第70話 旧23区964万人を6都市圏660万人に再編した時の地代の補償 ~**TDR(Transferable Development Rights:移転容積率)**~(280点)
東京(本物)23区――964万人の巨星を「6 × 110万人セル」に畳み直した〈星屑リロケーション〉から3年。理翔・淡雪・先生は、どこで誰が痛みを受け取り、どんな手当で乗り切ったのかを胸に刻み直す“現地巡礼”に出る。
ポイントは3つだ――
①地価が半減したエリアの地主をどう説得した?
②6セル境界部の「谷地価」は誰が穴埋め?
③304万人はいかなる属性で、どこへ去った?
答えは〈共有リスク債〉〈TDRポイント〉〈移住ダブル・インセンティブ〉にあった。以下、小説仕立てで、その舞台裏を追う。
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プロローグ──夜明け前の西日暮里「地価ダイブ 38 %」地点で
> 〈土地を握ったまま溺れるか、空気を握って泳ぐか――答えは“権利の再梱包”だ〉
――先生の黒板メモ
JR西日暮里旧高架下。空室になった古アパートに映る朝焼けを前に、理翔は地価ヒートマップを開く。旧23区で最大の下落幅 -38 %。「でも、ここの地主は誰も破産してないんだよ」と淡雪。
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第一章 地主たちが呑んだ“空気のコイン”──〈TDRポイント市場〉
1.1 地価下落の事実
旧23区平均地価は改革初年度に▲27 %。
特に環状7号線より外側で▲30〜40 %が頻発。
1.2 補償メカニズム
1. 土地持分 1 m² につき「TDRポイント」を無償交付
都道府県が上限 FAR を緩和し、再開発地区のデベロッパーがポイントを買い取る仕組みは、東京都の既存 TDR 制度を敷衍したもの 。
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ざっくり一行で
「自分の土地を “これ以上は建て増ししません” と約束した人に〈開発権ポイント〉を渡し、それを “もっと高く建てたい” デベロッパーが買い取る――結果、地価が下がった側は“ポイント売却益”で損を埋め、高層開発側は追加容積を合法的に得る」──それが**TDR(Transferable Development Rights:移転容積率)**の考え方です。
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1. なぜ「ポイント」で補償できるのか
仕組みの主役 やること 得るもの
下落エリアの地主 「うちの敷地にはこれ以上フロアを積みません」と宣言 1 m²あたり TDRポイント(=売れる開発権)
再開発エリアのデベロッパー 規定容積率(FAR)の上限を超えて建てたい 行政が認める“追加FAR”を、ポイント購入で確保
都道府県(行政) ポイント発行・取引所の監督、上限FARの枠を用意 地価補償コストを“新規税負担ゼロ”で実現
・キモは “容積率=お金” という事実
東京(都雇圏50万人以上都市のこと)の都心部では FAR 100% ≒ 数百万円/坪 の価値を持つこともある。
下落エリアの地主に「開発できない分」をポイントで渡し、それを都心部で“現金化”させることで、税金をほとんど使わずに補償できる。
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2. 既存の東京都TDR制度を“敷衍”したとは?
東京都はすでに
・防災街区整備事業
・歴史的建造物の保存
などでTDRを部分的に実施しています。
> 例)京橋の「明治屋本社ビル」は保存のために余剰FARを隣接再開発ビルへ移転。
今回の物語では、これを 「地価急落エリア全域」に一気に拡張 し、
1. 都が 一括でポイントを発行
2. 売買は “TDR取引所”(不動産証券取引所の亜種)でオープンにマッチング
3. 都心6セルでは 基準FAR+最大20〜40%上乗せ まで受け入れ可
…という大規模モデルに“敷衍(=横展開)”した、というわけです。
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3. 流れを時系列で見ると…
1. 宣言
地主が「転用制限地区」に指定する
土地登記に “追加建築不可” の担保設定
2. ポイント発行
既存FARとの差分 × 敷地面積 = 発行ポイント
電子的に口座付与(株式のように保管)
3. 売却
別の土地のデベロッパーが取引所で購入
市場価格は需給で変動(平均:坪1100万円エリア→1ポイント=約60万円)
4. 建設許可
デベロッパーは購入ポイント枚数分、上限FARを引き上げ
5. 納税・分配
取引額の数%が基金にプール→谷地価買い取りやインフラ整備へ再注入
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4. どのくらい「損失補填」できたの?
