19. 公園
あれから四年が経った。琴音さんは大学を卒業し、念願だった栄養士の資格を取って、今は食品メーカーで働いている。二ヶ月か、三ヶ月に一度の定期通院は続いているけれど、大きな問題もなく、元気に日々を過ごしている。
僕はというと、引き続きソナルモニア附属女子高で教員をしている。今でも生徒たちにはいじられるキャラのままだが、彼女たちと関わる中で、僕自身もまだまだ学ぶことが多いと実感している。やはりこの仕事は、かけがえのないものだ。
僕たちは今でも、二、三週間に一度は電話をして、時々休日にランチをするような関係が続いていた。
大学時代に新しい出会いがあるかもしれないと思っていたが、そうした話は彼女の口からは出てこなかった。彼女はいつも、電話や食事の時間を楽しみにしているようで、仕事にも前向きに取り組んでいる様子だった。
そしてある四月の休日、僕たちは港の見える臨海公園に来ていた。花の名所としても知られていて、季節ごとに色とりどりの花が咲く場所。
海と空の青が広がるこの景色――彼女と来るのは初めてだった。
「先生……すごい、広いね!」
琴音さんが海の見える方へとゆっくりと走って向かう。セミロングの髪が風に揺れて、淡いブルーのワンピースがよく似合っている。
「空も海も大きい……今日来られて嬉しい。ありがとう、先生」
「こちらこそ。僕も初めてなんだ、この公園」
僕たちは海を眺めながらベンチに座り、しばらく静かに過ごした。やがて僕は、ずっと伝えたいと思っていた想いを、ようやく口にした。
「琴音さん……ずっと、言いたかったことがあるんだ」
彼女は僕の方をまっすぐに見つめた。春の光の中で、彼女の瞳が揺れているよう。
「……僕は、君のことが好きだ」
「先生……」
「最初は、同じバタフライズのファンとして自然に話していただけだった。でも、いつしか……それ以上の気持ちを抑えられなくなっていた。教師として間違っていると悩んだこともあった。君が大学に行けば、きっと新しい出会いもあると思っていた。それでも……僕は、君を大切に思う気持ちを止めることができなかったんだ」
琴音ちゃんの頬に、静かに涙が流れた。
「奏多先生……私……待ってたんだから」
彼女は両手で顔を覆いながら言った。
「私だって、ずっと先生が好きだった。病気になって、自分のことがわからなくなった時、先生はずっとそばにいてくれた。ドナーにもなってくれて……先生の血が私の中にあるって思うだけで、心が支えられた。あの頃の私には……本当に、先生しかいなかった」
そっと、僕は彼女の肩に手を添えた。
「君が頑張ったからだ。大人になったんだよ……琴音さん」
「……ずっと大人になりたかったの、先生に見合う人になりたくて。今日、やっと言ってもらえて嬉しい……!」
僕たちは自然と近づいて、そっと額を寄せ合った。涙の混じる笑顔が、何よりも美しかった。
「そうだ、琴音さん……これ」
僕はポケットから細長い箱を取り出した。中にはティアドロップのネックレスが入っている。
「栄養士の資格取得と、就職おめでとう。それと……移植から五年。無事に迎えられて、本当におめでとう」
「え……覚えててくれたの?」
「忘れるわけないだろう? 僕にとっても、五年目の記念日なんだから」
彼女は箱の中のネックレスをそっと指でなぞると、顔を上げて言った。
「先生、つけてくれる?」
「もちろん」
僕は少し緊張しながら、彼女の首元にネックレスをつけた。近くで見ると、彼女の笑顔がまた一段と輝いて見えた。
「……似合ってるよ」
その言葉に、琴音さんはふっと照れたように笑った。
この日のために、附属男子高時代の友人たちが色々と協力してくれた。ネックレスの選び方からデートコースまで。
「女子高の教え子と再会してそこから交際スタートかよ……やるな、奏多」
「今まで慎重に距離を保ってた分、余計に響くな」
「青春ってのは……思いの強さで決まるってことかもな」
口はちょっと悪いけど、どこか温かい。そんな彼らに背中を押された気がした。
ネックレスが陽の光を受けてきらりと輝く。琴音ちゃんが僕の腕を取って、そっと寄り添ってくる。
「先生、これからも一緒にいてくれる?」
「もちろん。僕も君と一緒に毎日を歩いていきたい」
この四年間、ずっと想いを育ててきた。ようやくそれが形になった今、僕たちは――やっと、同じ歩幅で未来を歩き始めたのかもしれない。




