10. 色紙
あれからご両親との話し合いを経て、病名は伏せたまま、クラスのみんなに彼女の現状を伝えることとなった。
発表後、教室はしんと静まり返り、驚きや戸惑いの表情も見える。目に涙を浮かべる生徒もいた。
僕は、あらかじめ用意しておいた色紙を取り出し、寄せ書きを提案した。「応援しているよ」「頑張って!」というメッセージのほか、カラフルなイラストが添えられていく。僕も最後に、空いたスペースにそっと言葉を記す。
『応援しています。きっと大丈夫』
週末に病院へ届ける予定だと伝えていたため、翌日、梨香さんと凪沙さんが大量の折り鶴を持ってきてくれた。
「先生! 放課後、みんなで折ったんだよ。千羽ないかもだけど!」
「ありがとう。君たちの気持ちは、きっと彼女に届くよ」
「ねえ先生、こういう病気ってさ、最先端の医療で何とかなるんでしょ?」と凪沙さんが聞いてきた。
「僕は専門じゃないけど……琴音さんにとって一番良い治療方法を、お医者さんたちが考えてくれてると思うよ」
「先生、もしかしてちょっと元気になってきた?」
「やっぱり琴音のこと気になるんだ〜」
「せんせーったら、わかりやすい〜!」
そんな冗談に、苦笑しながらも――実際その通りだった。
クラスのみんなの応援を届けたい。少しでも彼女の力になれるのなら、それが何より嬉しかった。
※
そして週末。僕は、寄せ書きの色紙と折り鶴の束を持って、病院のデイルームへ向かった。
ソファに座る彼女は、前とは色の違うケア帽子をかぶっていた。
「琴音さん」
「先生……! あ、それ……」
「みんなで作った折り鶴だよ。元気になるようにって願ってた」
「……うぅっ、嬉しい……こんなに……」
彼女の手元に、色とりどりの鶴をそっと置き、続いて鞄からはあの色紙を取り出す。
「こっちは、みんなのメッセージ」
「すごい……みんな、ありがとう……」
色紙を抱きしめるように持ちながら、琴音ちゃんは涙をこぼした。
「先生の言葉、端っこにあった。もっと目立つ場所に書いてくれてもよかったのに」
「最後に書いたから、ちょっと隙間になっちゃってさ」
「……そっか。まあ、先生は直接来てくれるもんね」
そう言った後、彼女の表情がふっと曇った。
何かあったのだろうか。
「……先生、私、もう……駄目かもって思ってて」
「え?」
涙を堪えきれなくなった彼女は、肩や声を震わせながらゆっくりと話し始めた。
「兄と……白血球の型が一致しなかったの」
骨髄移植には、HLA(白血球の型)が完全に一致しているドナーが必要になる。彼女の兄とは七つまで一致していたが、あと一つがどうしても合わなかったという。
「もう少しだったのに……あと一つだったのに……」
何も言葉が出なかった。ただ、彼女の苦しさが伝わってきて、また胸がぎゅっと締めつけられる。
「今回の治療で体力も限界だから、一度退院して、少し回復させましょうって言われた。その間に骨髄バンクで……合う人が見つかるかどうかって」
「不安なんだね」
「うん……寝ようと思っても、考えすぎちゃって……もう、何もかもが怖くて……」
「琴音さん、まずはゆっくり休んで。退院したら、何も考えずにのんびりする時間も必要だよ。バタフライズを聴きながら、好きなだけダラダラしていいんだ」
「先生……」
「今は頑張りすぎなくてもいい。連絡くれたら、話だけでも聞けるから」
「授業中じゃ無理だけどね、先生」
「あ、確かにそうか」
二人で苦笑し合ったその時、彼女が小さな声で言った。
「先生……私……まだ、生きてていいのかな」
その問いに、僕はしっかり目を見て答えた。
「もちろんだよ。君は、まだたくさん未来がある。生きてていいなんてレベルじゃない。生きるべき人だよ」
琴音さんが、ふっと笑った。涙が浮かんでいたけれど、その笑顔には力があった。
「そっか……先生は、そう思ってくれるんだ」
「もちろんさ。……ほら、バタフライズのグッズ専門店、行くって言ってたじゃないか」
「うぅっ……先生ぇ……!」
彼女の気持ちがまた溢れていった。
頼りにしていたお兄さんとの白血球の型が合わず、どれだけ不安だったか――想像を絶する日々だっただろう。
だけど、少しでも支えになれたなら。クラスのみんなの気持ちとともに、僕の言葉が心に残るなら。
「琴音さん……」
僕はそっと頭に手を添え、ゆっくり撫でる。
その温もりが、少しでも安心につながればいいと願いながら。