地価▲30% の外縁エリア
例:坪200万円→140万円(▲60万円)
取得ポイントを坪あたり 1.1ポイント とすると
1ポイント平均売値 ≒ 60〜70万円
→ “帳尻がほぼトントン”
> 先生曰く
「土地は薄くなるが、権利は溶けない。場所から価値を引きはがし、欲する者へ流す――それがTDRだ」
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ミニ Q&A
Q A
地主はポイントを“売らずに”持っていたら? 株と同じく値上がり期待でホールド可。相続税評価は7割減としたため“節税ツール”にも。
取引所が閑散だったら? 行政が“最後の買い手”として最低買い取り価格を設定(基金が充当)。
地上げ・ばらまきの弊害? ポイントは「下落地区でのみ発行」「受入地区も限定」のため、思惑買いを抑えた。
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まとめ
> 旧23区を割って地価が落ちる──そのショックを「紙の取引」でマネーに変換し、持ち主も都市も ウィン‐ウィン にしたのが TDR。
理屈はシンプル、運用は職人芸。だが“地価ダイブ”をクッションで受け止めた立役者であることは間違いありません。
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2. ポイント売却益=平均15 %超の“逆転リターン”
東京駅東側の再開発で FAR 900-→1300% にアップし、坪単価1100万円超エリアがポイント買い取りに殺到。
3. 長期固定資産税減免
住宅用地100 m²以下なら10年間は評価額を旧基準のまま据え置き。
4. 土地再配分(LRA)で残地を“狭く価値高く”
日本型土地区画整理の先例と同じ手法が使われた。
> 「紙切れみたいなTDRが地主の“呼吸管”になったんだ」と先生。
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ざっくり一行で
LRA(Land Readjustment:区画整理&再配分)=「地主全員で土地を いったん“合体させて” 道路・公園・駅前広場を差し引き、残りを 小さく整形し直して返す」。
‐ 面積は 10〜30 % 減るが、インフラ完備+用途地域アップで 坪単価が跳ね上がる ──その “価値差益” で減歩を呑んでもらう、というメカニズムです。
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1. 土地区画整理(日本の先例)の基本ルール
手順 中身 地主にどう見える?
① “土地区画整理組合” を結成 地主+行政+デベロッパーで事業主体を作る「ご近所全員で 1 枚のジグソーパズルを組み直そう」
② 全土地をプール 登記上は一括仮換地「私の50坪も、隣の30坪も、一度“共有プール”に」
③ 公共用地を“減歩”で確保 道路、公園、駅前広場、公共施設用地に 10〜30%カット「みんなで少しずつ面積を出し合ってインフラを作る」
④ “保留地”を捻出 売却目的の区画。販売益で事業費を賄う「この角地は組合が売って道路工事の資金に」
⑤ 再配分(換地) 整形された小ぶり区画+用途指定Upで返却「元の50坪→42坪に縮むが、三角地→整形角地+建蔽率UPで坪単価2倍」
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2. 今回の《六セル化》でどう使われたか
⬛ ステップA:“旧23区”をセル単位で再区画
“六つの 110 万人セル”ごとに LRA特区 を宣言。
外周3 km × 内周3 km の“方眼ブロック”を一気に土地区画整理へ。
⬛ ステップB:メッシュ内インフラを先に確保
インフラ 減歩率 目的
30 m 幹線+LRT軌道 5 % 都心⇄副都心15分を保証
歩行者デッキ & 緑の帯 3 % “徒歩4分都市”の動脈
小学校+保育複合 1 % 片働きでも徒歩送迎
エネルギー拠点 1 % 地産地消マイクログリッド
⬛ ステップC:残地を“狭く価値高く”
減歩後の宅地は 平均‐18 %の面積。
しかし
道路幅員 6 → 15 m
FAR 200 → 350 %
用途地域:一低→近商 or 二住
結果、坪単価 +60〜120 % ⇒ 目減り面積を“値上がり益”がオーバーラン。
> 先生(都市経済学)の黒板
「土地は“面積×単価”ではない。インフラ×規制緩和 が掛け算で効く。
面積を減らしても 単価を2倍 にすれば資産価値はプラスになる」
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3. 地主が「納得」したポイント
1. “保留地売却益”で組合がインフラ全負担
個々の地主は 金銭負担ゼロ(減歩のみ)。
土地の中のうちマンション業者に高値で売るところの事よ。その販売代金で他のお金を賄うのだ。
2. 換地前に事前評価書を提示
①現在地価 ②予測地価 ③目減り率 を試算。
△18%面積減 vs 予測地価 +75% ⇒ 純価値+48% を可視化。
3. TDRポイントとセット販売
LRAで減った分×0.2 に相当するTDRポイントを同時付与。
売却で平均 +800 万円/戸のキャッシュイン。
4. 再建築期間中の仮住居・賃料補助
国交省基金+地方債で調達/最大3年・月8万円。
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4. “境界地価が下がる問題” への処方箋
セル間“クッション帯” をあえて
工業・物流(FAR 400%/固定資産税減免)
大学・研究所(国有地払い下げ)
に指定。
商業/住宅とは別の需給が立つため、地価ギャップの痛みを産業誘致益で相殺。
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5. 旧23区を離脱した 304 万人はどこへ?
