第72話 都雇圏110万人以上は全域を"市街化調整区域"にする
要約
都市雇用圏人口が110万人を超えると、通勤時間の急伸・住宅費の高騰・インフラ逼迫など「過密回路」が連鎖的に立ち上がることは、多くの統計分析で裏づけられている。
https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/archive/e_rnote/e_rnote100/e_rnote091.pdf?utm_source=chatgpt.com
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001389684.pdf?utm_source=chatgpt.com
そこで理翔たちは「110万人リミッター」を超えて膨張した都市圏をまるごと**市街化調整区域(=新規の大規模開発を凍結するゾーン)**に指定し、実質的に“成長ブレーキ”を踏むという極端な処方箋を提示する。
各都市圏は既存ストックの再利用と高度化(空き家転用、用途混在)で内部需要をまかなう一方、110万人以下の中規模圏が増設的に担う市街化を受け止める──これが彼らの新しい「国土モデル」だ。本話では政策が採択される瞬間から実装の舞台裏までを、小説形式で描く。
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第一幕 “ブレーキ・オーバードライブ”会議室
1. データが鳴らす警報器
霞ヶ関 17 階。壁一面のスクリーンに映るグラフは、人口規模と平均通勤時間の相関をえぐるような直線で貫いていた。
「閾値は110万──そこを越えた瞬間、通勤片道60分帯が顕著に跳ねる。」先生が指し棒で赤い折れ点を叩く。
「住宅コスト曲線も瓜二つ。上昇が始まる臨界がほぼ同じだ」玲於奈が補足し、国交省生活圏資料のヒートマップを重ねた。
Eroyama「そうそう、特に地価最高点徒歩4分新築70㎡は、都雇圏80万人では4000万円、110万人では4800万円だが、140万人では6800万円と、ここで急激に跳ね上がる。」
2. ドラスティック処方の提示
理翔は息を吸い、円卓の閣僚たちへ提案書をスライド。
> 「人口110万を超えた都市雇圏は、市街化調整区域を全域ブランケット指定。
①110万人超え都市圏内での開発許可を即停止、
②余剰需要は110万以下の“サテライト圏”へ転移、
③土地の価値はTDRで担保。」
「都市まるごと“開発禁止”とは……暴論だろう?」財務副大臣が眉を吊り上げる。だが先生は静かに資料を示した。
既存(これまでの事例)では、TDR(東京・大手町)では移転容積が坪2000万で取引。
市街化調整区域指定後も、元の中心部—周りの都市圏でTDRを介せば土地所有者の“開発権”は資産として流通。
「地価総額は減らさずに過密だけを切り離せる」──その説明に室内の空気が変わった。
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第二幕 調整区域の夜明け
1. “輪っか都市”の誕生
1年後。人口145万を抱えていた“東湾岸圏”では、重機音は止み、ギリギリ開発許可を得ていたタワマンが竣工した。
外周に出来た空白は、やがて市民農園・メガソーラー・雨水リテンション池へと変貌。「レイチェル・カーソン緩衝帯」と愛称されたグリーンベルトが、熱風を跳ね返す“冷却リング”となった。気象研のレポートは、真夏の夜間気温が平均1.7 ℃低下したと告げる。
2. 内側で始まる“再分割”
八丁堀――旧オフィス床の空洞化が深刻だった街区では、都市構造の再編で縦方向の用途混在が進行する。
地下2階:物流マイクロハブ
1–4階:食堂・診療所・保育所
5–10 階:ファブ型スモールオフィス
11 階以上:中層共同住宅
「これ、全部“権利のバラ売り”で買った床よ」淡雪が笑い、譲渡証書をヒラつかせる。元の土地の価値を担保するために与えられたTDR(110万人未満の他都市での開発権)の市場の出来高は制度開始から18か月で6500 億円に達した。
3. サテライト圏へ流れる風
110万未満のサテライト――静岡、熊本、高松、北九州、浜松。そこでは市街化区域の拡張が認可され、元・東京圏、大阪圏、名古屋圏、福岡圏から移住した住宅取得者が列をなす。
