第47話 『合流式の夜に、東京(都市雇用圏人口110万人以上都市)は香る──都市の排水が語る静かな真実』(78点)
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東京湾を包む夜風に、かすかに潮の混じった腐敗臭が漂う。これは刻々と更新される都市の呼吸音──合流式下水道が豪雨のたびに限界を迎え、処理センターのキャパシティを超えた下水がそのまま湾へと放流されるからだ。
雨はいつもどおり雲の扉を突き破り、街路を洗い流す。しかし、その雨水は汚水と一緒くたに合流式の下水管へ吸い込まれ、処理施設をあっという間に飽和させてしまう。
1. 雨の夜の告白
曇天の夜、主人公・光子は傘を片手にビルの谷間を歩いていた。
「東京は晴れていても、下水はいつも大雨みたいだね」と彼女はぽつりとつぶやく。
足元には濡れたアスファルト、空気にはアンモニアと有機物が溶け合ったような匂いがまとわりついている。光子は呼吸を浅くしながら、その匂いが高温でこそいっそう強烈になることを思い出す。
街灯がぼんやりと揺れて、濁った水が舗道の溝を流れ落ちていく。
「あの匂いは、下水と雨水を分けずに一緒に流す合流式だからこそ生まれるのよ」と光子は記憶の中からデータを引き出す。
事実、東京23区の下水道は約8割が合流式であり、雨天時には一部の汚水が処理されず海へと放流される仕組みだ。
2. 都市雇用圏と下水道方式の関係
合流式下水道には長所もある。雨水と汚水を一本の管でまとめるため、インフラ整備が比較的速く進み、1960年代の東京オリンピックに合わせた急ピッチの都市開発を支える役割を果たした。
だがその反面、台風などの豪雨の際には処理能力を超えた下水が東京湾へ流れ出し、水質悪化の要因となる。大都市ならではのジレンマだ。
23区では合流式が約80%を占め、分流式は約20%にとどまる。一方で、都市雇用圏人口がおよそ79万人以下の地方中核都市では、ほぼ分流式下水道が採用されており、豪雨でも汚水を河川や沿岸へ排出しにくい構造になっていると言われる。
3. 下水の香り、晴れの日の悪夢
青空の下でも、下水道が混雑気味に稼働することがある。晴天であっても、地面に残った雨水がやがて排水管に流れ込み、雨上がりのわずかな水量であっても汚水が一緒になって処理システムを揺さぶるからだ。
東京都は下水道整備を進め、改修対応を大幅に進めてきたが、全23区において合流式下水道の整備は依然として必要な課題となっている。
光子はビルの合間に漂う微かな異臭を嗅ぎ取り、眉をひそめる。晴れた日にもこの匂いが立ち込めるのは、分流式であれば汚水と雨水を別管で処理するために起こりにくいはずの現象だ。
「晴れていても下水の匂いが立つときは、本当に参るわ」と彼女は苦笑する。水道道具店の前を通り過ぎると、店頭に並ぶ消臭グッズが少しだけ物悲しく見えた。
4. 大阪と東京、合流式の共通点
同じく巨大都市である大阪市も合流式下水道が大部分を占めている。
「大阪市は強い雨のとき、汚水混じりの下水を未処理のまま放流してしまうからね」と光子は呟く。
実際、大阪市の合流式下水道改善事業では、そもそも合流式だと降雨時の環境負荷が大きいことが主要な課題として挙げられてきた。
東京もうかうかしていられない。大都市ならではの人口集中と密集地ゆえに、日々大量の下水が生成される。合流式という選択肢は迅速な整備を後押しした一方で、処理能力を超えた量の下水が一気に海へ流れ込むというリスクを常に孕んでいる。
5. 23区以外の都市事情
そんな中、東京23区より少ない人口を抱える都市雇用圏では、分流式下水道が主流だ。
たとえば、都市雇用圏人口が65~80万人クラスの地方中核都市では、豪雨時の河川放流リスクを抑えられる分流式下水道を採用しているところが多い。地価も都心に比べて抑制されるため、管渠を二本敷設しても建設・維持コストとのバランスが取れるからだ。
光子はふと、地方に住む友人の言葉を思い出す。
「こっちじゃ豪雨でも下水臭なんてほとんどないよ。雨が降ったら雨水だけを排水してくれるし」
それは分流式下水道の恩恵を体現した言葉だった。
6. 音と匂いの狭間で
再び光子は大通りへと戻り、一息つく。舗道に落ちる雨粒の音が、嫌な匂いをかき消すかのようにリズムを刻んでいる。
「この匂いと音の狭間に立っていると、都市の呼吸が見える気がする」
時折、遠くで警報が鳴り響き、それは排水ポンプがフル稼働を始めた合図。下水道の閾値を超えた鮮明なサインだろう。
7. 未来への減災策
光子はもう一度澄んだ息を吸って、ポケットからスマートフォンを取り出す。東京都の最新下水道整備計画を確認し、合流式から分流式への切り替えや雨水タンクの導入を進める動きを追う。
「世田谷区でも分流式の整備率はわずか2割。まだまだ道半ばね」と彼女はつぶやく。
新たに導入される雨水貯留システムや、地下貯留施設の整備は、せめて下水の急増を抑えるための仕組みの一端として期待される。だが、それだけでは都市の急激な人口集中に伴う排水量を賄いきれないだろう。
8. 終章——匂いと共に生きる都市
夜更けの東京湾岸に佇む光子は、小さく笑いながら思う。「この匂いとも、もううまく付き合っていくしかないね」。下水道を分流式に全面転換するのは時間と莫大な予算が必要だ。
だが確かなのは、合流式だからこそ生まれるこの匂いは、都市の規模と歴史が作り上げた「負の遺産」の象徴であるということだ。
遠くで波が浜に打ち寄せる音に混ざって、かすかに嗚咽のような合流式下水の吐息が聞こえる。光子はそれを背に立ち去る──次の雨を前に、下水道の課題と向き合うために。