行き先 人数 主な動機
関東近県セル(栃木・群馬・茨城・山梨)150 万 通勤1.5h→40分+住宅2/3価格
東北・甲信越セル 60 万 親介護・リモート移住
中京・関西圏セル 40 万 企業転勤+Uターン
九州・四国セル 30 万 スタートアップ補助金/里帰り出産
海外(日系コロニー・東南アジア)24 万 オフショア開発・現法駐在
> 先生の締め
「LRAは“面積を捨てて質を取る”装置、TDRは“権利を紙にして価値を持ち運ぶ”装置。
この二段ロケットがあったからこそ、23区縮減ショックは怒号でなく合意で終わったのさ」
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第二章 6セル境界の〈谷地価〉―穴埋めは誰のポケット?
2.1 境界帯3 kmの問題
セル中心地(新宿・池袋・品川・上野・錦糸町・豊洲)同士の距離はおおむね 6-9 km。中間帯では商圏が重なり、空白も生まれた。結果、地価はセル平均より▲22 %下振れ。
2.2 “共有リスク債”とプール金
地価安定化基金:旧東京都と国が3,500億円のプールを創設。
地方債+国保証:境界帯の地権者は買い取り請求権を持ち、基金が7割を買い取る。
再販益は基金へ戻し:景気回復後に再開発して売却した分は原資回収へ。
> 理翔「保険みたいにリスクを社会化しつつ、値上がり益はちゃんと戻すわけか」
淡雪「うん。“谷”が“谷”で終わらない仕掛けね」
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第三章 304万人の行き先とプロフィール
行き先 人数 主な属性 誘因
関東・山梨 110万人 リモート可のホワイトカラー30代、子育て世帯 住居補助120万円+住宅取得税控除
中京・近畿 62万人 自動車・機械系エンジニア、芸術系学生 研究拠点移転+学費半減
九州・沖縄 48万人 半導体関連技術者、観光業、Uターン組 TSMC波及×住宅価格1/2
北海道・東北 45万人 食品加工、農業IoTスタートアップ 新幹線延伸/法人実効税率16 %
海外(ASEAN圏) 39万人 リモート案件フリーランス、退職者 為替差益×生活コスト1/3
> 先生「“余剰”ではなく“輸出”と呼ぼう。過密人材が全国と海外へ散った。」
3.1 移住ダブル・インセンティブ
1. 世帯40万円+子ども1人30万円の移住支度金。
2. テレワーク手当最大年100万円:企業に支給し、給与手当で従業員に還元。
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第四章 理翔たちの実踏──荒川セル×板橋セルの境界線
4.1 荒川河川敷「旧町屋-西尾久」
満潮時の浸水リスクが再評価され住宅地価▲35 %。だが区画整理で防災公園+野球場が整備され、TDRポイント跳ね上がり14%の含み益。「地価は下がったが“土地株”で損は帳消し」──70歳地主の言葉。
4.2 板橋区大山商店街
中心地となった池袋セルと練馬セルのはざま。商店主の木札は“共有リスク債”で買い上げられ、シャッター通りを回避。そのまま都立大学のオープンキャンパス街区に再生。
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終章 ほころびは、まだある
セル間高速鉄道の赤字:IC式課金でピーク差別運賃実験中。
住宅ローン焦げ付き率5.2 %:下落を読み違えた投資家の傷跡。
文化資産のばらつき:上野セルは美術館過多、錦糸町セルは不足。館の“貸し借り”実証開始。
> 淡雪「再配分は“完了”じゃなく“呼吸”。まだ息継ぎは続くんだね」
理翔「でも、酸素は回った。あの頃みたいに窒息しそうな通勤地獄はもう無い」
先生「地価ダイブを呑み込んでなお、街は歩ける。――それが都市の免疫力だ」
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参考にした主なリアル制度・報道(抜粋)
東京23区外縁の地価下落率と土地取引調査
国交省資料「都市再開発におけるTDR活用」
東京都市計画局「高度利用地区 FAR 緩和」
国交省「大都市地域における土地区画整理の手引き」
総務省「東京圏からの移住支援金制度」
経産省「テレワーク導入補助金」
内閣府「地方創生移住人材バンク」
日経クロステック「TSMC 熊本工場波及効果」
MLIT「大都市圏地下鉄混雑率2022」
日本不動産研究所「住宅ローン焦げ付き率の推移」
物語はフィクションだが、補償スキームや人の動きは既存制度の拡張線上で描いた。東京(本物)の解体は、地価リスクと向き合う“社会的呼吸”の実験でもあった――。