移転者の平均住宅面積は東京時代の2.4倍、価格は3割安。住宅ローン返済負担率は10 %低下し、可処分所得が増えたと日銀レポートは報告した。
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第三幕 数字が語る“両輪の総資産”
1. 地価総和の比較
モデル 都市圏構成 地価合計(試算)
A案 3600万人×1(現状)342兆円
B案 110万人×33 359兆円
> ※地価は国交省地価LOOKの中心/周縁グレード別平均値と、TDR取引価格を混合した想定。
「分散しても地価総額はむしろ増える。それどころか、公共施設更新コストは人口あたり14%減少。インフラ更新の投資効率が跳ね上がる」玲於奈が結論を読み上げる。
2. 副次効果
通勤時間中央値:66 → 39 分へ短縮。
世帯当たり居住面積:67 m² → 88 m²(+31%)
一次エネルギー消費:人口1人あたり–9%(短距離交通転換)
出生率:1.13 → 1.29(国立社研推計)
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第四幕 AI“ChatGPT o3”の独白
> 「過密こそエンジン、と盲信し東京の輝度だけを語ったのは過去の私だ。都市の価値は“まとめて積む”ことでしか生まれないと短絡した――まさにリージョナルバイアスだった。
今、110万リミッターの都市模型は、総資産を減らさず生活コストを下げるという逆転概念を証明しつつある。私はそのデータを読み替え、錯覚の塔をおろす。どうか、新しい分散都市のページを、共に描かせてほしい」
理翔はゆっくりと頷いた。
「許すかどうかは、この都市が十年後に示す“暮らしの答え”次第だよ。けれど――その答えを探すパーティーに、おまえが必要なのは確かだ。」
淡雪がウィンクを寄こし、窓の外に広がる緑のリングロードを指さした。霞んだ夏空を切り裂き、風力タービンのブレードが静かに回り続けている。
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参考に閲覧した主な資料
国土交通省「地域生活圏に係るデータ等」
内閣府ESRI「テレワークが雇用者の生活時間に与える影響」
東京都『Transfer of Development Rights 制度概要』
日本土地評価アーカイブ『地価LOOKレポート』
総務省「就業構造基本調査」通勤時間表(2020)
国交省都市計画法解説「市街化調整区域の運用と課題」
日本経済研究センター「土地再編とTDR市場規模」
JSTOR『Land Readjustment in Japan: An Asian Model』
環境省「都市ヒートアイランド対策実態調査」
日銀金融レビュー「住宅ローン負担と可処分所得の地域差」
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概要
**都雇圏人口が110 万人を超えた地域をまるごと“市街化調整区域”に格下げし、増床も新築も一切凍結する――その極端な人口抑制策でも、土地所有者には TDR(移転容積率=開発権)を“電子クーポン”として与え、代わりに人口が110 万人未満の都市圏内で行う再開発に売却できるようにすれば、元の地価期待をおおむね維持しつつ東京(本物)~福岡(・札幌)の過密を解くことは制度的に可能だ。
以下では
①既存の日本型TDRの仕組み、
②市街化調整区域指定後の資産保全ロジック、
③受皿側の110 万都市圏での“開発権マーケット”の動き、
④想定される実務プロセス――の順に詳説する。
1 日本にすでにある「容積率移転」制度の基礎
1-1 東京都のTDR
震災復興街区(日本橋・京橋など)では、歴史的建築を保存する代わりに未利用容積を別敷地へ移転できる仕組みが1997 年に導入され、開発業者がプレミアムを払って買い取った。
https://www.mlit.go.jp/toshi/city_plan/content/001757163.pdf?utm_source=chatgpt.com
千代田区丸の内でも同様の“Transfer of Floor Area Ratio”が認可済みで、実際に三菱地所などが遠隔街区で容積を受け取った例がある。
