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18. 卒業

 年が明けて、内部進学試験も無事に終わり、クラスには安堵の空気が広がっていた。附属男子高で、三年生の担任をしていた頃にも感じたが、この時期はどこか胸にぽっかりと穴が空くような、名残惜しさがある。


 最初は不安だらけだった附属女子高の勤務だったけれど、この二年間――彼女たちと共に過ごした時間は、間違いなくかけがえのない日々だったと今では思う。


「せんせー♪ 琴音って……卒業までに来れそう?」

「ああ、来れるといいんだけどね」


 梨香さんが、何気なく聞いてきた。琴音さんとはタブレット越しに何度かクラスと繋がっていたけれど、もう一年以上、実際には会っていない。退院して自宅療養中であることは、進学試験が終わった後に皆に伝えた。



 そしてある週末、琴音さんからの電話。


「先生、親とも相談しました。卒業式の日には学校に行きます」


「本当? みんな喜ぶよ」


「クラスのみんなにも、伝えてもらっていいですか?」


「もちろん」


 電話越しの声は、少し緊張しているようだったが、それでも彼女は前を向いているようだった。


「私……ずっと先生に支えられてきました。だから……ちゃんとお礼が言いたくて」


「うん。待ってるよ、琴音さん」



 ※



 そして、卒業式当日。


 式典が終わる頃には、僕の目尻も少し熱くなっていた。二年間の思い出が、胸の奥に広がっていく。それぞれの道に向かう彼女たちに、心からエールを送る。


 教室に戻って卒業証書を一人ひとりに手渡したあと、別室で待機している琴音さんを迎えに行く。


 久しぶりに会った彼女は、ウィッグを整え、少し痩せた姿だったが――その瞳にはしっかりと力が宿っていた。


「先生、歩くのはもう平気だよ」


「うん、気をつけてね」


 一緒に教室へ向かうと、扉を開けた瞬間、教室内から大きな歓声が上がった。


「琴音ー!!」

「会いたかったよー!」


 泣きながら駆け寄るクラスメイトたち。琴音さんも、涙を浮かべながら笑っていた。ようやく、ここに戻ってこれたのだ。


「はい、琴音! これ……みんなから!」


 梨香さんが手渡したのは、色紙だった。


「退院おめでとう」「大学で待ってるね」「身体に気をつけて」そんな温かいメッセージが並ぶその中に――


『ずっと応援しています』という、僕の言葉も書かれていた。


 色紙の真ん中に書いてくれと頼まれた。誰の仕業かはわからないが、おそらく……凪沙さんあたりだろう。


「ありがとう、みんな……! 私、ここに戻ってこれて本当にうれしい」


 そう言って涙をぬぐう琴音さんの姿を、僕は胸いっぱいの思いで見守っていた。



 ※



 彼女たちの卒業後、僕は一年生の担任になった。


 一方で琴音さんは、自宅療養を続けながら、定期的に登校して個別の指導を受け、ついに一年後――高校を卒業した。


 進学先はソナルモニア女子大学の栄養学部。


「病気になってから、食べることの大切さをもっと感じるようになって……勉強したくなったの。先生のおかげでここまで来られたよ」


「ううん。琴音さん自身の努力の賜物だよ。よく頑張ったね」


 彼女はすでにウィッグも外し、自然なボブカットがよく似合っていた。



「先生……中高生って青春だって言うでしょ? 私、高校生活の半分は病院か自宅だった。でも、それでもこれって青春って言えるのかな?」


 ある日、並んで歩きながら彼女がぽつりとつぶやいた。


「そうだね……青春って、人それぞれだよね。何かに本気で向き合って、生きてるって感じられたなら――それはきっと、青春だよ」


「そっか……じゃあ、私も今から大学で青春しようかな」


「うん、それがいい」


「でもさ……本当は先生に言ってほしかったな。『一緒に青春しよう』って」


「え……」


「フフ、冗談だよ。でも、先生だって、まだまだこれからでしょ?」


 そう言って笑う彼女の目は、どこか大人びて見えた。



「先生、行こ!」


「うん……!」


 目の前には「バタフライズ」のグッズ専門店があった。かつて、ノートに書いてくれた“元気になったらやりたい百のこと”――その一番目が、ようやく叶う瞬間だった。


 琴音さんが僕の手を軽く引く。その手の温もりが、なぜだか未来への希望のように感じられた。


 “これから”を歩いていく彼女と一緒に――


 僕もまた、一歩ずつ、自分の時間を進めていこうと思った。

 

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