02. イチから説明しよう
呆然と立ち尽くすレイナを、ハミルトンは何も言わずに見つめていた。
しばらくの沈黙のあと、やがて静かに口を開く。
「以前こちらの世界に来られた時は、14歳のお姿でしたから……そこから5年経つなら、レイナ様は今、19歳でしょうか」
その落ち着いた声色に、レイナはハミルトンに視線を向ける。
深い紫色の髪に、琥珀色の瞳。
端正な顔立ちに、大人の余裕をまとい――その内側は決して見せない男。
昔はずいぶんと年上の大人に見えたが、今こうして向き合うと、不思議と年の差を感じなかった。
――あの頃のような隔たりが、今はもうない。
それも、当然かもしれない。
レイナはかつて、14歳から18歳までの4年間を、この世界で過ごしたことがある。
現実に戻ったとき、時間は14歳の朝に巻き戻っていた。
けれど――心まで若返ったわけではない。
18歳まで生きた記憶は、そのまま残っていた。
14歳の姿で再びこの夢の世界に立ったときも、内面はすでに18歳だった。
だがその時は、ろくに言葉を交わす暇もなく、すぐに現実へ戻ってしまった。
そして現実世界で、さらに5年。
今のレイナは19歳だが、感覚としては23歳に近い。
この世界で過ごした4年が、そのまま積み重なっているからだ。
だから25歳のハミルトンと向き合っても、もう年の差は感じなかった。
――いや、むしろ。
何度も転移を繰り返してきたせいで、積み重ねた『人生の時間』だけなら、もうハミルトンより長く生きているかもしれない。
正確な年数は分からない。
それでも――きっとそうだ。
だったら。
彼の同年代らしく、落ち着いて答えてやればいい。
「はい。19歳になりました。――ですが、こちらでは18歳まで過ごしていますから」
レイナはハミルトンの瞳をまっすぐに見据えた。
「実質的な精神年齢は、23歳です」
言い切って、わずかな反応を待つ。
だが、彼の表情は微動だにしない。
「もしかすると、精神的にはもうハミルトン様より年上かもしれませんね」
レイナは余裕を崩さないまま、にっこりと微笑んだ。
レイナの言葉に、ハミルトンはまた、小さく息を吐く。
(本当に変わらないわね)
呆れを含んだそのため息に、レイナも内心でため息をついた。
「え、18歳で……5年? 19歳で……23歳……?」
側に控えていた侍女が、混乱したように小さく呟く。
その声に、ハミルトンがわずかに視線を向け、レイナに紹介してくれた。
「この者はミラと言って、今回からレイナ様の護衛につく者です。――ミラ、レイナ様に挨拶を」
「は、はい! レイナ様、私、この度護衛としてお仕えすることになりました、魔法使いのミラと申します! よろしくお願いします!」
どうやら、前回までいた屈強な聖騎士から護衛が変わったらしい。
部屋から付いてきた彼女を、レイナはてっきり新人のお世話係だと思っていた。
(どうしてずっと離れないのかしら?)と不思議に思っていたが、まさか護衛だったとは。
レイナはミラをじっと見つめた。
明るい紫色の髪がふわふわ揺れる、魔法使いの女の子。
緊張で頬を赤らめている姿は、どこか小動物のように愛らしい。
(今の私と同い年くらいかしら?魔法使いっぽい髪色だと思ってたけど、本当に魔法使いだったのね)
じっと見つめたせいで、ミラがモジモジと落ち着かなくなる。
その様子に、レイナはますます好感を抱いた。
同じ魔法使いでも、ハミルトンとはまるで違う。
どことなく、元の世界にいる4歳年下の妹のように見えて、レイナは思わずにっこりとミラに微笑む。
「初めまして、ミラさん。よろしくね。私のこと、まだ詳しくは聞いていないみたいね。
えっと……どこから話せば分かりやすいかしら。――ハミルトン様、全部話してもいいですか?」
〈予言の聖女〉としてのレイナの素性は、国の中でも限られた者しか知らない、極秘事項だ。