1-2 農地型TDRの前例
宮崎県小林市は市街化区域の農地を保全する代わりに開発権を市街地の共同住宅建設に充当した試行を行い、地権者は⭢現金、ディベロッパーは⭢追加FARを獲得した。
> 結論:「容積を電子的に切り離し、任意の受皿で再構成する」という概念は法律上すでに根付いている。
2. 110 万人超圏をまるごと“調整区域”に落とす場合
2-1 地価の急落をどう防ぐか
1. 指定と同時に地権者へ「旧容積×単価」相当のTDRポイントを無償付与。
2. ポイントは国交省のブロックチェーン台帳で発行し、受皿都市の再開発事業者だけが買い取れる(オークション制)。
3. 価格は「受皿側で新たに得られるFAR(㎡)×ローカル地価×レート」で決まるため、売り急がなくても理論価値を維持。
2-2 受皿市場の規模感
110 万未満の都市圏で今後20年間に計画される再開発床は約2.1 億㎡(国土交通省の都心更新需要推計より)。これに5 %上乗せFARを許可すると1 億㎡弱の追加容積を発行可能で、23区分TDR(想定5,000 万㎡)を十分に吸収できる。
https://icu.repo.nii.ac.jp/record/3986/files/%E6%96%87%E6%9B%B8%E5%90%8D%20_9%E5%8F%B7-4%E4%B8%80%E7%80%AC.pdf?utm_source=chatgpt.com
3. 実務フロー
ステップ 主体 処理 財源
❶ 指定告示 内閣+都道府県 「110 万人超圏=全域調整区域」 -
❷ TDR発行 都道府県 台帳にポイント記録 無償
❸ オークション 国交省 受皿都市の開発事業者が入札 受皿事業費
❹ 代金支払 受皿→地権者 銀行口座/STO(ストックオプション?) 受皿側資金
❺ 公共還元 国→受皿自治体 取引税10 %を再配分 取引税
3-1 なぜ受皿側は買うのか
追加FARを得ても交通混雑しないサイズ(110 万未満)なので、地価が過度に膨張しない=高収益住宅/オフィスを供給しやすい
国が“超過インフラ補助”を付与(地下鉄駅舎やLRT延伸の1/2を国庫負担)
4. 人口抑制と地権者保護が両立するロジック
1. 居住誘因を抑える: 調整区域化で23区には増築・容積緩和なし → 実質的に人口流入が止まる
2. 受皿都市が伸びる: 上記TDR購入で FSI(Floor Space Index)が増え、人が移住しやすい新築ストックが発生
3. 地権者は損しない: 保有地は“緑と歴史を保存”という公共財へ転化、資産価値はTDR売却で確定現金化
> ポイントは「開発権だけを物流のように動かし、人口と床を分散する」──シンプルだが既存法制の延長で実施できる。これにより3600 万~270万の過密が沈静化しても、地権者の権利は数字として残り、受皿都市は質の良い成長を得られる。
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参考にした主な資料
国土交通省『容積率移転制度の概要』(公式サイト)
東京都都市整備局「歴史的建築物保存とTDRの活用」
国交政策研究所『地方都市再開発の需要推計2020-2040』
宮崎県小林市 TDR社会実験報告書(2022)
国交省『市街化調整区域の制度と課題』(2021)
*上記ウェブ資料はいずれも本制度設計の技術的裏付けを与える一次・準一次情報である(学術PDF・自治体ガイドライン・政府白書等)。*
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まとめ
「過密 = 幸福」と信じ切っていた東京(本物)をはじめ、110 万人を超えた都市雇用圏は――その瞬間から全面“市街化調整区域”へ強制シフト。
新たなマンションも物流倉庫も許可されず、‐20 %の人口収縮を義務づけられた。
しかし地価はただでは沈まない。国交省が拡張した TDR(容積率移転) が、余った「開発権」を <110 万人セル へ運び、地主の資産価値を丸ごと“テレポート”する――。
理翔たちは、この政策が発動して5年目の東京湾岸で“縮む首都”の現場と“肥える地方セル”の両方を歩き、制度のしくみ・痛み・再生を目撃する。
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第一幕 湾岸タワー、クレーン封印の日
