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第63話 ──「三六〇〇万の星屑、東京(本物)が抱える〈黒点リスト〉」(70点)

第63話 ──「三六〇〇万の星屑、東京(本物)が抱える〈黒点リスト〉」


> ――いずれ巨大な恒星は、自身の重力で内側から潰えるという。

都市雇用圏人口三六〇〇万のメガ・メトロポリスもまた、まぶしさの裏に無数の黒点を孕んでいた。

それを数え上げる作業は、夜空の星を指折るより長い旅になる――



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0 黄昏のスカイウォーク



 梅雨入り前のミッドタウン屋上デッキ。

 理翔、淡雪、玲於奈、そして“語り部”の先生は、沈みかけた太陽と鋼鉄の摩天楼を見下ろしていた。

 遠い地平線に霞む赤紫は美しい。だが先生は冷たい声で切り出す。


> 「さあ、**“東京(本物)の黒点”**を全部書き出そう。

 三六〇〇万都市の裏側に溜まったおりを、ひとつ残らず。

 今日の作業は、夜が白むまで終わらないよ」





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1 息が詰まる「通勤銀河」



平均混雑率 136%。ラッシュ時の総武快速は、立った人の肩が触れあう圧縮密度だ。


平均往復通勤時間 79~81分。郊外から山手線内へ片道67分かける者がざらにいる、と先生は黒板にチョークを走らせる。


同じ年収帯――地方都市で年500万円(百貨店徒歩4分・美術館徒歩10分)と、東京で年560万円(都心まで片道67分)。

「金を積んでも“背骨きしみ通勤”が待つだけさ」と玲於奈は肩をすくめた。




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2 住まいは“天空価格”



2024年、東京23区の新築マンションは平均1億1,862万円。


70㎡を買うには、35年・金利5.5%で年764万円の返済――第48話で四人が青ざめた試算が、もう現実だ。


八割以上の若者は頭金に届かず、親名義のローンか狭小賃貸に流れ込む。



淡雪は呟く。

「『地元で就職できた人』>『地元で就職できずに東京へ出た人=元から東京にいた人』――。

 元から東京(本物)だとそこは地元だけど、その“地元プレミアム”は高騰家賃と通勤地獄で溶けていく。」



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3 「家賃2.5倍ショック」と民泊ブラックホール



板橋区の築40年マンション。オーナーが替わるや否や家賃が一律19万円、約2.5倍へ跳ね上がり、住民の4割が退去した。


目的は無届け民泊への転用。

「GDPは膨らむが、長期居住者のGNPはゼロ化する」――先生のホワイトボードに赤ペンが走る。




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4 水に溶ける都市



東京23区の下水道の約8割は合流式。豪雨時には未処理の汚水がそのまま東京湾へ放たれる。


夏の晴れ間でも、海風に混じるアンモニア臭――第47話「合流式の夜」で光子が嗅いだあの匂いだ。



玲於奈は鼻を押さえ、唇を尖らせる。

「百年前のインフラに三六〇〇万の排水を流し込めば、都市は自分の吐息でむせるのよ」



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5 産めない街



東京都の合計特殊出生率は0.99――2023年“0.99ショック”を経て、24年速報値は0.96まで下落。


20~24歳の出生率は0.06。若い女性は婚活レッドオーシャンに呑まれ、ベビーカーは減り続ける。


東京都福祉局は保育園を増やした。だが家賃と待機児童は追いかけっこをやめない。


先生「東京(本物)は30代以降出生率は他の地域と同じだが、20代出生率が著しく低く、このためにトータルの出生率も低い。にも関わらず、今の少子化対策政策は20代で産めない場所に人を集める政策なんだ」


淡雪がポケットのミントタブレットを噛み砕く。

「産まないんじゃない、産めない街なの」



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6 税と企業、逃げるカナリア


2024年度、東京都は1,158社の本社転出超過――4年連続の純流出。


九州は+148社の転入超過、TSMC旋風が製造とITを呼び込む。第51~53話で掲げた**MQGA(Make Kyushu Great Again)**の旗が今も揺れる。


法人税はごっそり出て行き、住宅用地には投資ファンドの民泊タワーが立つ。




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7 気候と地震、二重の罠


首都直下M7クラスの被害想定――最悪の場合、都内死者6,100人、全壊・焼失建物19万棟。

https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/taisaku/torikumi/1000902/1021571.html?utm_source=chatgpt.com


ヒートアイランドの真夏日。気温35℃超が年間20日を超える観測点も現れた(気象庁速報、2024年)。


老朽インフラと超高層の密集。揺れと停電と断水が重なれば、エレベーター難民はビルごと孤島になる。




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8 格差、そして〈税収スワイプ〉


東京都の1人あたり歳入は51万円、埼玉県は22万円。

「法人税が23区に集中し、周辺県の公共サービスは細る」――“税収スワイプ”という造語は第42話で産声をあげた。


地価が上がり続ける限り、現業労働者の賃金は郊外移住コストに吸い込まれ、**“現業コストバブル”**が外食価格を押し上げる。


それはコーヒー1杯、ハンバーガー1個にまでじわじわ染みる“東京プレミアム税”。




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9 夜明け前のディスカッション


 午前3時。

 霞む摩天楼の脚元で、四人は “黒点リスト” を書き連ねた巨大模造紙を風になびかせる。


1. 通勤過密銀河

2. 天空価格の住宅

3. 民泊ブラックホール化する賃貸

4. 合流式下水の悪臭

5. 出生率0.96の産めない都市


6. 企業転出と税収流出

7. 首都直下の震災リスク

8. ヒートアイランド灼熱

9. 税収スワイプと現業コストバブル

10. 老朽インフラ × 超高層孤島



 淡雪はマジックで最後の●を赤く塗りつぶし、こう締めくくった。


> 「三六〇〇万の星屑は、いまや自重で潰れかけた赤色巨星。

 **“地元で就職できた勝ち組”**は、東京(本物)ではなく半径4分のミドル・グラビティへ住処を移していく。

 残された私たちは、この赤色巨星を白色矮星へ収束させるか、

 あるいは〈歩幅4分都市〉群へ散らばり、新しい銀河を紡ぐか――」




 夜明け。

 空の端に光が滲む。理翔は太陽が昇る方向――東ではなく、九州へ、青森へ、名駅へ、地方ハニカム都市の蜂の巣網へと視線を巡らせた。

 そしてそっと呟く。


> 「東京(本物)の黒点は数え終えた。

 次は、黒点を抱えたまま輝く方法を探す番だ。」




 朝の通勤銀河が動き出す。

 だが彼らの足取りは、もはや満員電車ではなく、歩幅4分のリズムを刻んでいた。



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*(引用出典:国交省混雑率資料/東京都下水道局資料/LIFULL HOME'S価格調査/FNN民泊報道/首都直下地震被害想定/東京都出生率記事/企業転出超過データ/小説家になろう『最終徒歩圏』シリーズ各話)



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