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2-7 愛と支配

 1949年6月、7歳のエドゥアルトはGrundschule(基礎学校、日本の小学校)入学を目前に控え、保育園では生活発表会が行われた。エドゥアルトは度重なるアレクセイからの「尋問」に屈することなく、ついに劇内容について黙秘を貫いたので、夫婦は全く内容について知らずに小さなホールへ足を運んだ。

「あいつはたいしたもんだ、本職の俺相手に口を割らなかったんだからな」

 アレクセイは感心しながら言い、エリザベートは劇内容をますます楽しみにしていた。たかが保育園の生活発表会だが、前のほうの来賓席には占領ソビエト軍の制服が2人見えた。アレクセイは彼らの顔を知っていたが、互いに知らぬふりをしていた。今アレクセイは市役所勤務のノイマンなのである。


 保育園に入ったばかりのクラーラは0歳児クラスで、先生の膝に乗って手拍子の演技だった。まったく自分では何かできる幼児たちではないが、赤ちゃんというのはそこにいるだけで可愛らしい存在なのだ。人々は笑顔になり、拍手をしていた。

 その後1歳児、2歳児、3歳児と短い演技が続いたが、エリザベートはふと妙な感覚を覚えた。普段送迎でもこのあたりの教室には入らないので、知らない子ばかりだったが、明らかに雰囲気の違う子供が何人か混じっていた。顔の幅、頬骨の高さ、髪の色、目の色……いや、ドイツ人でもいろいろな容姿の人がいるはずだ。たまたま自分はナチスの言うところのアーリア人の容姿を持って生まれたので、生きやすかったにすぎない。総統だって黒髪だった。だが、この子供たちが「なんとなく違う」という違和感はなんだろう。そしてエリザベートはギゼラが葬儀の後、きつい口調で自分に対して言った言葉をおぼろげに思い出した。

「奥様はルッセンフーレ(ロシア人相手の娼婦)にはなったけれど、ルッセンキンダー(ロシア人の血を引く子供)を産む度胸はあるのですか」

 1945年春、ソビエト赤軍は侵入してきた。1946年生まれ、1947年生まれ……つまり今現在の2歳、3歳児。あの子たちはソビエト人との間に産まれた子供ではないだろうか、というのが推定された。結婚が許されない関係で、子供を産むというのは相当な覚悟が必要だったはずだ。そして、自分の産んだクラーラが、うまくミックスされたような容姿で生まれたことを幸運だったと思った。同時に、自分はアレクセイのルーツについて何も知らないことに思い至った。この人の親にも兄弟姉妹にも私は会ったことがない。アレクセイはドイツ人に混ざってもわからないような容姿だが、黒髪黒目のせいか、どこか背景に中央アジアの風を感じるような雰囲気だった。


 4,5,6歳児クラスは合同でやる劇だったので、かなり大掛かりなものだった。保護者の期待の中、劇は始まった。荒れ果てた背景の中、5歳児が扮する黒い服を着た「悪い」ナチスたちが、4歳児扮する「かわいそうな」ドイツ国民をいじめている。そこへ6歳児たちが扮するカーキ色の服を着た「正義の」ソビエト軍が登場し、ナチスをやっつけるという内容だった。エドゥアルトはひときわ目立ち、ソビエトの赤旗を持つ兵士役たちを従えて岩の上に昇り、こう叫んだ。

「私はゲオルギー・コンスタンチーノヴィッチ・ジューコフ将軍である! ドイツ国民たちよ、悪いナチスは我々が打ち負かした! あなたがたは解放されたのだ!」

 4歳児扮するドイツ国民は、大喜びで6歳児扮するソビエト兵を迎えた。エドゥアルトは続けて叫んだ。

「さあ、これからは我々ソビエトを兄とし、君たちドイツは弟だ。兄弟の絆で共に社会主義の国を発展させていこうではないか!」

 そこで5歳児も黒い制服を脱いで、全員で肩を組み、インターナショナルという世界的な社会主義・共産主義運動のシンボルである歌を歌って、大団円となった。



~インターナショナル~


起て飢えたる者よ 今ぞ日は近し

醒めよ我が同胞(はらから) (あかつき)は来ぬ

暴虐の鎖 断つ日 旗は血に燃えて

海を隔てつ我等 (かいな)結びゆく


いざ闘わん いざ 奮い立て いざ

あぁ インターナショナル 我等がもの

いざ闘わん いざ 奮い立て いざ

あぁ インターナショナル 我等がもの


聞け我等が雄たけび 天地轟(とどろ)きて

(かばね)越ゆる我が旗 行く手を守る

圧制の壁破りて 固き我が(かいな)