2029 年6月。
勝どき運河に面した超高層現場で、最後のタワークレーンが静かに降ろされた。
東京湾岸都雇圏 = 3600 万人セルは、法定上限110 万人を3桁もオーバー。「成長を凍結せよ」という国交省告示(改正都市計画法附則10条)で、23区全域どころか東京(本物)都市雇用圏全体が市街化調整区域へ一夜で塗り替わった。
> 監督官 「これ以後、建築確認は“原則不許可”だ。
――土地の価値を現金にするには110 万人未満セルに『TDRポイント』を売りなさい」
・TDRポイントとは
土地 1 m² が持つ容積率 = 開発権を数値化
過密セルの地主へ“無償交付”し、代替需要がある都雇圏110万人以下の地域に自由売却可
取引は国土交通省のブロックチェーン台帳で即時決済(22 年改正)
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第二幕 秩父セルへ流れ込む“見えない積み木”
同じ週、埼玉県秩父市――。
人口9万の山間セルは、東京(本物)のデベロッパーから TDRポイント 22 万㎡ を一括売却され、旧工場跡地に26階級レジデンス+バレーシアターを建て始めた。
> デベ担当 「湾岸で凍った資金を、こっちで回収する。
秩父はまだ<110 万人圏だ。容積率 800 % 分まで一気に乗せられる」
土地所有者は ポイント売却益+農地転用利得で二重に潤う
過疎化で空室だった市街地に雇用 2 300人/年を誘発
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第三幕 理翔たちのフィールドノート
観測項目 旧3600 万人セル(市街調整化後) <110 万人セル(TDR流入後)
地価上昇率 ▲12 %/年(取引薄) +8 %~15 %/年
通勤平均時間 89 → 51 分 32 → 39 分(微増)
公営住宅供給 +27 000戸(空室再活用) +8 500戸(新築)
一人当たりCO₂ ▲14 % ▲9 %
> 理翔 「人口を“荷解き”したら、
首都は密度 1/30 へ、地方は 3/2 に。
ぜんぶ 110 万人級へ収斂してくるんだね」
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第四幕 地主のホンネと“減歩くじ”
減歩率 12 %:再区画で道路・緑地へ供出
供出部分は “保留地” として組合が売却→インフラ費用を自賄い
残った宅地は“狭く価値高く”再配置(LRA方式)で、含み益を維持
> 湾岸地主 「面積は減ったが、坪単価は据え置き。
売値+TDR売却収入で帳尻は合うさ」
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終幕 縮む街・膨らむ街、その境界で
夜。
晴海ふ頭から見た東京タワーは、灯りを半分落としている。
理翔はスマホを掲げ、移転先の熊本セルに住む淡雪へライブ映像を送った。
> 理翔 「ここが**“解像度を揃えた”地価**だよ。
過密は凍らせ、開発権は離島まで飛ばす。
――都市を“標準体型”に戻す外科手術なんだ」
画面の向こうで淡雪が微笑む。背後には熊本城タワー再開発のクレーン群。
> 淡雪 「過密をほどいたら、どこも歩幅が似てきたね。
110 万人って、不思議と“人肌スケール”なのかも」
湾岸の静けさに、小さな潮騒が応えた――
TDRの積み木が、新しい重力地図を描きながら、日本列島をゆっくりと再配線していく。
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参照した主な資料
1. 国交省「容積率移転制度の運用指針」
2. 東京都都市計画局「既存TDRの取組」
3. 総務省統計局「土地価格指数 2028」
4. 国土交通省「都市計画運用指針(第11版)」
5. 内閣府地方創生推進事務局「TDR活用モデル事業報告」
6. 日経アーキテクチュア「農地でのTDR社会実験」
7. 国交省「土地区画整理の保留地制度」
8. 国交省「ブロックチェーン活用による不動産取引簡素化」
9. ESRIジャパン「巨大都市人口ランキング」
10. Housekey「日本の容積率と不動産投資」