04.14歳から18歳、そしてまた14歳に
向こうの世界で忙しくしているうちに、気づけば14歳になっていた。
この世界のことを完全に忘れていたわけではないが、それでも、流れる日々の中で、あれは夢だったのではないか、と思うようになっていた。
だから油断したのだ。
高校受験の年、模擬試験や勉強に追われていたある日、疲れで力を抜いた瞬間――気がつくと、久しぶりにこの世界に呼ばれてしまった。
「目が覚めて、自分の部屋じゃない天井を見て、この世界が夢じゃなかったことに気づいたの」
レイナは14歳のあの日を思い返しながら、話を続けた。
「でもね、14歳で戻ってきたこの世界は、幼いころの印象とはまるで違ったの。国も落ち着いていたし、あの頃みたいに戦争の夢を見ることもなくなったわ。以前のことが嘘だったみたいに、危険もなくなって。
向こうの世界に帰ることもないまま、ここで4年を過ごしたの」
悪くない4年間だった。
(どうせそのうち――ある日突然に、向こうの世界に戻るんだろうな)
そう思っていたからだろう。
「予言の聖女らしくあろう」と気構えることもなく、身分の高い者に媚びることもなく、過ごしていた。
(違う世界でお金を貯めたところで、意味がないし)
そう思って、予言の報酬として国から支給されたお金も、手元に残すことなく、すべて寄付に回していた。
「何かに執着する必要がない人生」というのは、気楽なものなのだ。
レイナは少し考えるように間を置いてから、続けた。
「18歳のときに、ルース様に―― あ、王子様ね。ルース様は、私にとっては幼馴染みたいなものかしら。王宮で顔を合わせるうちに、わりと仲良くしてたのよ。小言の多い、無愛想な人と一緒に、神殿にもよく遊びに来てくれたしね」
レイナはミラに視線を向けながら、さり気なく悪口を添えてやる。
目の端に、眉根を寄せたハミルトンの姿が映る。
いつだって苦々しい顔でレイナに小言を向けてくる彼に、いつか言ってやろうと思っていた言葉だった。今なら、遠慮なく言える。
「えっと……ああ、そうだ。18歳のときに、ルース様にプロポーズされたの。そのとき、思ったのよ。このままこの世界に暮らそう、って。
だって、『出会ったときから、ずっと好きだった』なんて言われたら、ここまで想ってくれる人は、他にいないんじゃない?って思うよね?」
同意を求めてミラを見ると、ミラは大きく頷いてくれた。
――やっぱり、この子はすごくいい子だ。
「それなのに、よ。彼は……あ。ミラさんは、婚約式のこと聞いているのかしら?」
そういえば、この世界では、以前レイナが来たときから数ヶ月しか経っていなかった。
国をあげて、大々的に披露される婚約式だったのだ。
レイナが話さなくても、すでに耳にしているかもしれない。
「はい。あの……本来ならルース王子は、レイナ様と婚約されるはずだったということは、国民の皆が知っていることかと……」
ミラの遠慮がちな言葉に、レイナは頷いた。
そう。
プロポーズを受けたすぐあとに開かれた婚約式で、レイナはルース王子と婚約するはずだった。
――結局は叶わなかったが。
ふう……と、レイナは小さく息を吐く。
「婚約式の前日にね、私は元の世界に戻されたの。慌てて翌日には、この世界に戻ってきたんだけど、ルース様はすでに、別の婚約者を立てていたのよ」
「翌日……ですか?」
ミラは小さく呟き、困惑したように、何度も目を瞬かせた。
信じられなくて当然だ。
レイナだって、5年前は信じられなかったのだから。
婚約を大々的に発表する、その前日の夜だった。
レイナは、何者かに襲われた。
あの夜の出来事は、今でも鮮明だ。
暗闇の中で目を覚ました瞬間、月明かりを受けて刃が光った。
肌が粟立つような気配と、剣のきらめきに、『あ』と息をのんだ、その次の瞬間には、もう元の世界に戻っていた。
鏡を見て――そこに映った14歳の自分の姿に、愕然とした。
学校から帰り、着替えもせず、倒れ込むように眠ったままの、中学の制服姿だった。
この世界は、本当に怖い。
でもあの時だけは、恐怖よりも、ルース王子に会いたいという気持ちの方が勝った。
(あの世界に……!ルース様のいる、あの世界に返してください!私はあの世界で、ルース王子様と生きていきたいのです!)
誰に向けるでもなく必死に祈りをささげると、すぐに、この世界へと引き戻された。
気がつけば、すでに夜は明けていた。
目覚めるなり神殿を飛び出し、彼に会うために、ただ走った。
そして――
驚いた顔のルース王子と、その隣に並ぶ、美しい女性の姿を目にしたのだ。
その日の婚約発表は、レイナではなく、アステリア公爵家のカトリーナ令嬢に取って代わられていた。
「レイナ?戻ってきたのか?……え?その姿は……?子どもに……戻ったのか?」
ルース王子は動揺を隠せない表情でレイナを見つめた。
けれど、ショックを受けたのはレイナの方だ。
制服姿の14歳のレイナは、ルース王子にとっては、ただの「子ども」に過ぎなかった。
(こんな姿で、何を伝えたって無駄だ)
すぐに状況を理解した。
姿は確かに子どもだったかもしれない。
けれど、心まで子どもに戻ったわけじゃない。
だから、国中が新しい婚約の祝杯を挙げる中、再びレイナを狙う気配に気が付いたけれど、それでも、レイナは一歩も動かなかった。
ここで助けられたところで、状況は変わらない。
ルース王子は、カトリーナ公爵令嬢と近く結婚をするだろうし、レイナは14歳のままだ。
今度は一人で、この世界で年を重ねていくなんて、ごめんだった。
(もう、絶対に、二度と、この世界に来たりしない)
レイナは迫る刃に気づかないふりをしたまま、その運命を受け入れた。
そしてそこから5年が経ち――
レイナは今、こうして再びこの世界に戻ってきてしまっている。
「でも、まあ……ね。今だから言えるけど、結果的には婚約式の前で良かったのよ。あの時、本当に婚約を結んでしまっていたら、誓約に縛られて、元の世界に戻れなくなっていたもの。
それに、婚約式の当日の夜に、この世界で最期を迎えていたかもしれないし……。そんなの、笑い話にもならないわ」
レイナは、ルース王子の髪色を思わせる淡いピンクのお菓子をつまみ上げ、サクッと噛み砕いた。
王子の補佐官が目の前にいようと気にしない。
どうせこの世界は、レイナに数えきれないほどの悪意を向けてくる。
いずれまた、元の世界に戻ることになるだろう。
何も気にする必要なんて、もうなかった。
(その前にこのお菓子だけ食べておこう)と、レイナは次々にお菓子をつまんで、サクサクサクサク食べ続けた。
また、はあ……とハミルトンがため息を落とす。




