9.薔薇の渦巻き~黄色
今頃どうして過ごしているだろう。また階段を上り、屋根に座っているのだろうか。進み始めたラインの物語は、僕がいなくても展開しているだろうか。
ためらわずに、見えるものを見つめ続ける瞳。見えるままを受け入れる勇敢さ。
目に映るもののすべてが真実ではない。だが映さなければ、虚偽にも気付かない。
だから彼女は見ようとするのだ。見ているものを、知るために。
あの町は、また雨かもしれない。パークの道は、白い花が覆い尽くしてしまう。
天にも届くような緑の腕が、風に揺れるたびにふり落とす雪のような白い花びら。
あの琥珀の髪は誰のものとも似ていない。だから僕は、それを見ていた。
何も思い出さず、影も忘れて。
雨の午後なのに、木洩れ日が眩しい。雨の午後なのに外を歩くことを、僕はふしぎに思わなくなった。
そんな時こそ、空は近い。同じところだと思うほど……。
「まだ、僕にはわからないんですよ」
「難しい質問かね。君にも難しいことがあるとはね」
「難しいことばかりです」
「ロンドンとは恐ろしい土地らしい」
「言いたいことは率直におっしゃって下さい」
わからない。けれど。
降り積もる白い雪。氷が軋みぶつかる池。
あの冬にすべてが閉ざされた国で、彼女だけが色を持っていた。春の訪れなど知らないような空の下で、彼女だけが違うものだった。
あの時、僕は彼女に驚いたのではなかったか。
思いがけない光に、天と地とを、雲の厚さを確かめて。
『メアリーアン』。輝く黄色の夏の薔薇。
冬の間、人は焦がれる想いで光の夢をみる。雲の向こうのあふれる光を。巡り来る季節の明るい光を。
僕はどちらを先に知っていたのだろう。この薔薇なのか。それとも……?
錯覚だと知りながら、僕は考えているのだ。この花には、君の名前がふさわしいなどと言うことを。
薔薇。幾百もの薔薇の咲く園。
ひとつひとつの花が、ひとつの風景になる。花のひとつひとつが、それぞれに生きる花。僕はこんな場所では、思い出してばかりいる。
僕を遠くにも近くにも置いて、何も語らずにすべてを残したあの、……人のこと。
手の中で黄色い蕾が風に揺れた。満ちてくる夜の気配と静かに向かい合ったまま、僕はその花を見ていた。