16. 安心
ソナルモニア大学やソナルモニア女子大学への内部進学試験は九月と一月の二回実施され、一定の成績を満たす必要がある。ただ、大半の生徒は基準をクリアし進学できる仕組みになっている。
夏休み中もその対策として課題配信などが続き、僕も自宅や学校で課題作成に追われていた。三年生の担当となれば当然の業務であり、生徒たちの心のサポートもまた重要だ。
なぜか僕は女子生徒たちと話しやすい雰囲気があるらしく、夏休み中も「娘が先生と話したがっていて……」という保護者からの電話が何件か入った。大半がちょっとした相談や、たわいのない雑談だった。
久しぶりに、附属男子高時代の友人たちと居酒屋で集まった。
「奏多……お前、ほんとに勝ち組だな。生徒の進路相談や試験監督……夏休みも人気教師ってどういうことだよ」
「こっちは業務に追われてヘトヘトだってのに、どうしてそう優雅なんだ?」
「……いや、そんなことないって。課題作りとか案外大変だし」
「でもさ、女子高生四十人の教室で試験監督って、正直うらやましい。あの空気感だけでご飯、三杯いける」
「妄想で生きてるな……」
「そうだ、例の“気になる子”とは何か進展あった?」
しまった。話が核心に近づいてしまった。
「いや……まぁ、たまに話をするくらいで」
「なんだよ、それだけ?」
「いやいや……とりあえず回復に向かってるし、それが一番だと思ってるよ」
「ふーん。ま、気をつけろよ。人気教師っていろいろ誤解されがちだからな」
「それは……本当に気をつけるよ」
そして週末。いつものように病院へ面会に行くと、琴音さんは車椅子なしでデイルームに来ていた。
「車椅子、楽なんだけどちょっと動きにくくて……やっと少しずつ歩けるようになったよ」
「順調そうで良かった。リハビリ、頑張ってるんだね」
「うん、院内を歩いたり階段を上がったり、あとはエアロバイクも!」
彼女の笑顔が明るくて、安心した。
「ちょっとずつだけどね。もっと早く回復できたら、いろんなところに行けるのにな」
「焦らなくて大丈夫。少しずつ前に進んでいけたら、そのうちまた出かけることだって出来るよ」
琴音さんは僕の顔をまっすぐ見つめて、ぽつりと言った。
「奏多先生と話すと、前向きになれるんだ。先生が担任で良かった」
「ありがとう。そう言ってもらえるのは、教師として嬉しいことだよ」
しばらくして、彼女はそっと背中を預けてきた。
「この時間が好きなんだ。すごく落ち着くから」
「それならよかった。無理せず、少しでも気が楽になるといいね」
「先生って、あったかいんだね」
「そうかな?」
「うん……バタフライズが好きな人って、きっとあったかい人が多い気がする」
「確かに……そんな気がするね」
「先生……今はまだ毎日が精一杯だけど、いつか元気になったら、また……いっぱい話をしてほしい」
「もちろん。そのときが来たら、ゆっくり話そう」
そして、次の面会日。
僕は再びクラスの生徒たちが撮ってくれた応援メッセージのビデオを持参していた。
『琴音ー! 私たちみんな応援してるよー! 元気になってねー!』
『あ、そういえばあたし新しいカレシできた!』
『えー!? 早っ! 早すぎる!』
『一緒に受験頑張るんだっ♪』
明るくて、少し騒がしいクラスの雰囲気。その映像を見て琴音ちゃんは笑っていた。
『あ、そうそう。奏多先生、琴音のことずっと心配してるよ〜♪』
やっぱり僕のことまで話題にされていた。恥ずかしい。
「先生、心配してくれてるんだ」
「それは……そうだね」
「バタフライズ、聴きたいな」
「うん、聴こうか」
琴音さんににイヤホンを渡すと、彼女はそっと僕に寄り添った。
今日は明日への希望を意味する『TOMORROW』から再生した。
「こうして一緒にバタフライズを聴いていると安心するの。バタフライズや先生の言葉……ぬくもりが、いつも私の支えだったから」
「そう感じてもらえているなら……僕も、嬉しい」
僕は――教師だ。
だから、ただその背中を優しく支えることしかできなかった。
だけど、バタフライズが好きなことは一緒。
二人で好きな曲を聴いてゆったり過ごせる時間が心地良かった。




