17. 週末
二学期に入り、三年生たちの内部進学に向けた第一回の試験も無事に終わった。文化祭も活気に満ちていて、まさに、三年生らしい団結と盛り上がりを見せてくれた。
琴音さんの体調も順調に回復し、十月には退院することが決まった。退院後は月に一度の通院が必要とのことだが「やっと自分のベッドで眠れる」と嬉しそうなメールが来ていた。
僕は週に一度、病院に顔を出していたけれど、これからはそれもなくなる。自宅での生活に慣れることが先決だ。退院後は徐々に日常生活に戻ることが求められるが、それでも病院よりずっと安心できる環境だろう。
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そして無事に琴音さんは退院し、時々僕にメールをくれるようになった。
『病院食はなかなか食べられなかったのに、家ではごはんが全部美味しく感じるの、なんでだろう(笑)』
『今日近所を少し散歩しました。空って、こんなに綺麗だったんだ』
『また昼寝しちゃった……体力がもっとほしいな』
その一つひとつの言葉に、僕の心もじんわり温かくなる。彼女が元気を取り戻していることが何より嬉しくて、僕も自然と前向きになれる。
週末には、「話したい」とのメッセージを受けて、僕から琴音さんのスマホに電話をかけるようになった。
「課題、少しずつだけどやってるよ。自分のペースで行こうと思ってる。いつかは卒業できると思うし」
「うん、無理せず、自分のペースで大丈夫だよ」
「でもちょっとだけ得した気分なんだ。学年の中で、先生と一番長く話してるのって……私ぐらいじゃない?」
「はは、そうかもしれないね」
「……先生、私が卒業するまで転勤しないでね?」
「来たばかりだから、まだしばらくはいると思うよ」
彼女の声は明るく、力も湧いてきている。僕もその声を聞いて、何度も元気をもらってきた。教師として、生徒の力になれているという実感が、今は何よりの励みだ。
十二月。次の内部試験に向けて、生徒たちの空気も少しピリッとしてきた。だけど、クリスマスの話題が出ると、やっぱり三年生でも年相応にはしゃぐのが微笑ましい。
「あー、彼氏ほしいなー! 今年のクリスマス、どうする?」
「試験勉強しなきゃ。でも、ちょっと集まりたいよね」
「プレゼント交換したいー!」
教室は楽しげな雰囲気に包まれていた。
「せんせー、今年のクリスマス、予定あるんですか?」
振り返ると、梨香さんがこちらを見ている。
「課題作りかな。冬休み中に配信しないといけないから」
「やっぱり何もないんだ〜。ふふっ」
「ハハハ……」
「先生、実は好きな人いるけど立場的に言えないとか?」
凪沙さんが冗談混じりに言う……この子は本当に勘が鋭い。いや、よく人を見ているのかもしれない。
「図星ですか、先生?」
「さて……担任をからかうのはこのくらいにして。試験も近いし、体調管理はしっかりね。寝不足や風邪に気をつけて」
こんな風にからかわれても、それを上手く受け流せるくらいには、僕も教師として成長したのだと思う。
そして冬休み。
再び週末に琴音さんと通話することになった。クリスマスムードで街は華やいでいたが、電話口の彼女は落ち着いた声で、こう言った。
「先生、メリークリスマス!」
「メリークリスマス。今日はゆっくりできた?」
「うん、さっき家族でケーキを食べたよ。甘いものが美味しくてね、久しぶりに普通のことを楽しめた感じ」
「それは本当に良かった」
「最近は、玄米と鯖の塩焼きと豚汁っていう組み合わせが好きなの。お母さんが作ってくれて」
「おお、健康的だね。僕も鯖は味噌煮より塩焼き派だな」
「先生と食の好みが一緒って、なんか嬉しい」
ただただ穏やかな時間だった。
何気ない会話が、こんなにも心に残るものになるとは。きっと彼女も、同じように感じてくれていたらいいな、と思った。
「三学期、学校に来られそう?」
「やっぱりリモートが中心かな。でも……卒業式の日には、みんなに会いたい」
彼女のその言葉に、僕も自然と頷いた。
「わかった。卒業式には来てくれても大丈夫だから。式の後、教室にみんなが集まる。その頃には琴音さんの体調ももっと良くなってるといいんだけど」
「うん! その日を目標にする」
彼女の言葉には希望があった。
そして、その希望を教師として支えていきたい――そう強く思った冬の夜だった。




