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この世界の予言者は、あの世界の普通女子  作者: 白井夢子


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1/3

01.5年ぶりの世界 19歳のレイナ


「疲れた……。もう何も考えたくない……」


長い試験期間から解放されて、気を緩めたのがいけなかった。


帰るなりベッドに倒れ込み、何も考えないままストンと寝落ちしてしまった。

ぐっすりと眠って目覚めると―――麗奈はまたあの世界に来ていた。


目を開けた瞬間に気づく。

精巧な天井彫刻が。

肌触りのいい極上の毛布が。

微かに鼻をくすぐる、冷ややかな白檀の香りが。

すべてが、現実世界の麗奈の部屋ではないことを告げている。


(また、来ちゃったのね……)


諦め半分で、麗奈はそっと目を閉じる。

ここはあの世界の、麗奈に割り当てられている部屋だろう。


来てしまったなら、もう抵抗しても仕方がない。

この世界から帰る条件も、この世界へ来てしまう条件も知っていた。

知っていながら気を抜いてしまったのは、麗奈だ。


あれから5年も経つのに、蔦を模した天井細工も、獣毛の毛布の肌触りも、少しも違和感がない。

身体は早くもこの状況を受け入れているようだ。




麗奈は考えることをやめた瞬間、決まって『あの醒めない夢』を見る。

勉強でも、誰かのことでも、なんでもいい。

とにかく眠りに落ちる直前まで現実の何かを考えていないと、すぐに夢の世界へ引きずり込まれてしまう。


夢――と言っていいのかは分からない。


夢と言うにはあまりにリアルだ。

目覚めたあとも、すべてが『体験の記憶』として残っている。

――むしろ、本当に別の世界へ行っていたとしか思えない。


けれど「他の世界へ行っていた」とも言い切れない。

あの世界の時間の流れは、それだけではどうしても説明がつかないのだ。


他の世界で長らくの時間を過ごしたはずなのに、現実の世界では眠っていた程度の時間しか経っていない。


あの世界でどれだけ歳を重ねても、目覚めた瞬間にはせいぜい一晩――短いときには、ただのうたた寝ほどの時間しか経っていなかった。


実際、あの世界で14歳から18歳までの4年間を過ごしたこともある。

なのに現実で目を覚ますと、時間は元の『14歳の朝』に戻っていた。


鮮明な記憶を残す長い夢。


麗奈が度々訪れてしまう世界は、もはや『そう言い表すしかない』世界だった。




幼い頃の麗奈は、現実と夢の区別がつかず、よく混乱していた。

目覚めるたびに時間のズレや世界の違いに戸惑い、そのまま両親に話してしまったこともある。

「現実と夢を区別できない子」だと、必要以上に心配をかけてしまったものだ。


いつからか、『夢の世界のことは、話すべきじゃない』と気づいて、誰にも話さなくなった。


打ち明けたところで、誰が信じてくれるだろう。

そもそも麗奈自身が、信じきれていないのだから。


「実は私は別の世界では別の人生を歩んでいて、〈予言の聖女〉として神殿に住んでいるの」


――なんて真面目に言おうものなら、病院行きを勧められるだけだ。


 

(あの世界のことは全部夢だ。また、夢を見ていたのね)


現実世界に戻ったときは、無理にでもそう思い込むようにしていた。

そうしなければ、精神の均衡が保てなかった。




夢の世界では麗奈は、〈予言の聖女〉と呼ばれている。


その呼び名の通り、夢の世界でいくつもの未来を予言してきた。

予言と言っても、神託を受けるというような神がかった話ではない。ただ眠ると見る夢が、そのまま現実になる――それだけのことだ。


聖女らしく世界の厄災を当てる予知夢もあれば、個人的な予知夢もあった。

いつだって重要な予言が出来るわけではない。

それに、個人的な予知夢は多くの人を巻き込み、恋愛や権力が入り混じる。

そんな面倒な人間関係を生むこともあった。


予言の聖女として敬われる世界は、麗奈にとっては問題だらけの場所でもある。

積極的に関わりたいなんて思わない。

もう、二度と来たくなかった。


それなのに麗奈はまたこの世界に来てしまった。




起き上がり、枕元に置かれた小さな銀のベルを鳴らす。

澄んだ音が部屋に響くと、ほどなくして世話係の侍女が入ってきた。

麗奈にとっては見覚えのない侍女だったが、5年も経っているのだ。

顔ぶれが変わっていても不思議ではない。


侍女は緊張しているのか、一言も発さない。

麗奈も特に声をかける気になれず、差し出された聖女の衣装に黙って袖を通した。


今回も、厄介ごとは避けられないだろう。

それでも義務さえ果たしていれば、いつものように帰れるはずだ。





神殿の面会室で、5年ぶりに姿を見せた男を見た瞬間、麗奈は思わず目を見開いた。


「ご無沙汰しております、ハミルトン補佐官様。……なんか若返りましたよね?あれから5年も経っているようには見えないですよ。若返りの魔法ですか?」


何を考えているか分からない無表情の彼は、この国の王子の補佐官だ。


以前この世界を去った時、麗奈は18歳だった。

その時のハミルトンは、たしか25歳だったはず。

そこから5年が経っているなら――今は30歳のはずだ。


この男は国の重鎮たちの中でも一目置かれるほど落ち着いていて、当時から25歳には見えなかった。

けれど今も、あの頃と、何ひとつ変わらない。

とても30歳になるとは思えなかった。


「……5年経っても、あなたは相変わらず無礼なのですね」


ハミルトンの淡々とした声に、麗奈はため息を飲みこむ。


「ハミルトン様こそ、相変わらずですね」


麗奈の言葉にハミルトンが深いため息をつく。

それを見て、麗奈もため息をつきそうになる。


(本当にこの男は、いつも嫌そうな顔を向けてくるわね)


このあと彼が「やれやれ」と首を振るだろうと読んで、麗奈は先に首を振ってみせた。

その様子を見て、ハミルトンはさらに深いため息をついた。



「その姿―――ということは、確かにレイナ様の世界では5年が経ったようですね。……ですが」


わずかな間が落ちる。

レイナは無意識に、ハミルトンの顔を見つめた。


「こちらの世界では、あれから2ヶ月しか経っていませんよ。私はまだ2()5()歳ですから」


「え……?2ヶ月……?」


淡々と告げられて、レイナは言葉を失った。


5年ぶりに戻ったつもりだったが、こちらではほんのわずかな時間しか流れていなかったらしい。


改めて、二つの世界の時間の流れの違いを感じて、レイナは軽い目眩を覚えた。

足元がぐらりと揺れた気がした。



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