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11. 封筒

 ある日、附属男子校時代の友人たちとのグループ通話でのこと。


「おい、奏多。例の応援してる子のこと、どうなった?」

「もうすぐ冬だぞ。体調とか大丈夫か?」

「なんか、また覇気ない声してるな。大丈夫かよ」


 どうやら僕の声には覇気が足りていないらしい。まあ、無理もない。

 

「うん……まだ予断を許さないみたいでさ。自分に何ができるか、考えてしまってる」

「そっか……深刻なんだな」

「でも、俺たちには話すことで少しでも楽になってくれたらって思ってるからさ。その……何かあったらいつでも言えよ」


 ありがたい言葉だった。でも、琴音さんが懸命に病気と闘っていること――その全部を簡単には話せなかった。


 二学期ももうすぐ終わる。課題や通知表の準備に追われ、僕は仕事を持ち帰って夜遅くまで作業していた。


 そんな中、琴音さんからメールが届いた。


『今日、退院しました。しばらく通院しながらゆっくり過ごします』


『退院したんだね。ゆっくり休んでね』


『今、バタフライズ聴いてるよ。先生はどの曲が今の気分ですか?』


 彼女からの問いに、僕は一瞬悩んだ。『LOVE ME』……ではなく、やはりここはあの曲だろう。


『TOMORROW』と返した。

“どんな困難があろうとも、必ず明日は来る”――これからの琴音さんを応援したい曲。


『先生、ありがとう。またメールするね。ちなみに私は先生に“LOVE ME”聴いてほしいな……なんて』


 その言葉にドキッとしたが、深く考えるのはやめておこう。ただ、彼女がバタフライズを聞きたいと思っていること――それだけでもう充分だ。


 


 そして、二学期が終わった。今日は終業式。


「せんせー♪ クリスマスって何するの?」と梨香さんが尋ねてきた。


「三学期の準備かな」


「ふふっ、やっぱり~。先生ってそういうとこ、ブレないよね♪」


 女子高生たちの小さなイジりにも、だいぶ慣れてきた。クラスの雰囲気は良好で、皆それぞれ前向きに頑張っている。だけどやはり、クラスで一人だけ……琴音さんがいないのは寂しい。


 

 帰宅して郵便ポストを見ると、見慣れないオレンジ色の封筒が届いていた。骨髄バンクからのものだった。


 封筒を開けて用紙を取り出す。そこには「ある患者と白血球の型が一致したため、ドナーとしてご協力いただけますか」といった内容。


 そういえば数年前、附属男子高時代に保護者が骨髄移植を受けたという話を聞き、僕も登録したのだった。でも、その確率は何万分の一。今まで一度も連絡が来たことはなかった。


 今になって届いたということは……偶然にしては出来すぎている気もする。


「……もしかして、彼女なのか?」


 もちろん、患者とドナーの情報は開示されないことになっている。仮にそうだったとしても、確かめる方法はない。でも――


「どちらにしても、助けたい。誰かがきっと苦しんでいるのだから」


 僕はすぐに同意する旨を記載し、返信用封筒をポストに投函した。


 


 年明けからは、各種検査が続いた。健康体でなければドナーにはなれないため、慎重な診察が続く。学校を休んで病院に通うこともあり、主任や教頭に説明し理解を得た。感謝しかない。


 そんなある日、琴音さんからのメールが届く。


『先生こんにちは。聞いて。ドナーさんが見つかりました! しかも二人も見つかったんです。どちらになるかは体格や年齢などから決めるみたいだけど……本当に嬉しいです』


 僕は心の底から安堵した。


『よかったね。本当にうれしいよ。きっとうまくいくと信じてる』


 もしかすると、僕がそのドナーの一人なのかもしれない。でも、そんなことは重要ではなかった。大切なのは、彼女に希望が――明日が見えたということだ。


 


 その後、彼女のご家族から電話があり、体力的な理由から登校は難しいとのことだった。ただ、リモートでクラスメイトの顔が見られるなら、との希望があった。


 僕はすぐに準備に取り掛かり、タブレットを教室に設置して、専用アプリを操作した。


 そして朝のホームルームの時間に画面に現れたのは、ロングヘアのウィッグを被った琴音さんだった。


「きゃー琴音ー! 久しぶり! 元気?」

「うん、何とか。ありがとう。みんなの顔、見たかったんだ」


 次々と女子達が画面越しに声をかけていく。その一つ一つのやり取りが、彼女にとって何よりの励ましになるのだろう。


 琴音さんは授業の間だけ参加し、体調を考えてすぐに退出した。でも、その笑顔には明らかに活力が戻っていた。


 


 その後も――三学期中に二回だけではあったが、彼女はリモートで参加することができた。

 

 もうすぐ、三年生。春がまた、一歩近づいてくる。

 

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