
「先生は……相変わらず附属女子高?」
「うん。相変わらずいじられてるけどね、でもそれも含めて楽しいよ」
「やっぱりモテそうだなぁ……女子高生に。ちょっと心配になっちゃう」
「え……そうかな? だけど安心して。僕が見てるのは、琴音さんだけだから」
「……奏多先生。ありがとう。私も、先生だけだよ」
食後、ラウンジのソファに並んで座って、ガラス越しの夜景を見つめる。目の前に広がる街の光が、まるで未来への道しるべみたいで時間を忘れてしまいそうだ。
琴音さんが、そっと僕の肩に頭を預ける。僕は何も言わず、彼女の肩を引き寄せた。
そのとき、彼女が小さな声で言った。
「ねぇ……もう、“先生”って呼ばなくてもいい?」
「……そうだね。もう、そういう関係じゃないかな」
「じゃあ……奏多さん、って呼んでみてもいい? 私のことも……琴音ちゃんって呼んで欲しいな」
その呼び方に、思わず胸が熱くなった。名前で呼ばれるだけで、こんなにも距離が近く感じるなんて。
「うん……じゃあ……琴音ちゃん」
「奏多さん……」
しばらく沈黙が続いたあと、彼女が小さくつぶやいた。
「今日は……帰りたくないかも」
その言葉に、僕の鼓動が少しだけ速くなる。
「僕も……同じ気持ちだよ」
レストランに併設されたホテルに向かう。空いていた部屋はダブルベッドのある一室だけだった。
僕たちはその部屋に入った。
「わぁ……夜景、すごく綺麗」
「本当だ」
カーテンを開けると、遠くに港の灯りが見える。嬉しそうに窓辺に立つ琴音ちゃんの横顔が、夜の幻想的な光に照らされている。
その姿が、何よりも美しかった。
夜景よりも隣にいる彼女が綺麗だという話もあるが、それ以上だと思った。
これまで大変な思いをして、困難を乗り越えた琴音ちゃんは――ここまで魅力的になるんだ。
思わず彼女を引き寄せる。すると彼女も僕を見つめ、時が止まったかのようだった。
気づけば重なり合う唇の感触だけが、甘いメロディを奏でている。
僕たちは肩を寄せ合い、言葉少なに時を過ごした。ホテルの部屋は静かで、外の喧騒も届かない。お互いの温もりと鼓動を感じながら、ひとつの未来を見つめていた。
彼女が照れたように笑って、言った。
「奏多さんと、こうしていられるなんて……」
「僕も。本当に幸せだよ」
ベッドの上で手を取り合い、そっと彼女を抱き寄せた。言葉では言い尽くせない想いが、胸いっぱいにあふれていた。
「私たち、もう血液は繋がってるみたいなものだもんね」
「うん……不思議だな。琴音ちゃんの命の中に、僕がいるなんて」
――だけどそれ以上に、心が繋がってるって思える。
「奏多さん。私ね……愛してるよ」
「僕も、愛してるよ。琴音ちゃん」
そう言って僕たちは、優しく唇を重ねた。何度も何度も、確かめるように。
彼女の頬は熱く、瞳は潤んでいた。
しまった。体調は大丈夫なのだろうか。
「琴音ちゃん、もう熱は……出ていない?」
「もう大丈夫だよ。だけどこうなるのは……奏多さんのせいなんだからね?」
そう言われて彼女に唇を塞がれる。琴音ちゃんのキスに不安や戸惑いはなく、喜びと安心が伝わってくる。
さらに僕は彼女をぎゅっと抱き締めた。お互いの吐息が“今、生きている幸せ”を表すかのよう。
「私……ずっとこうしていたい。離れたくないよ」
「僕もだよ。これから先も、ずっと一緒にいたい」
――きっとこの先も、困難はあるだろう。だけど僕たちは、同じ未来を見ている。その確かさだけが、今の僕にとってすべてだった。
琴音ちゃんが僕の胸に顔を寄せる。身も心も満たされ、ふたりで優しい光に包まれて眠りについた。
今日の幸せは、一生、忘れない。




