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12. 誕生

 僕がドナーとして骨髄液を採取される日は、四月中旬と決まった。彼女たちが、三年生に進級して間もない頃で、数日の入院が必要だったため、主任や教頭には事前に連絡して了承いただいた。


 進級によりクラス替えはあったが、僕を含む担任陣は「持ち上がり」。僕は、三年五組を受け持つことになった。

 そこには偶然にも梨香さんと凪沙さんがいて、そして――琴音さんも「在籍」している。彼女は今も治療中で登校は難しいが、事情を知っている教員が担任になる方がよいということで、僕が引き続き担任になることとなった。


『先生、もうすぐ入院です。強いお薬が始まります。怖いけど……移植、がんばります』


 彼女からのメール。僕の入院よりも少し前に、琴音さんの骨髄移植に向けた入院が始まる。

 つまり、今回のドナーは――僕ではないのかもしれない。


 


 ちなみに三年五組の初日、女子たちが声をかけてきた。


「やったー♪ また奏多先生だー! ラッキーだよね、凪沙!」と梨香さんが言う。

「うん。何だか先生、前より元気になってない? やっぱり女子高生にも慣れてきたんじゃない?」


 凪沙さん、相変わらずチェックが鋭いな……と思いつつ、僕はいつも通りに朝のホームルームを行った。


 


 そして、いよいよ僕のドナーとしての入院日。

 この日まで、風邪を引かないよう外出を控え、栄養バランスにも気をつけてきた。健康で安全な骨髄液を――どこの誰かは分からないが、患者さんのもとへ無事届けたいという思いだけで、ここまで過ごしてきた。



 病室に案内され、看護師から説明を受ける。


「……あの、すみません。患者さんがどんな方か、聞いたりは……」

「申し訳ありません。それはお知らせできない決まりです。でも、こうしてドナーになってくださる皆様には私たちも本当に感謝しています」


 ああ、やはり分からないままなんだな……。

 琴音さんのためなのか、誰か他の人のためなのかはわからない。けれど今は、誰かの命を救うことができるかもしれない……そう思うと嬉しかった。



 翌日、僕は全身麻酔をかけられ、うつ伏せの状態で腰の下あたり(腸骨)から骨髄液を採取された。

 目覚めた時にはすべて終わっていて、背中に少しだけ痛みが残っていたが、大きな苦痛はない。しばらく仰向けで安静にし、心の中で「どうか、届いてほしい」と願っていた。


 


 そして採取の次の日に退院が決まり、病院を出る準備をしていたとき、スマートフォンに通知が届いた。琴音さんからだった。


『無事に移植できました。赤血球が増えたって言われて、ちょっと貧血も楽になってきたみたい。……でも、ここからが本番だから、焦らずに頑張ります』


 思わず胸に手を当てた。

 彼女が、ちゃんと今日を迎えられたこと。無事に移植が済んだこと。

 その知らせだけで、全身からほっと力が抜けていくようだった。


『良かったです。無理をせず、ゆっくり過ごしてくださいね』


 返信を打った後、自宅に戻りCDプレーヤーの再生ボタンを押した。

 流れ出す『TOMORROW』。

 明日への希望を抱く曲。

 僕の部屋に、明日がやってくるようなそのメロディと歌声が流れていった。


 


 学校へ復帰したその日。予想通り、女子たちの質問が止まらなかった。


「せんせー、なんで休んでたの? まさかお見合い?」

「それとも……誰かのために世界を救ってたとか?」


「いやいや、せんせーは出会いがないから、そろそろ本気出さないと~!」


 相変わらず言いたい放題である。だが、もう僕は笑って受け流せるようになっていた。


「はいはい、それじゃあ授業始めるよー! 教科書の八ページ、開いてください」



 三年生は大学進学が控えている。

 この学校の多くの生徒はソナルモニア大学、またはソナルモニア女子大学へそのまま進学するが、学部ごとに異なる内部進学試験があるため、気を抜けない時期だ。


 僕も教育学部に進むために必死だったことを思い出す。

 進路に迷う生徒たちと向き合い、保護者とも連携しながら、しっかり支えていこう。

 そう、改めて気持ちを引き締めた。


 


 僕の退院から二週間ほど経った頃、琴音さんの母親から学校に連絡があった。


「昨日、生着したと医者の先生から連絡がありました。まだ体力は戻っていませんが、少しずつ快方に向かっています。先生方にもご心配をおかけしました」


「よかったです。本当に……お大事になさってください」



 血液疾患の治療は、薬で悪い細胞を除去する過程で、正常な細胞も失ってしまう。だからこそ、ドナーからの骨髄液を移植して、新しい血液細胞を再生させる必要がある。


 その骨髄液が「生着」するかどうか――つまりドナーの血液細胞が患者のものとなり、血球が正常に働くか。それが、患者にとって大きな関門だ。

 生着までのこの二週間、血球の減少により様々な症状が起こる。主に嘔吐や発熱であるが、彼女はこれらの強い症状の中、毎日頑張っていたに違いない。


 そのすべてを乗り越えて、患者にとって「第二の誕生日」と呼ばれる生着の日を迎えた。

 どんなに辛かっただろうか、本当に……。


 


 帰宅後、彼女からメールが届いていた。


『先生、無事に生着したよ。私の第二の誕生日だって。まだ入院は続くけど、ドナーさんや周りのみんなへの感謝の気持ちを忘れずに過ごしていきたい。早くみんなに会いたいな』


『本当におめでとう。退院の日を楽しみにしています。焦らず、ゆっくりね』



 そう返信しながら、僕は静かに胸の内でつぶやいた。


 ――僕も、琴音さんに会える日を待っているよ。

 

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