今ぞ高く掲げん 我が勝利の旗


いざ闘わん いざ 奮い立て いざ

あぁ インターナショナル 我等がもの

いざ闘わん いざ 奮い立て いざ

あぁ インターナショナル 我等がもの


<訳詞:佐々木孝丸/佐野碩>




 エリザベートは何これ? 何だこれ? という思いで混乱しながら劇を見ていた。幼児教育の先生たちがこんな劇を考えるわけがない。これは東側の未来を担う小さな子供たちを、物事が分からないうちから思想教育をするという、占領ソビエト軍の命令だとすぐにわかった。他の保護者たちはどう思っているのだろう。アレクセイは? 彼女は横に座るアレクセイの顔を見た。彼も驚きながら、だが非常に満足した顔で嬉しそうに劇を見ていた。エリザベートは震え、涙を落した。アレクセイが気づき、彼女の手を握った。しかしそれは励ましたのではなく、手を押さえつけられたように感じた。

 私がドイツ第三帝国の誇りを捨て、アレクセイの愛と、彼の支配下での安住を選んだことで、私の子が、純粋なドイツ人の子があのような演技を喜んでしている。クラーラは半分ロシア人だけれど、エドゥアルトには一滴もロシアの血は入っていない。それなのに、ドイツを打ち負かす演技をしている。エドゥアルト、あなたの本当のお父様は黒い制服を着た、誇り高いドイツの軍人だったのよ! ドイツのために戦ったのよ。今彼女の過去の愛と誇りは完全に敗北し、永久に葬り去られたような気がした。


 歌が終わり、まず来賓席のソビエトの制服を着た軍人が立ち上がって、満足げに拍手を送った。おそらく彼らが書いたシナリオだったのだろう。それを合図にすべての観客は、まるで儀式のように、あるいは見えない鞭で打たれたかのように一斉に立ち上がり、熱狂的な拍手と声援を送った。彼らの顔は歓喜か、あるいは義務感で紅潮していた。エリザベートは、立ち上がることを拒むように椅子に沈み込んだまま、総立ちの観客の熱狂と舞台の赤旗の光景を見つめた。しかし、横のアレクセイから腕をつかまれ、無理やり立たされた。

「こういう時は立つものだ。コンサートにしろ、昔の集会でもそうだっただろう。体制への反抗と取られるぞ」

 そう、アレクセイが小声で耳元でささやいた。エリザベートはもう何も考えられず、立ったまま舞台の幼児たちに拍手を送った。エドゥアルトは中央で何度も礼をし、観客の喝采に応えていた。そしてまた音楽が鳴り、エドゥアルトたち6歳児が声を揃えて言った。

「さあ、もう一度皆さんも一緒にインターナショナルを歌いましょう!」

 幼児も観客も皆、歌を歌い始めた。横のアレクセイも歌っている。え、何? みんな歌えるの? いつの間にドイツ社会はこんなことになった? エリザベートは歌っている振りをしてごまかした。彼女の所属する社会は、社会主義イデオロギーに染まり、横に立つ男は支配者の一員だった。


 その日の夜はエリザベートにとって、最悪な気分と言ってもよかった。上機嫌で帰宅したアレクセイは、興奮さめやらぬエドゥアルトに対し、何度も「再演」をやらせた。アレクセイがドイツ兵役をやり、おもちゃの剣とライフルで延々と戦いごっこをしていた。エドゥアルトはソファに昇り、何度も何度も「私はジューコフ将軍だ!」のくだりを演じていた。アレクセイにとっては、敬愛する遠縁のジューコフ将軍役をエドゥアルトが演じ、続いて彼が体制への忠誠の歌を歌ったことで、連れ子が彼の国の側に立ち、家庭内の支配が国家のイデオロギーによって、永遠に保証されたような満足感があった。

「あのね、お父さん。おわったあとね、ちゃいろのせいふくのおじさんたちががくやに来てね、ぼくはほめられたんだよ」

「茶色の制服のおじさん?」

「うん、なんかかっこいいバッジをおふくにいっぱいつけてたの。それでえらそうにいばっているおじさんたち」

 これにアレクセイは手をたたいて大ウケし、笑いが止まらなくなっていた。

「お父さん、どうしたの。そんなにおかしかった?」

「いや、偉そうにしているおじさんたちって言うのがなあ、傑作だ、いい表現だ。バッジなあ、勲章はこれでもかってくらい、いっぱいつけてるよなあ」

 おそらくソビエト占領司令部の二人は、保育園の教員相手にさぞ「偉そうに」していたのだろう。目に浮かぶようだった。明日司令部で見つけたらいろいろ話してみよう。俺の息子が英雄ジューコフ将軍を演じた主役だったんだぞ、と自慢してやろう。この日、アレクセイは終始機嫌がよかった。