ミラが混乱するのも当然だった。
レイナがちらりとハミルトンを見ると、彼は小さく頷いた。レイナの口から説明しても問題ないらしい。
「私のこと、ちゃんと説明するわね。少し長い話になるから、お隣どうぞ、ここ座って?あ、ハミルトン様。ミラさんの分のお茶と、それからお菓子をお願いします」
レイナの言葉に、ハミルトンはまた小さくため息をついた。
それでも何も言わず、軽く手を振って、お茶とお菓子を出してくれた。
ハミルトンは、嫌そうにしながらも、なんだかんだでレイナの願いは聞き入れてくれる人なのだ。
一口、紅茶を口に含むと、淡い花の香りが鼻に抜けた。
5年ぶりの味に、曖昧な記憶も、鮮明な記憶も――思い出さないように胸の奥に閉じ込めていた記憶が、ふっと湧き上がる。
レイナはゆっくりと口を開いた。
「まず……突然私が消えてもミラさんがびっくりしないように、私が『二つの世界を行き来する者』だってことを伝えておくわね」
ミラが小さく頷く。
その様子からすると、この話は知っているらしい。
「といっても、私の意思で行き来できるわけじゃなくて、向こうの世界で気を抜くと、突然にこっちに来てしまうの」
「え……気を抜くと……ですか?」
思わず漏れた声に、レイナは小さく頷く。
これは、さすがに知らなかった話だろう。
この世界に来たくない――そう聞こえかねないその言葉は、かつて神殿長から「聖女としての自覚を持て」と厳しく釘を刺された禁句でもあった。
外部に漏れるような話ではない。
「そして逆にこの世界では、危険が迫った瞬間、強制的に向こうの世界に飛ばされるのよ」
ミラが息をのみ、居住まいを正す。
その瞳に、一瞬で護衛の険しさが混じった。
そんなミラの反応を気にする様子もなく、ハミルトンが静かに言葉を挟んだ。
「それは〈予言の聖女〉であるレイナ様を守るためのものだと考えられています。
こちらで危害が及ぶ可能性が生じた場合、力が働き、元の世界へ強制的に戻されるのです」
「……そういうことらしいわね」
レイナは軽く肩をすくめて、苦笑する。
「私が初めてこの世界に来たのは5歳の時らしいわ」
幼いころの記憶は定かではない。
これは、あとから国の記録で知ったことだ。
「当時は、どうして世界を行き来するのかまったく分からなくて、自制も利かないし、しょっちゅうこの世界に来ていたみたいなの。こっちの世界の友達に会いたかったからなのかしら……?」
ずいぶん昔のことを、手繰り寄せるように思い出す。
「でも、未来を予言されると、都合の悪い人も多いでしょう?
だから、いつも狙われていて――危なくなるたびに元の世界に戻されていたの」
レイナは、少しだけ目を伏せた。
「だから私はずっと、この世界のことを『夢の世界』だって思ってたのよ。
友達に会いに行って――そして怖い目にあって、目が覚める。
そんな決まった流れのある夢なんだろう、って」
ずっと思い出さないようにしてきたこの世界の記憶は、いまとなっては遠い昔の物語のようだ。
まるで『自分ではない誰か』の話を語っているような感覚だった。
もう一口、紅茶を口に含むと、淡い花の香りがまた鼻に抜けた。
(懐かしい味だわ)
置かれていたお菓子にも手をのばす。
マカロンの皮のような、色とりどりのクッキー。
それはレイナのお気に入りだ。
ミラと同じ髪色の紫色のお菓子をつまんで口に運ぶと、サクッと軽い歯ごたえとともに、優しい甘みが口いっぱいに広がった。
「うわ~これこれ。このお菓子、本当においしいですよね~。ハミルトン様、私の世界でお店を開いたら、絶対売れますよ。あと、愛想笑いだけできれば完璧です!」
レイナの明るい言葉に、ハミルトンがまたため息をつく。
「……話の続きを」
呆れを含んだその声色は、5 年前と、何一つ変わっていなかった。




