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13. 手紙

 五月中旬、自宅ポストに骨髄バンクからの封筒が届いた。もうすべて終わったはずだが、何か手続きの案内かと思い開封すると――


 それは、骨髄液を提供した患者さんからのお礼の手紙だった。


 

『私は関東地方に住む10代の女性です。病気が分かった時や治療中は不安でよく泣いていました。だけど、ドナーさんが見つかったと聞いて生きる希望ができました。ドナーさん、私を助けてくださり本当にありがとうございました。今のところ身体も順調です。これからも一日一日を大切に過ごしていきたいです』


 

 頬に、自然と涙が伝った。


 ――この字。見覚えがある。


 きっと、彼女だ。琴音さん。


 

 授業や面談、ノートを通して何度も目にしてきた、あの字。『元気になったらやりたい百のこと』と綴られたノートと同じ筆跡だった。


「ほら、まずは『奏多先生とバタフライズのグッズ専門店に行く』が一番だよ」


 あの時の笑顔が、頭に浮かぶ。


 僕が提供した骨髄液で、彼女が回復に向かっている――それだけで胸がいっぱいだった。何万分の一という型の一致、その偶然が彼女の命を救ったのだ。


 早速、僕もお礼の返事を書く。個人情報を書いてはいけないルールがあるため、「関東地方に住む20代の男性」として、簡潔に感謝と回復を願う気持ちを綴り、すぐにポストへ投函した。



 ※



 (琴音視点)


 やっと無菌室を出て、一般病棟に移ることができた。


 免疫力が極端に低下する移植後の二週間――嘔吐、発熱、孤独。辛い毎日だった。身体が全くベッドから離れられない時もあって本当に歩けるようになるのか、不安ばかりだった。でもある時、急にふわりとほんの少しだけ楽になる瞬間があった。その翌日、血液検査で血球が回復していることがわかった。

 

「生着しましたね」と言う主治医の先生の言葉で涙が溢れそうだった。そして奏多先生にもメールを打つことができた。


 そんなある日、母が一通の手紙を持って来てくれた。それは、私がドナーさんに書いた手紙の返事だった。


 

『私は関東地方に住む20代の男性です。私があなたを助けることが出来たのならとても嬉しいです。これから回復して元気になってくれることを祈っております』


 

 ――この字、どこかで見たことがある。


 

 私は、大切にとっておいた一枚の紙をポーチから取り出す。奏多先生がくれたバタフライズのおすすめ曲のリスト。『SHE GOT』も書いてあった、あの紙だ。


 字が、同じ……。


 

「僕が一番好きな曲なんだ」

「先生、私もです……」


 

 教室で一緒に聴いたあの曲。同じ曲が好きだったことは偶然かもしれない。

 だけどこの偶然がずっと私の支えになっていた。


 

 そして、今この瞬間も……。


 先生が、先生が……ドナーだったんだ。


 ありがとう……奏多先生。



 


 少しして主治医の先生が説明に来た。


「この検査結果を見ると、血液は“男性型”に変わっています。つまりドナーの方の血液がしっかり定着しています。病原体もゼロですね」


「男性の血液……そっか。ドナーさんが男性なら、そうなるんだ」


 先生は穏やかにうなずいた。


「あくまで血液の性別ですので、日常生活に影響はありません。あ、髭が生えるとかないからね、それはホルモンの話だから。血液型も合わせていますし、あとは男性の方が赤血球が多いのでドナーとして選ばれる傾向ではあります」


 説明を聞いて、少し安心した。


 私の中で新しい血液が生まれ、生きる力が生まれている。その血液がどこから来たのか、私は知っている。だけど、それをここで確かめることはできないし、言葉にすることもない。ただ、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。


 すると、急に体が熱くなり始める。おかしい、さっきまで主治医の先生と話せていたのに。

 私はナースコールのボタンを押す。


「少し熱がありますね。点滴を準備します。これは……もしかしたらGVHDかな……」


 看護師さんの声に、はっとする。


 ――GVHD。


 そうだ。移植後に起きる可能性のある拒否反応。

 でも――私は受け入れたい。血液をくれた人の思いを、体に、心に、ちゃんと受け止めたい。


 大丈夫……私は、きっと乗り越えられるから……。


 そう思いながら静かに目を閉じた。

 

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