「疲れているの、寝させて」

「何もしなくていいよ、そのままじっとしていて」

「でも、本当にもう」

 アレクセイは彼女の下着に手を入れた。そしてエリザベートの耳元で失笑したように、鼻で笑いながら言った。

「リーザ、君のここは嫌だとは言っていないよ」

 ああ、この言葉は聞いたことがあると思った。ベルリンの夜、外出禁止令の時間帯のパトロールの途中でアレクセイが店に立ち寄り、フランス製の美しい真紅のスリップをプレゼントしてくれた時だ。ランタンの明かりの中、私は彼の目の前で勿体ぶりながらゆっくり着替え、制服の彼の上に跨って見せたのだ。そしてそれをギゼラに見られたという、とんでもないオチがあった。

 そう、私の体はこの男によって、とんでもない状態に変えられてしまった。調教と言ってもいいくらいだった。ジークフリートとの結婚生活で、セックスがいいと思ったことはなかった。それが今ではアレクセイに触れられるだけで、あるいはその前段階の視線だけでも、私の体は濡れ、この男を欲しがってやまない。

 この夜もエリザベートはアレクセイの体にしがみついて、快楽の声を上げ、アレクセイを喜ばせた。終わった後アレクセイは彼女を胸に抱き、愛おしげに髪を撫でた。

「リーザ、劇についていろいろ思うところはあるだろうが、これが俺の作る世界だ。俺と、俺の後ろにある国の支配の下で、お前とお前の国は生きていくんだ。この世界は永久に続いていく。何も考えるな。俺の支配の中で快楽を感じていろ。ソビエト連邦と俺がずっと盾となり、ドイツとお前たちを守ってやる」

「……はい」

 はい、以外に返事はできなかった。ここが、私のついてきた「彼の世界」なのだ。劇について私がいろいろ思っていたことも見透かされていた。そして今日のことで少々嫌がっていても、抱いて快楽を与えれば簡単に屈服させられる、という成功体験を与えてしまったことにも、エリザベートはどうしたものかと思っていた。これからもずっとこんな日々が続いていく? アレクセイの手が彼女の頬に触れ、涙で潤んだ瞳に気づいた。

「泣いているのか? リーザ」

 汗だったのか、自己嫌悪で瞳が潤んでいたのかわからない。けれどそれすら、彼を喜ばせる材料にしないといけない。

「……あなたが守ってくれるのがうれしくて」

「かわいいことを言うね」

 アレクセイはエリザベートをもう一度寝かせて組み伏せた。驚いたことにアレクセイはもう回復し、再び彼女の中に入ってきた。こんな性急なことをされても、エリザベートの体は喜んで彼自身を受け入れ、また快楽の波が押し寄せる。

 アレクセイは両手で彼女の手首を持ってベッドに押し付け、体を動かした。こんな体勢を取られると、女の力では抗うこともできない。指をからめてこの体勢をされるよりも、もっと嗜虐的で屈辱的だった。だが、この支配的で一種暴力的なセックスに対し、彼女の体は心を裏切っていく。

「だめ、気持ちいい、ああ、また来る、来るわ」

 エリザベートのエクスタシーが近いことを読み取り、アレクセイは彼女の体をぐいっと引き寄せて抱きしめた。それは達する時に、彼女がこの体勢を一番好んでいたことも理由の一つだった。だが、最も大きい理由は、自分の背に手を回し、自分を強い力で抱きしめた末、やがて力が抜けてぐにゃぐにゃになってゆく女の体を腕の中で戦利品のように実感できることを、彼が大変好んでいたからだった。


 体の中心から沸き上がり、脳天を打ち破っていく快感に溺れながら、エリザベートは「なぜこの快楽をくれるのがジークフリートではなかったのだろう」と考えていた。


「君は最高だ」

 アレクセイは彼女の耳元でロシア語でささやいた。エリザベートは、なぜ自分はこんなに近くでロシア語を聞くはめになっているのだろうと考えた。


 穏やかに寝息を立てるアレクセイに背を向け、エリザベートは考え続けた。


必ず後悔する日が来る


 そう言ったのは誰だった?


戦争に負けた国の女が、歴史の中でどんな目に合わされたか、知らないのですか


 これも誰が言った? わたしは「どんな目」に合わされているのだ?


 そうだ、なぜ戦争に負けたのだろう。私は「解放」してくれなんて、一度として思ったこともなかった。第三帝国の中で幸せに暮らしていたのに、なぜこんなことになった。彼女の心の中は、時系列もめちゃくちゃになり混乱していった。


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